よりによって、相澤と三森が教材室に来るとは思わなかった。
 三木谷の血の汚れをとった後だから良かった。
 彼の体は、家にある。これからどうしたらいいものか。
 死体は、放置すると腐敗臭なんかするらしい。腐敗臭が漂う前にどこかへ埋めるか捨てるかしないといけない。
 もしかすると、相澤たちが探し始めるかもしれない。三木谷の親が警察に捜索願を出すかもしれない。
 とりあえず、もうこのカバンは使えない。四肢を切り落とし、胴も半分に切り落とし持ち帰るために利用したのだ。
 ギリギリ詰め込めたけれど、もうあんな真似したくない。
 しかし、焦ってはダメだ。人を殺したとバレてしまうかもしれない。
 殺したのは、不本意だ。まさか、角に頭をぶつけ血を流すとは思わないだろ。
 人を殺すと言うのはこういう感覚なんだなと思う。
 息が薄く感じる。空気中の酸素が足りないのではないだろうか。
 焦ってはいけないと思うのに、実際は焦ってばかりだ。
 早く埋める場所を探さないといけないのに、真波が連絡をよこす。
 牧田がなぜ昼から教室にいなかったのか探っている。坂口も同様だ。
 里中部長は、まだ僕を部活に参加させたいみたいで呼んでいる。ある意味、日常的なのだ。
 なのに、それを一つ一つ攻略するほどの余裕が今の僕にはなかった。
 どっと疲れた体が安らぎを求める。
 思うがままにベッドに潜るとそのまま眠った。

 学校に向かう道中、牧田が声をかけてきた。
「僕と関わったら三木谷たちにいじめられるぞ」
「気にしてないから」
 三木谷をこの手で殺めたと言うのにそんな嘘をつく。学校に来れないことを知っているからだ。
 学校なんか通ってないで、彼を山にでも埋めるべきなのに。
「昨日、昼以降来なかっただろ?体調不良?」
「……」
 体調不良という扱いを受けているとは思っていなくて、驚いた。
「あ、あぁ、まぁ」
「あれだけ殴られたりしたら、そりゃ不調にもなるよな」
 どうやら牧田は僕を心配してくれているらしい。ありがたいのに、嬉しくなかった。
「そういえば、三木谷もあの後いなくなったんだよ。なんか知らない?」
 ドキンっと心臓がうるさい音を立てる。
 まだバレてない、そう言い聞かせて普通を装おう。
「知らないな。そうだったのか」
「まぁ、三木谷が今日も来ないならまた前みたいに話せるよな」
「やめとこ」
「……え?」
 断ることに驚いた様子だった。
「相澤もいる。三森もいる。いじめっ子はいるんだよ」
「…………」
 黙り込む牧田。何かいいたげだったけれど、無視して電車を降りる。
 降りないのかと視線を送ると彼は我に帰ったように降りてきた。
 教室に入ると三森が女子生徒と談笑している様子。
 相澤はまだきていないらしい。最近は、部活の試合等で忙しくしているのかもしれない。
 これなら牧田と来ても、牧田がいじめられる心配はなさそうだ。
 三木谷が死んだ今、少しは落ち着いたのか……。
 SHRが始まった。
「三木谷は休みか?」
 担任の一言でゾッとする。
 僕は、三木谷を殺したのだ。そのバラバラの死体は家にあるのだ。
 早く埋めなければと、改めて認識する。
「俺、明日あいつの家行きますよ」
 相澤が、手を挙げて担任に告げる。
「そうか?助かるよ。あ、あと、お前鍵返しておけよ。美園が不満垂らしてたから」
 鍵?なんの話をしているのだろう?
 昨日、あいつのポケットから見つけた鍵なら、今手元にある。
 そのことを言っているのだろうか。
 いや、相澤の鍵をなぜ三木谷が持つのか。
 どうせこの鍵は自転車の鍵とか家の鍵のどちらかだ。
 学校の鍵を勝手に借りるような真似するだろうか。
 鍵をかけるための輪っかと緑色のアクセサリー?があるけれど。
「うわ、まじかよ」
「美園に詰められる前に、なんとかしろよ?」
 担任と相澤にしかわからない話ならば、僕が気にする必要はないのかもしれないが、リスクがでかい。
 この鍵の存在場所を特定する必要がありそうだ。そのためにこの鍵を持ってきたと言うのもある。落ち着けるのはその後だ。鍵を所持して相澤と三森にバレるのは危険なのかもしれない。見つからぬように、隠しておこうと思った。
 SHRが終わると相澤が、席の前に来た。
「ちょっと話せる?」
「……あぁ、うん」
 早々に相澤が来るとは思っていなくて、身構える。
 廊下を歩き、教材室の方へと向かう。
 入りたくはなかったが、相澤は教材室へ入って行った。
「入って」
 促されるままに従う。
「どうかしたの?」
「恐れんなよ。俺は、これでもお前のこと好きだって言ってんじゃん?」
 三木谷はそうでもないみたいだし、殴られたり蹴られたりしてた。
 こいつも同じだろう。ただみているだけ、乗っかることはしない。いじめを見ることで高揚しているのだと思っている。
 単刀直入に聞くけどと、切り込む。
「昨日、三木谷と同じタイミングで教室来なかったけど……、何かあった?」
 恐ろしくて目を向けられない。
 彼は昨日の心配をしてくれているのだろうか。
「まさか、彼女さんと昼からデートとかじゃないでしょ?」
 砕けた口調。今、彼は緊張をほぐそうとしてくれているのだろうか。
 しかし、彼女とは一体全体どういう意味なのか。
「あれ、違った?年上の女の子と昇降口にいたところを見たって聞いたけど」
「……」
 もしかして、真波のことを言っているのだろうか。
 彼は、僕と真波のいざこざの一部始終を見ていたのか。断定してしまってもいいのだろうか。
「まぁ、その辺はどうでもいいんだけどね」
 彼は、柱を撫でるように触れた。そこは、三木谷の頭がぶつかり倒してしまったところ。
「ここ、変なんだ。この赤いの、なんだろうね?凹んでいるし」
 試しているようだった。
 緊張をほぐして緩んだ隙をつく作戦だったのかもしれない。
 それができないほどに、僕が彼に目を合わせない。
 だから、彼はすぐに本題に入ったのかもしれない。
「さ、さぁ、なんだろう」
 どう見ても、三木谷の血だった。
 そこまで確認にする時間はなかった。
「昨日、三森とここに来たんだ。三木谷が突然教室から出て行って、昼以降教室には来なくて思い出したんだ。昼休み、洋馬と教室を出て行ったよな、と」
 どこまでも記憶力がよく勘の鋭い男だ。三森も同様に勘の鋭い人だと予想しているが、彼らが敵にいるのはリスキーだ。
 彼らが三木谷を僕が殺したと気づくには、時間の問題な気がした。三木谷の親が、捜索願を出すのも時間の問題。
 やはり、焦ってはダメだと思っていても、焦ってしまう。何を隠したいのか自然とポケットに手を突っ込んだ。
「ここ暑いよね。教材室ってあの小窓開けないと涼しくならなくてさ」
 六月に入ると少し暑くなる頃で、ここはムシムシとしていて暑苦しい。
「どうして、僕に気を使うの?」
 彼は、本気で僕のことを好いている?
 まさか、あり得ないと頭を横に振る。
 なら、どうして三木谷の暴力を止めてくれないのか。
 教室内で、生徒の前であんなことして止めもしない。
 そんな奴が、僕を好きになるわけない。勘違いするな。
「新人戦出場するくらいの実力者だからかな」
 今までサッカーやってきた奴を超えてレギュラーメンバーになったからか。それがなければ、今もサッカー部にいられただろうに。
「どいつもこいつも部活ばっかだな。部活がそんなに偉いのかよ。正しいのか」
 苛立ちを隠そうともせず、睨む。
「偉いよ。だって、部活以外で結果って出せないよ?学力なんてたかが知れてる。順位なんてさほど必要じゃない。部活に励んだ方がよっぽど評価してくれるさ」
「ふざけるな!何が、評価だ。誰も僕を評価なんかしてない。そんなことが言いたくて呼んだのか?」
 勢いのまま教材室から飛び出す。
 飛び出して曲がった先で人とぶつかった。背が低いそいつに気づけなかった。
「三森……」
 尻餅つく彼女と咄嗟にポケットから手を出す僕。
 その拍子に、三木谷が持っていた鍵が落ちる。
「あ、それ」
 三森に勘づかれた。
 急いで拾い上げ、ポケットに入れる。
 逃げるように教室に戻った。
 放課後になってくれれば、すぐに帰れるというのに。
 いや、その前にこの鍵について調べなければいけない。
 三森が反応を示すということは、きっと三森も知っているようなもの。
 朝のSHRを思い出す。
 もしかして、これは本当に教材室の鍵なのではないだろうか。
 さっさと返してしまったほうがいいのでは?それで解決できるのか?誰が返却したのかバレるのはまずいのでは?
 あの会話を聞くに常習的に教材室を借りていたことになる。相澤の話し方からしてもそういうことだろう。
 なぜ常習的に借りる必要があるのか。そもそもあれは坂口がいじめられていた時も借りていた可能性がある。
 いじめの現場に使うために常日頃、借りていた。先生と仲が良ければ、借りれるようなものだろうか。疑問が浮かぶ。
 ならば、これはない方が次のいじめに繋げないための抑止力になるのではないだろうか。
 この鍵を使って教材室を閉められるのなら、この鍵の居場所も突き止めたことになる。
 今日も夜は遅くなりそうだ。

 昼休み、坂口が目の前で飯を食っている。
 突然来たこいつは、ペラペラとアニメの話をしている。
 聞くに耐えない呪文のような言葉に辟易していた。
「ねぇ、ちゃんと聞いている?」
「聞いてる」
「そのアニメ、ちょい古いのだよね。なんで知ってんの?」
 と、牧田。
 どうして、彼までここにいるのか。というか、なんで会話を広げるのか。なぜ、ついていけるのか。
 頭が狂いそうになる。
「洋馬も一緒にみようよ。今度ウチ来てよ」
「え、俺も見たい!」
「いいね、一緒にみよう」
 女子が、男子を家に誘うというのはそういう誘いだということを牧田は知らないのだろうか。
 真波の一件で存分に思い知ったのだ。同じ轍を踏むわけがないだろう。
「てか、お前、メガネは?かけんのやめたのかよ」
「今のアニメは、これがおすすめなので」
 スマホを取り出し、公式ウェブサイト見せてくる彼女。
「何これ」
「だから、このヒロイン眼鏡かけてないでしょ?」
「……ん?」
「なんでわかんないかな」
「わかるわけないだろ。なんで、眼鏡かけてないキャラがいるからってお前まで眼鏡外すんだよ」
「こいつ、わかんないだな」と、牧田。
「ね、わかんないだね」
 おい、頷くな。何二人揃ってわかり合ってんだよ。
 だったら、二人でアニメ見とけよ。
「あの伊達メガネ似合ってなかったし、いい影響だな。そのアニメだけ見とけ」
「伊達メガネいうなし」
「気持ち悪い言い方すんなし、なんだよその、なしって。梨でも食っとけ」
「ひどい」
「泣いとけ」
「うわー」
「泣いたって可愛くないぞ。へいへい」
 ギロっと睨まれてしまって、女子の睨みは怖いと改めて認識した。
「女子の恨みは怖いよ、やめな」
 ビシッと指を刺された。イラっとして、引っ叩く。
「女子を叩くなんて最低だな」
 牧田がまた面倒なことを言う。
 こいつ、なぜ坂口の味方をするのだろうか。
「ひどいよね。泣いちゃうよ」
「勝手に泣いとけよ、ブス」
「……それは本当だから、言い返せないよ……」
「お前、それはないわ」
「……おい、待てよ。今の流れおかしいって。絶対違うって」
 今のは、僕がひどいこと言ってそれを泣く流れで、牧田が言い返すんじゃないのか?
 え?あれ?
「いいよいいよ。どうせ、私はブスなので」
「……。牧田、あとは頼んだ」
「え、なんで?お前が言ったじゃん」
「全部、僕が悪いのか?」
「そういうことにしてあげるよ、私、優しいね」
「優しいな、坂口。こいつ、殴っていいんだぞ」
 どこでこの二人は仲良くなったのか。
 アニメってそんな仲良くなるためには良いツールなのか?
「牧田、優しい。それに比べて、この男ときたら」
「だから、待てよ。そんなヘイトが集まるのおかしいだろ!」
 そのくせ僕らはゲラゲラと笑う。
 ふと思う。
 こんなふうにただ普通に会話すること、笑い合っているということ。
 いじめがないこの環境は、僕らにとって有意義で安心できること。
 三木谷がいないということは、僕らにとってより良い環境を享受できるのだ。
 いつまでもこんな日々が続いて欲しいと願うのは欲張りだろうか。

 放課後、牧田が部活に行き坂口は帰るといっていた。
 ある程度人が減った時、僕は教材室に向かった。
 鍵を開けようとポケットに手を突っ込む。
 背後に人の気配がして、振り返る。
「部長……」
 里中部長が、階段を上ってきていた。
「牧田が、まだ教室にいると思うって言ってたから」
「まだ来るんですね。しつこいですよ」
 ここにいると疑われてしまうので、少し離れる。
「部活、顔出さないか?」
「まだ、そんなこと言ってるんですか?もう行かないですよ」
「そんなこと言わずにさ。洋馬は活躍できる。必要なんだよ」
「だから……」
「部活推薦で選ばれがちの新人戦に選ばれたんだ。洋馬、頼む」
 頭を下げる部長に舌打ちをした。
「帰ってくださいよ。僕はもう出ないです」
「そこをなんとか」
「僕がいない方が、練習も楽しそうだ。あんなの見せられて今更部活に行こうなんて思わない」
「どうして、洋馬は周りの声を聞いてくれないんだ……」
「は?十分聞いたじゃないか!僕がいない環境で練習して、誰も僕なんか見てない!部長じゃなく、顧問が来ないってだけでもう十分理解できるじゃないか!」
「一回だけでいい。ちゃんと話をしよう」
「話すことなんてないです。もう二度と会わないでほしい」
 少し考え込む部長。
「……真波とは、どうなんだ。うまくやってる?」
「あんなやつどうでもいい」
 突然の切り返し、真波の話が出てきて苛立ちをぶつけた。
 いちいちうるさいんだよとため息をつく。
「連絡しても返ってこないって連絡があって」
「もう僕に関わんないでください。部活あるでしょ」
「……また話に来るよ」
 来るなよという前に彼は階段を降りていった。
 どうしてここまでして会って話をしたいのかまるで理解できない。
 一つ上の学年に何がわかるというのか。
 同じ学年の部員のいざこざなんか部長にわかるわけがない。
 こんなにもストレスの溜まる部活なんか行かなくて正解だ。
 もう誰も関わってほしくない。
 カバンからペットボトルを取り出し、水を飲む。
 深呼吸をして気持ちを抑える。
 ペットボトルをカバンにしまい、ポケットから三木谷が持っていた鍵を出す。
 教材室の前に立ち、あたりを確認する。
 誰の足音も聞こえない。人の気配もない。見られている感覚もない。
 この鍵が、教材室のものなら今すぐ職員室に置いておくべきだ。
 鍵を鍵穴に入れる。奥まで入り、回転させる。ドアを開けようとドアノブを引っ張るがしまっている。
 やはりこの鍵が、教材室のものだと知る。鍵は閉めたままにしておいて、職員室に返しに行こう。
 鍵について聞かれたら、三木谷が返しておいて欲しいと頼んできたと返そう。
 担任も他の先生たちも僕らのことに興味などない。
 先生たちに部活の話はされたことがない。
 興味があるとすれば、大会出場などのゴシップくらい。
 自分たちが胸張って言えること以外に興味なんかないはずだ。
 鍵をポケットに入れた刹那、録画が終わった後に出るピコンという音が聞こえた。
 咄嗟に振り返る。誰かがどこかから撮っている。
 焦りを押し殺すようにこめかみを噛む。
 映像が証拠として相澤や先生らに提出されたら困る。
 どこにいる?誰がいる?階段の方か……?
 突き当たりを曲がり、西側の下の階段を見る。誰もいないので、もう一段下を確認する。されど、いない。
 上の階段を確認すると、上の階段から覗き込む三森の姿があった。
 三森が、鍵を閉めた一部始終を撮っていたのか?手元にスマホが見える。確認しなければならない。
 彼女は、慌てたのか階段を駆け上る。
「待て!」
 あんなものがバレて、残されたら、何を問われるかわからない。
 先生たちにバレたら、三木谷のことを聞かれるかもしれない。
 相澤にバレたら、確実に三木谷の現在に気づくはずだ。
 彼はもう三木谷のことを察しているはずだ。
 今はまだ知らずともちょっとした僕の動作で勘づくだろう。
 証拠映像だけは、消し去りたい。
 体力だけはあるこの体は、簡単に階段を駆け上がる。
 最上階である四階の廊下を走っていく三森の後を追う。
 三森にあれだけ体力があるとは思えなかった。
 奥の東側の階段あたりで曲がった彼女。階段に着くと見失った。
 上に行ったか、下に行ったか。
 落ち着け、冷静になれ。
 こういう時、人は下に行くはずだ。
 吹奏楽部が外で練習している今日は、下に行けば全力で逃げ切れるだろう。僕が追いかけるのも難しくなる。
 人の多いところでスマホの中にある証拠映像を消すのは危険だ。
 ならば、やはり下か。
 階段を三段降りて踏みとどまる。
 地上に行くのにどれだけ時間がかかるだろうか。
 彼女が冷静な判断を取るとするなら、上か?
 上に行けば、人は少ないし、まさか人ごみをあえて避けるとは思うまい。
 彼女の性格をしっかりと判断しているわけじゃない。
 だけど、一つ言えるとするならば彼女は一筋縄でいける質じゃないということ。
 相澤のような力のある人間の隣にいる人は、小賢しいことを考えるもの。
 自分が優位に立つための算段を立てるだろう。
 この鍵の在処を考えて、なぜ僕が持っていたのか、その証拠を相澤に教えて、相澤との関係をより強固にするだろう。
 それが恋愛か友情か。
 上に行こう。下に行ったのなら、窓から見えるはずだ。
 四階の階段から屋上へつながっているが、空いていないはずだ。
 ならば、袋の中のネズミだ。
 たとえどんな状況であろうと彼女は人を殺せない。彼女は詰んだ。
 階段を駆け上ると彼女はどうしてと、言わんばかりの表情で怯えている。
「やっぱり、ここにいるんだ……」
 何も言えずただ震えている彼女。
「どうして下に行かないの?下に行けば吹奏楽部とか人がたくさんいるのに」
 足がすくんだのか最上階で座り込む彼女に一歩一歩慎重に近づく。
「屋上が空いているなら、四階に飛び降りるとかできたと思うのに」
 三木谷を殺めてから常識から逸れた考えばかりしている。
 自分のために人を殺めるのはサイコパスの考えだ。
 僕にもそんなことができるなんて意外だったし、驚きだ。
 ここまできたらもう止めるわけには行かない。
 考えを改める。もう後戻りなんかできないのだから。
 悪魔になりきるしかないのだ。
「なんで……、あなたが、教材室の鍵を持っているの……?」
「なんでだと思う?」
「あれは……、三木谷が相澤から勝手に借りたもの……。あなたを使ってストレス発散するために……!昨日、あなたは三木谷と昼からいなかった!なんで、あなたが……三木谷が持っているはずの鍵を持っているの!……まさか」
「嫌な想像しているところ申し訳ないけど、その通りだよ。……それとさ、あまり大きな声出しても意味がないんじゃないかな」
 ここは、相澤が部活している体育館から一番遠い場所。人もいないような閑散としたところ。
 大声をあげても仮に相澤が気づいても、時はすでに遅い。
「まさか、殺したの……?」
 案外パッと気づかれてしまって、こんな簡単に殺しがバレるとは思わなかった。
 相澤ら周辺は、察しが良くて判断も冷静なのかと感心する。この感じだと勉強もできて頭もいいのだろう。
 三木谷はその割に慎重さがない。その辺の判断を相澤らに任せているから、死んでしまったのだろうか。
「三木谷を殺したのは、洋馬なの!?」
「正解だよ」
 彼女の目の前に立つ。
 火事場の馬鹿力とも言えそうなほどに屋上につながるドアをバンバン叩く。
 情けないほどに足がすくんでいる様子だった。しまいに、四つん這いになって、右手を上げてひたすら叩く彼女は滑稽だった。
 新しい炭酸水のペットボトルを開ける。新品故にパキパキと音を立てる。
 彼女の背にまたがり、後ろからペットボトルを咥えさせる。
 うーうーと声をあげる彼女。
 ペットボトルを奥に突っ込ませて、体を仰向けに倒す。女子の体は弱いのか簡単に倒れてくれる。
 こんな状況なのに彼女は、僕を殴る。ペットボトルをどかしたほうがいいとなぜ思わないのか。
 考えてみれば、彼女は冷静ではなかったのかもしれない。
 二人以上の時に階段を二手に分かれた場合、上の階段に逃げたほうが生存率は上がるだろう。
 しかしそれは、三階だった場合だ。
 四階が最上階の逃げ場は屋上のみ。屋上が空いていないので、逃げ場はない。
 そして、階下に逃げた人は職員室に行けば少数の大人が守ってくれる可能性がある。
「可能性が高いのは、階段を降りることだったわけだ」
 弱々しく殴る彼女の腹を右手でぶん殴る。
「なんで、階段を降りなかったのさ」
 痛みに悶えた彼女は、口を開き、刹那に入り込む炭酸水が彼女の口内をいっぱいにする。
 咽せかえり、吐き出すところもない彼女は窒息した。
 ペットボトルの蓋を閉じて、カバンにしまう。
 このペットボトルも処分しなければならない。思わずため息をついた。
 彼女をみると泡を吹いている。窒息死というやつだろうか。
 手首に触れて脈を測るが、脈を感じない。
 顔を鼻に近づけて息しているか確認するがやはり息はしていない様子。
 死んだようだ。
 彼女をどうやって持ち帰るか。
 しかし、ここならば二、三日置いておいても来る人はいないのではないだろうか。
 一旦、おいて帰ろうか。
 立ち上がる刹那、三森のスマホの画面が明るいことに気づいた。
「これは……」
 LINE電話がつながっている状態だ。しかも動画も撮っている様子。あらかじめ撮っていたのか?その上で、電話をしたのか。
 相手は、相澤だ。
「嘘だろ……」
 電話を切ったが、時すでに遅し。
 何者かの足音が聞こえていた。
 まだピンチはやってくるものなのだと知った。一筋縄では行かないとはこう言う意味だったらしい。