それから、数ヶ月がたった頃、洋馬の刑の判決がでた。
少年法があるようで死刑までは行かないらしい。
いじめの事実もあるということで不定期刑、十二年の懲役となるらしい。
あの廃ビルからパトカーで連行された後、洋馬の家から三木谷の死体が見つかった。
彼の両親は、その後引っ越しを余儀なくされ県外へと移動した。
何度か私と里中で家に向かったけれど、出る様子もなく気がつけば、退去していた。
その二ヶ月後、真波は退院した。
頭に帽子をかぶって縫い目を隠していた。
縫い目もそのうち髪の毛で隠れるということなのでそれまでの辛抱だそう。
連日のように来ていたメディアもマスコミも減っていき、この頃には来なくなった。
SNSでは、いじめの事実を重く見る人、いじめがあれど人を殺すのはいけないと二極化していた。
一部ではいじめに立ち向かう勇気を賞賛する声もあった。
しかし、結局のところ少年法でも重い罰である不定期刑の判決が下された。
教室の空いた五席は早急に撤去された。
四十人学級が、三十五人へと減った。
いじめっ子がいなくなったことで伸び伸びと生活するクラスメイトも増えた。
クラスメイトの誰もが亡くなった五人の話をしなかった。
洋馬と同じサッカー部員さえ何も言わなかった。
そして、私は里中と一緒に牧田のお墓に訪れていた。
三年生にもなり一周忌を迎えようとしていたからだ。
里中は、公立の大学で勉強しているそうで内容の難しさに普段から時間が取れないと嘆いていた。
「今日は来てくれてありがとね」
「誘ったの俺だけど」
後輩思いのいい部長だ。
「大学どうなの?」
「どうってことない。テストまでにはなんとか間に合わせてるから」
「テストのタイミングがかぶることはないの?」
「あるよ。その時は、絶望してる」
お墓に着くと花が添えられていた。
きっと牧田の両親が先に来ていたのだろう。
彼の両親に挨拶しに行った時、二人とも嬉しそうにだけど悲しそうに笑みを浮かべていた。
まだ私たちよりも傷が癒えていないのだろう。
会わなかったのは、正解だったのかもしれない。
手を合わせて、工程を終える。
無言でいることに気まずさを覚えて、話題を振った。
「後輩のお墓に行くってすごく後輩思いだよね。二年生最後の大会も強豪校らしく全国出場したって」
見に行ったんだよね?と聞く。
「まぁ、そうだな」
「すごいよね、いい試合だったんでしょ」
「牧田のためって言ってたけど、多分違う」
「え?」
車に乗るとエンジンをかける里中。高校卒業のタイミングでATの免許を取得したらしい。
「牧田は、部活内でそこまで強くない。よくて、補欠だ。あいつが、レギュラーで出れたのは、副顧問の女性教師に言い寄ったから」
「……は?」
突拍子もない言葉に頭の理解が追いつかない。
「それを知ったのは、牧田が死んで、泣き腫らしている副顧問に違和感を覚えたから。普段仲良くしているように見えなかったから鎌をかけてみたら想定外の言葉が出てきて驚いたよ」
レバーをDに入れると両サイドを確認して車を走らせる。
「どういうこと?高校生が先生に言いよるって」
「まぁ、副顧問が泣いていたくせに牧田が死んで安心してたから、事件化してほしくなかったんだろうな」
「待って、全然理解できない」
「副顧問と行為をしてそれが同意ではなかったと脅し始めたんだ。それで何度かお金を渡して穏便に済ませようとしてたらしい」
「え、でもなんで副顧問は、泣いたの?」
「好きだったからだってさ」
信号で止まる車。
やはりまだ理解ができない。
「顧問は、知らなかったの?」
「知ってたと思う。実際牧田は、顧問の前でも脅しをかけてたらしいから」
「里中は知らなかったの?」
「知らなかったな。想定外だったと言うべきか。ただ、少し警戒はしてた。洋馬のこともあったから」
今の話の流れに洋馬の関連性を見出せない。
「新人戦に出場するのは、大抵、推薦で入った部員ばかり。今までも俺たちの代もその前の代もみんな推薦で選ばれてた。けど、牧田が副顧問に脅しをかけて、その脅しの中に洋馬がいた。洋馬も入れないと警察に言いに行くと伝えたそうだから」
「もしかして、洋馬はサッカー強くない?」
「言ってしまうとそこまで強くない。牧田のちょっと上くらいかな」
「補欠のレベル……?」
「そうだな。ただ頭のキレは良かったし、ポジション次第ではレギュラーってところかな」
とすると、一つ疑問が生まれる。
「洋馬を部活に戻そうとしたのは、どうして?そんなに強くないならいなくても変わらないんじゃ」
「成長速度が段違いだったからかな。牧田は、その点サボりぐせがあった」
「牧田の代わりに洋馬を選びたかった?」
「そういうこと。なんとか洋馬を次の試合に出して、牧田は出さず、だが、その怒りに触れた彼が副顧問を脅す。その脅しを録画して証拠を残して、牧田を生徒指導室に入れることが、洋馬を誘う目的だった」
だけど、洋馬は尽く部活に参加しなかった。
「洋馬を利用する計画は頓挫した」
「え、ねぇ、待ってよ。じゃあ、洋馬は牧田のことも全部知ってた?」
「知らないだろうね。洋馬は、部活に自分がいなくてもいいことを悟った。部活でレギュラーになったのはたまたまで、他の部員は望んでいなかったし、不服だったくらいにしか思ってないだろうね」
「……彼は、努力してた」
「サッカーは、努力の世界じゃない。手と手を取り合って、チームで結果を残す。新人戦で結果が出なかったのは、牧田や洋馬の補欠レベルを全面的に出したこと」
「部員は、何かが起きてることを知っていて動かなかった?」
「動かないっていうか、動けなかったんだろうな。反旗を翻して、顧問に訴えてそれが、レギュラーの座を奪われる結果になることを副顧問が伝えてたから。俺も言われてたからなぁ」
ずっと前からレギュラーは、部活動推薦で入った人だと決まっていた。その暗黙の了解を壊されないために牧田は副顧問に言い寄られたことを利用し脅す道具に変えた。その道具を利用してレギュラーの座を奪う。その一方で、副顧問が言い返すならレギュラーの座はないよと脅すことで不満があれど言い返すことはできなかった。
何かあるとわかっていながら、部員は動けなかった。
本気で部活に取り組んでいる部員を蔑ろにする牧田。
これが本当なら、最低だ。
「でも、じゃあ、なんでお墓に行ったの?彼は加害者なんじゃ」
「被害者だよ。殺されたからね」
「だけど」
「結果なんだよ、全部。もし、洋馬が人を刺してもそのタイミングで救急車を呼んで一命を取り留めたら『助かったんだし、いいじゃん』って誰かは言う。殺したことにはならないから」
「……そんな」
牧田が副顧問を脅して、洋馬がレギュラーにならなければ人を疑い信用しなくなることもなかったかもしれない。
「牧田は、レギュラーになりたかったわけでもないしな」
「どう言うこと」
「あいつは、もともと入りたい学校があったみたいだから。偏差値も高いし、リスクを承知で私立受験したみたいだけど彼は落ちた。一般入試で入った洋馬を恨み、部活に来させない理由もあったんだろう。それと、サッカー部の強豪の名に泥を塗りたかった。新人戦でボロ負けしたのは、牧田にとっていい様だったんだろうな」
どうしてそこまで知っているのか、聞くよりも先に気づいた。
「牧田の両親に挨拶したのは、牧田の内情を知るため!?」
「正解。少なくとも俺はずっと牧田をマークしつつ動いてた。洋馬は、利用するための駒としては使いやすいと踏んでたんだけどな」
「ありえない……」
「あり得るんだよ。洋馬は、牧田がそんなことしてるって思わないだろうな」
「牧田が洋馬を利用して、里中が洋馬を利用しようとしたから牧田は先手を打ったんじゃないの?」
「どう言う意味だ。牧田は、新人戦以降もレギュラーが決まってた。あいつは、利用するだけ利用してその後も徹底的に強豪の名に泥を塗ろうとしてた」
部長として許せなかったと言うのだろうか。
「洋馬は、教室内で私と出かけていたことを理由にいじめのトリガーにされた。それって、相澤や三木谷らに告げ口したんじゃ」
「憶測で物事を言うなよ。俺は少なくとも証拠がある中で坂口に伝えてる。坂口、俺は、教えたはずだぞ」
以前、彼に言われた言葉を今になってまた聞かされる。
「でも、里中は教室で起きた出来事を知らない」
「そうだな。だけど、牧田が相澤たちに伝えた事実はどこにあるんだ」
「じゃあ、あなたは洋馬のために洋馬を思って動いてくれたの?洋馬のことだけを考えて動いてたら、何か変わったかもしれない」
「結果論だな」
「私が、いじめられてなかったら良かったの……?」
「知らんよ。坂口が言った通り、俺はお前らが教室で起きたことを知らないんだから」
「……ずるいよそれ」
いつの間にかよく見る街並みに移っていた。
私の家が近い。
「洋馬がどんな思いだったか」
「人を殺した奴に同情はできない」
「死んだ人には同情するの?」
「人は変われるんだ。牧田みたいなやつでも生徒指導室に入れられたら、大人が変えてくれる。同世代じゃ無理だ」
「洋馬も大人を頼れば良かったっていうの?」
チラッと私を見やる里中。
「当たり前だろ?大人は動いてくれる。実際、教材室で亡くなった二人は、最後大人である教師を頼ってる。だから、死んだ後だけれど見つかった。洋馬の逮捕だって牧田が警察に通報したからその捜査範囲を拡大して見つけたわけだ。まぁ、その前に坂口がいたけど。あの後ろ着いて行ってたらしいけど、気づかなかったか?」
全く気づかなかった。気配も感じなかった。
それが尾行というやつだろうか。恐ろしいほどに存在感がなかった。
だけど、私も彼も知っている。大人を頼ることができないということを。
「私は、洋馬の気持ちがわかるよ。大人は、面倒ごとを避ける。絶対に頼ることなんてできない。頼れたら、いじめなんて起こらない」
「伝え方の問題だろ。生前、相澤は教材室を借りるために美園先生と仲良くしてたらしい。あの厳しい先生が鍵を貸すほど信用してる。大人を頼りたかったら仲良くする他ないだろ。牧田だって、相澤と状況は違えど大人を頼った。お前が、いじめられたのでなんとかしてくださいなんて面倒に決まってる。大人は、俺たちと一緒で助けたい奴を助けるんだよ」
「ふざけないでよ」
「ふざけてない。至極真っ当な意見だ。ルールをぶっ壊すのはいつだって強固な人間関係だよ。大人と子供であるといいよな、家族のような関係性が」
車が止まる。左の窓を見ると私の家が見える。
「ほら、もう話は終わりだ。今後、牧田の家に行くなら一人で行くといい。俺はもう大学の授業で忙しい。行けなくなる」
「……いつから変わっちゃったの。最低だよ」
言い残すとシートベルトを外して鞄を乱暴に掴みドアを開けて出る。
「もう、会いたくないよ」
走って家に駆け込む。
たいして走ってもいないのに、息が荒い。
サッカー部の闇を見た気がする。
そんな環境で洋馬は利用されていた。
誰も知らない副顧問と牧田の関係性。それに勘づいた里中の行動。
里中が洋馬を知らぬうちに追い詰めて、仲の良いかったはずの牧田にも私欲のために利用された。
そして、私と出かけたせいでいじめられてクラスの関係は途絶えて孤立した。
誰が彼を助けられただろう。
私の存在がなければ、彼はいじめの標的にされなかった。少なくとも面倒ごとは減っていたはず。
彼に人を殺させたのは、私だ。
涙が溢れそうになる自分が情けない。
リビングから専業主婦の母が顔を覗かせる。
「どうしたの?」
「母さん……っ」
おいでと何も言わずともジェスチャーをくれる。
靴を脱ぎ捨てて、母の胸元に飛び込んだ。
泣き弱る私の背中を撫でる母。
それでも止まらぬ涙に声が漏れる。
泣きはらすと気持ちが空っぽになった。
彼に謝りたい。
だけど、彼は刑が決まり会うことはできない。
そもそも謝れば許されるわけでもない。
その夜、両親に黙って家を飛び出した。
目的地は、約一年前に彼と対峙した廃ビルだ。
ビルはまだ開いているみたいで階段を使って屋上に向かう。
電気も通っていないのでエレベーターが使えるわけもない。
スマホの懐中電灯を使おうか少し迷ったけれど、そんな必要はなかった。
屋上の扉は約一年に洋馬がこじ開けたのか簡単に通ることができた。
柵を乗り越え、地面に目を向ける。
思わず足がすくみそうになり、柵の方へ目を向けた。
後ろから行けば、怖くないと言い聞かせる。
彼もここに立った時、怖いと思ったのだろうか。だから、私に体を向けたのか。
死ぬのは怖かったのかな。
独りは怖かったのかな。
私には知りえない感情だった。
そのせいで私は彼を傷つけた。
償おう。
これが私にできる最大限の贖罪だ。
体を後ろへ預ける。
背中から地面に衝突した際、頭も強く打ちつけた。
翌日、私の死はニュースで報道された。
贖うことはできただろうか。
彼は許してくれるだろうか。
そんな思いと共に私は深い眠りについた。
少年法があるようで死刑までは行かないらしい。
いじめの事実もあるということで不定期刑、十二年の懲役となるらしい。
あの廃ビルからパトカーで連行された後、洋馬の家から三木谷の死体が見つかった。
彼の両親は、その後引っ越しを余儀なくされ県外へと移動した。
何度か私と里中で家に向かったけれど、出る様子もなく気がつけば、退去していた。
その二ヶ月後、真波は退院した。
頭に帽子をかぶって縫い目を隠していた。
縫い目もそのうち髪の毛で隠れるということなのでそれまでの辛抱だそう。
連日のように来ていたメディアもマスコミも減っていき、この頃には来なくなった。
SNSでは、いじめの事実を重く見る人、いじめがあれど人を殺すのはいけないと二極化していた。
一部ではいじめに立ち向かう勇気を賞賛する声もあった。
しかし、結局のところ少年法でも重い罰である不定期刑の判決が下された。
教室の空いた五席は早急に撤去された。
四十人学級が、三十五人へと減った。
いじめっ子がいなくなったことで伸び伸びと生活するクラスメイトも増えた。
クラスメイトの誰もが亡くなった五人の話をしなかった。
洋馬と同じサッカー部員さえ何も言わなかった。
そして、私は里中と一緒に牧田のお墓に訪れていた。
三年生にもなり一周忌を迎えようとしていたからだ。
里中は、公立の大学で勉強しているそうで内容の難しさに普段から時間が取れないと嘆いていた。
「今日は来てくれてありがとね」
「誘ったの俺だけど」
後輩思いのいい部長だ。
「大学どうなの?」
「どうってことない。テストまでにはなんとか間に合わせてるから」
「テストのタイミングがかぶることはないの?」
「あるよ。その時は、絶望してる」
お墓に着くと花が添えられていた。
きっと牧田の両親が先に来ていたのだろう。
彼の両親に挨拶しに行った時、二人とも嬉しそうにだけど悲しそうに笑みを浮かべていた。
まだ私たちよりも傷が癒えていないのだろう。
会わなかったのは、正解だったのかもしれない。
手を合わせて、工程を終える。
無言でいることに気まずさを覚えて、話題を振った。
「後輩のお墓に行くってすごく後輩思いだよね。二年生最後の大会も強豪校らしく全国出場したって」
見に行ったんだよね?と聞く。
「まぁ、そうだな」
「すごいよね、いい試合だったんでしょ」
「牧田のためって言ってたけど、多分違う」
「え?」
車に乗るとエンジンをかける里中。高校卒業のタイミングでATの免許を取得したらしい。
「牧田は、部活内でそこまで強くない。よくて、補欠だ。あいつが、レギュラーで出れたのは、副顧問の女性教師に言い寄ったから」
「……は?」
突拍子もない言葉に頭の理解が追いつかない。
「それを知ったのは、牧田が死んで、泣き腫らしている副顧問に違和感を覚えたから。普段仲良くしているように見えなかったから鎌をかけてみたら想定外の言葉が出てきて驚いたよ」
レバーをDに入れると両サイドを確認して車を走らせる。
「どういうこと?高校生が先生に言いよるって」
「まぁ、副顧問が泣いていたくせに牧田が死んで安心してたから、事件化してほしくなかったんだろうな」
「待って、全然理解できない」
「副顧問と行為をしてそれが同意ではなかったと脅し始めたんだ。それで何度かお金を渡して穏便に済ませようとしてたらしい」
「え、でもなんで副顧問は、泣いたの?」
「好きだったからだってさ」
信号で止まる車。
やはりまだ理解ができない。
「顧問は、知らなかったの?」
「知ってたと思う。実際牧田は、顧問の前でも脅しをかけてたらしいから」
「里中は知らなかったの?」
「知らなかったな。想定外だったと言うべきか。ただ、少し警戒はしてた。洋馬のこともあったから」
今の話の流れに洋馬の関連性を見出せない。
「新人戦に出場するのは、大抵、推薦で入った部員ばかり。今までも俺たちの代もその前の代もみんな推薦で選ばれてた。けど、牧田が副顧問に脅しをかけて、その脅しの中に洋馬がいた。洋馬も入れないと警察に言いに行くと伝えたそうだから」
「もしかして、洋馬はサッカー強くない?」
「言ってしまうとそこまで強くない。牧田のちょっと上くらいかな」
「補欠のレベル……?」
「そうだな。ただ頭のキレは良かったし、ポジション次第ではレギュラーってところかな」
とすると、一つ疑問が生まれる。
「洋馬を部活に戻そうとしたのは、どうして?そんなに強くないならいなくても変わらないんじゃ」
「成長速度が段違いだったからかな。牧田は、その点サボりぐせがあった」
「牧田の代わりに洋馬を選びたかった?」
「そういうこと。なんとか洋馬を次の試合に出して、牧田は出さず、だが、その怒りに触れた彼が副顧問を脅す。その脅しを録画して証拠を残して、牧田を生徒指導室に入れることが、洋馬を誘う目的だった」
だけど、洋馬は尽く部活に参加しなかった。
「洋馬を利用する計画は頓挫した」
「え、ねぇ、待ってよ。じゃあ、洋馬は牧田のことも全部知ってた?」
「知らないだろうね。洋馬は、部活に自分がいなくてもいいことを悟った。部活でレギュラーになったのはたまたまで、他の部員は望んでいなかったし、不服だったくらいにしか思ってないだろうね」
「……彼は、努力してた」
「サッカーは、努力の世界じゃない。手と手を取り合って、チームで結果を残す。新人戦で結果が出なかったのは、牧田や洋馬の補欠レベルを全面的に出したこと」
「部員は、何かが起きてることを知っていて動かなかった?」
「動かないっていうか、動けなかったんだろうな。反旗を翻して、顧問に訴えてそれが、レギュラーの座を奪われる結果になることを副顧問が伝えてたから。俺も言われてたからなぁ」
ずっと前からレギュラーは、部活動推薦で入った人だと決まっていた。その暗黙の了解を壊されないために牧田は副顧問に言い寄られたことを利用し脅す道具に変えた。その道具を利用してレギュラーの座を奪う。その一方で、副顧問が言い返すならレギュラーの座はないよと脅すことで不満があれど言い返すことはできなかった。
何かあるとわかっていながら、部員は動けなかった。
本気で部活に取り組んでいる部員を蔑ろにする牧田。
これが本当なら、最低だ。
「でも、じゃあ、なんでお墓に行ったの?彼は加害者なんじゃ」
「被害者だよ。殺されたからね」
「だけど」
「結果なんだよ、全部。もし、洋馬が人を刺してもそのタイミングで救急車を呼んで一命を取り留めたら『助かったんだし、いいじゃん』って誰かは言う。殺したことにはならないから」
「……そんな」
牧田が副顧問を脅して、洋馬がレギュラーにならなければ人を疑い信用しなくなることもなかったかもしれない。
「牧田は、レギュラーになりたかったわけでもないしな」
「どう言うこと」
「あいつは、もともと入りたい学校があったみたいだから。偏差値も高いし、リスクを承知で私立受験したみたいだけど彼は落ちた。一般入試で入った洋馬を恨み、部活に来させない理由もあったんだろう。それと、サッカー部の強豪の名に泥を塗りたかった。新人戦でボロ負けしたのは、牧田にとっていい様だったんだろうな」
どうしてそこまで知っているのか、聞くよりも先に気づいた。
「牧田の両親に挨拶したのは、牧田の内情を知るため!?」
「正解。少なくとも俺はずっと牧田をマークしつつ動いてた。洋馬は、利用するための駒としては使いやすいと踏んでたんだけどな」
「ありえない……」
「あり得るんだよ。洋馬は、牧田がそんなことしてるって思わないだろうな」
「牧田が洋馬を利用して、里中が洋馬を利用しようとしたから牧田は先手を打ったんじゃないの?」
「どう言う意味だ。牧田は、新人戦以降もレギュラーが決まってた。あいつは、利用するだけ利用してその後も徹底的に強豪の名に泥を塗ろうとしてた」
部長として許せなかったと言うのだろうか。
「洋馬は、教室内で私と出かけていたことを理由にいじめのトリガーにされた。それって、相澤や三木谷らに告げ口したんじゃ」
「憶測で物事を言うなよ。俺は少なくとも証拠がある中で坂口に伝えてる。坂口、俺は、教えたはずだぞ」
以前、彼に言われた言葉を今になってまた聞かされる。
「でも、里中は教室で起きた出来事を知らない」
「そうだな。だけど、牧田が相澤たちに伝えた事実はどこにあるんだ」
「じゃあ、あなたは洋馬のために洋馬を思って動いてくれたの?洋馬のことだけを考えて動いてたら、何か変わったかもしれない」
「結果論だな」
「私が、いじめられてなかったら良かったの……?」
「知らんよ。坂口が言った通り、俺はお前らが教室で起きたことを知らないんだから」
「……ずるいよそれ」
いつの間にかよく見る街並みに移っていた。
私の家が近い。
「洋馬がどんな思いだったか」
「人を殺した奴に同情はできない」
「死んだ人には同情するの?」
「人は変われるんだ。牧田みたいなやつでも生徒指導室に入れられたら、大人が変えてくれる。同世代じゃ無理だ」
「洋馬も大人を頼れば良かったっていうの?」
チラッと私を見やる里中。
「当たり前だろ?大人は動いてくれる。実際、教材室で亡くなった二人は、最後大人である教師を頼ってる。だから、死んだ後だけれど見つかった。洋馬の逮捕だって牧田が警察に通報したからその捜査範囲を拡大して見つけたわけだ。まぁ、その前に坂口がいたけど。あの後ろ着いて行ってたらしいけど、気づかなかったか?」
全く気づかなかった。気配も感じなかった。
それが尾行というやつだろうか。恐ろしいほどに存在感がなかった。
だけど、私も彼も知っている。大人を頼ることができないということを。
「私は、洋馬の気持ちがわかるよ。大人は、面倒ごとを避ける。絶対に頼ることなんてできない。頼れたら、いじめなんて起こらない」
「伝え方の問題だろ。生前、相澤は教材室を借りるために美園先生と仲良くしてたらしい。あの厳しい先生が鍵を貸すほど信用してる。大人を頼りたかったら仲良くする他ないだろ。牧田だって、相澤と状況は違えど大人を頼った。お前が、いじめられたのでなんとかしてくださいなんて面倒に決まってる。大人は、俺たちと一緒で助けたい奴を助けるんだよ」
「ふざけないでよ」
「ふざけてない。至極真っ当な意見だ。ルールをぶっ壊すのはいつだって強固な人間関係だよ。大人と子供であるといいよな、家族のような関係性が」
車が止まる。左の窓を見ると私の家が見える。
「ほら、もう話は終わりだ。今後、牧田の家に行くなら一人で行くといい。俺はもう大学の授業で忙しい。行けなくなる」
「……いつから変わっちゃったの。最低だよ」
言い残すとシートベルトを外して鞄を乱暴に掴みドアを開けて出る。
「もう、会いたくないよ」
走って家に駆け込む。
たいして走ってもいないのに、息が荒い。
サッカー部の闇を見た気がする。
そんな環境で洋馬は利用されていた。
誰も知らない副顧問と牧田の関係性。それに勘づいた里中の行動。
里中が洋馬を知らぬうちに追い詰めて、仲の良いかったはずの牧田にも私欲のために利用された。
そして、私と出かけたせいでいじめられてクラスの関係は途絶えて孤立した。
誰が彼を助けられただろう。
私の存在がなければ、彼はいじめの標的にされなかった。少なくとも面倒ごとは減っていたはず。
彼に人を殺させたのは、私だ。
涙が溢れそうになる自分が情けない。
リビングから専業主婦の母が顔を覗かせる。
「どうしたの?」
「母さん……っ」
おいでと何も言わずともジェスチャーをくれる。
靴を脱ぎ捨てて、母の胸元に飛び込んだ。
泣き弱る私の背中を撫でる母。
それでも止まらぬ涙に声が漏れる。
泣きはらすと気持ちが空っぽになった。
彼に謝りたい。
だけど、彼は刑が決まり会うことはできない。
そもそも謝れば許されるわけでもない。
その夜、両親に黙って家を飛び出した。
目的地は、約一年前に彼と対峙した廃ビルだ。
ビルはまだ開いているみたいで階段を使って屋上に向かう。
電気も通っていないのでエレベーターが使えるわけもない。
スマホの懐中電灯を使おうか少し迷ったけれど、そんな必要はなかった。
屋上の扉は約一年に洋馬がこじ開けたのか簡単に通ることができた。
柵を乗り越え、地面に目を向ける。
思わず足がすくみそうになり、柵の方へ目を向けた。
後ろから行けば、怖くないと言い聞かせる。
彼もここに立った時、怖いと思ったのだろうか。だから、私に体を向けたのか。
死ぬのは怖かったのかな。
独りは怖かったのかな。
私には知りえない感情だった。
そのせいで私は彼を傷つけた。
償おう。
これが私にできる最大限の贖罪だ。
体を後ろへ預ける。
背中から地面に衝突した際、頭も強く打ちつけた。
翌日、私の死はニュースで報道された。
贖うことはできただろうか。
彼は許してくれるだろうか。
そんな思いと共に私は深い眠りについた。