薄暗い場所で目が覚めた。

「……え、えっ、……へっ?」

 ここ、どこ?
 なんであたし、こんなところにいるの……?

 暗いし臭いしジメジメしているし、床はゴツゴツして冷たい。
 ついでに頭もガンガンする……。

「003番! 静かにしろ!」

 訳が分からずきょろきょろしていると、誰かに怒鳴られた。
 声のした方を見てみると、そこには制服姿の男性が立っていた。……何故か分からないけど、あたしを睨み付けている。

 ……ひょっとして、あたしのことを言っているの?
 003番って……あたしのこと?

 制服姿の男性と、あたしとの間には、棒状の柵がある。これって……もしかして、鉄格子?
 ということはつまり、あたしが居る場所って……。

「……牢の中?」

 いやいや、そんなまさか。
 でも、雰囲気的に牢屋っぽい感じがするし、003番というのは恐らく囚人番号のことだろう。そう考えると、しっくりくる。
 正直言って身に覚えは全くないけど、あたしは捕まってしまったんだって……。

 どうして牢の中にいるのか、まだしっかりとは状況が飲み込めない。
 だからもう一度、今度はじっくりと、今あたしがどんな場所に居るのか調べるために、牢の中を見回してみる。そして見つけた。

「うわっ! び、ビックリした……」

 牢の中に居たのは、あたしだけじゃなかった。
 女性が二人、隅っこで体育座りをしたまま、あたしへと目を向けていた。

 居るなら居るって返事をしてほしい。こんな場所で息を潜められたら、あたしみたいに驚いて声を上げてしまうじゃないか。

「おい! 003番! うるさいって言ってるのが聞こえないのか! それ以上騒ぐと、お前だけ飯抜きにするぞ!」
「……あの、あたしって……003番なんですか?」
「はあ? 何を今更……! 罪人の分際で、監守と対等に言葉を交わせると思うなよ!」

 一応、訊ねてみる。
 でもこれ以上は聞けそうにない。口は災いの元だ。

 罪人が口を開くなと言わんばかりの態度で、制服姿の男性――監守に怒声を浴びせられた。
 その様子から察するに、003番というのは、どうやらあたしのことで間違いないらしい。

 言われた通りに口を閉じて大人しくすると、監守は大きなため息を吐いて鉄格子の前から離れていく。

「……おい、おいっ」
「え?」
「トロア、大丈夫だったか?」
「そうよ、急にどうしちゃったのよ?」

 人数的に、恐らくは001番と002番の女性二人が、小声で話しかけてきた。

「……トロア? って、何ですか?」
「は? お前の名前だろ?」

 あたしの名前……? トロアが? ……いや、初耳なんですけど。

「ねえ、さっき倒れた拍子に頭をぶつけちゃったんじゃないの?」
「確かに……じゃないと自分の名前を忘れたりしないよな」

 いやいや、あたしの名前はトロアじゃないです。
 なにその外国の人みたいな名前は……?

「だとすれば、わたしたちの名前も忘れてるかも……」
「ああ、かもしれないな」

 まるで重症の患者でも見るような表情で、二人があたしと目を合わせる。
 そしてあたしの手をギュッと握り、優しく語りかけてきた。

「おい、分かるか、トロア? 私が長女のアンで、こっちが次女のドゥ。それでお前が一番下のトロアだ」
「そうよ、わたしたちは仲のいい三姉妹。覚えてるわよね?」

 なにこれ、新手の刷り込み詐欺ですか?
 あたしの記憶が間違っていなければ、あたしに姉はいないし、生まれてこの方ずっと一人っ子のはず。ましてや生まれも育ちも日本だ。

 いや、そうじゃない。
 この二人――アンとドゥは、あたしのことをトロアって人と勘違いしている。
 だからあたしとの会話にすれ違いが起きているんだ。

 トロア。この名前に聞き覚えはない。
 というか、001番と002番がアンとドゥで、003番のあたしがトロアって、フランス語の数字じゃないんだからさ……。

 ただ、一つだけ理解できたことがある。

「……あの、ここって日本じゃないですよね?」
「に、にほん? なんだって?」
「あぁ、やっぱりいいです……そうですよね、知りませんよね」

 日本語が話せるのに、彼女たちは日本のことを知らない。
 でも、ここは日本語が通じる世界……。
 そして、牢の中に居るのに、どことなく感じる懐かしさ……。

 そんな場所を、あたしは一つだけ知っている。

「……【ラビリンス】」

 それは、現実とは異なる世界空間。
 あたしの大好きなVRMMO――通称【ラビリンス】。

 その名称が、あたしの頭にふと浮かび上がるのだった。