あのときと同じように、地下室には肉の焦げた臭いが漂う。
 それは、この世界に来てから三度目の殺人だった。

 しかも今回は、前の二つとは意味が違う。サイダールが現実世界の人間だと知っていながら、あたしはこの手にかけたのだ。

「……ほんとに、どうしようもないほどの【罪人】だね」

 頭のネジが外れて笑ってしまいそうになる。
 僅か数日で、この有様だ。心が壊れるのも時間の問題かもしれない。

 もう、この世界では何もせず、誰にも接触や干渉もしないで、どこか人気のないところに隠れて暮らした方がいいだろう。
 そうした方が、この世界にとってはいいと思う。そしてあたしにとっても……。

「レミーゼ様」
「――……フレア、下りて来たんだ?」

 物思いに耽っていると、背中に声をかけられる。
 振り向くとそこにはフレアが立っていた。

 術者であるサイダールが亡くなったことで、拘束魔法が自動的に解除されたのだろう。
 その視線が、あたしからサイダールだったものへと移り、それから更に二つ……。

「あたしが殺したの」

 見知らぬ女の子が、自分の罪を告白する。
 もちろん、それがレミーゼに成り済ましていた人物であり、あたしであることに、フレアは気付いている。

 気が抜けたのか、力なくその場に座り込むあたしを見て、フレアはすぐに駆け寄り、抱き締めてくれた。

「これが、本当のあたし……じゃないんだけどね」
「言わなくてもいいです。ちゃんと分かっていますから」
「ふふ……さすがは本物の聖女様。あたしとは大違いね」
「いいえ。わたしよりも貴女の方が、その名に相応しいと思います。だって……貴女はたくさんの命を救ってくださったのですから」

 正直言って、聖女の名は大役だ。あたしには荷が重すぎる。
 それでもフレアは、あたしを認めてくれた。それだけで十分だ。

「……二人のことは救えなかったけどね」

 耐え切れず、視線を落とす。
 この空間は……地下室は、血が流れ過ぎた。

 一人で背負うには重すぎる。
 この罪を償うには何をすればいいのやら……。

 すると、フレアがあたしの顔を真っ直ぐに見て口を開く。

「貴女の全てを受け入れます。だからその罪を、わたしにも分けてください」

 あたしの心を見透かしているのだろうか。
 全く、本物の聖女様には敵わないね……。

「……後悔しても遅いわよ?」
「構いません。二人で一緒に償っていきましょう」

 再度……今度はあたしの方からフレアを抱き締める。そして顔を隠した。
 ちょっとだけ、涙が出そうになったのは秘密にしておこう。そうしないと、あとでフレアに茶化されそうだから……。

 この日、一つのシナリオが破綻した。
 それは【ラビリンス】が作り上げた現実世界のシナリオだ。

 その結果、新たに生まれるシナリオがどのようなものになるのか、あたしにはまだ分からない。

 でも、たとえそれがどんなシナリオだったとしても、逃げずに乗り越えていくつもりだ。

 だって、あたしにはフレアがいるからね。