三森と相澤を殺した。
 二日で三人も殺した。
 どうして僕は、相澤の前で素直に言葉を言えたのだろう。
 しかし、そんなことはどうでもいい。
 何やら知らぬ先生と担任が騒がしい。
 聞き耳を立てる。どうやら、教材室に来るという。
 相澤だ、すぐに気づいた。
 あんな時間が稼ぎをしてくるやつ、他にいない。時間を稼いだのは先生を教材室に呼ぶだため。
 バレたら危険だ。
 鍵は閉めているから、後でなんとかなるとは思う。
 小窓を閉めにいかないと後で徘徊する先生たちに勘付かれる。
 夜中にやっておきたいことなのに、こうも邪魔が入ったらやりづらい。
 ポケットに入ってあるカッターを握りしめる。
 ここまで来たんだ。平和解決は難しいだろう。殺すしかない。
 上の階に上り、彼らの行動を監視する。夕方、三森が僕を撮っていた場所だ。
 最悪、このまま二人を殺す。しかし、彼らは教材室にくると鍵が閉まっていることを確認して階段を降りていく。
「相澤、なんか焦ってたけど鍵閉まってるならいいか」
「鍵、無くしたとかうちの生徒が迷惑かけましたヨォ」
「いえいえ」
「ちなみに彼らは教材室で何をしてたんですか?」
「試合のレギュラーメンバーを選ぶ会議室みたいなものとして使ってるって聞いてますけどね」
「部活熱心なんですよね、相澤。あいつは、頼れるやつですよ」
「友人とも仲良いみたいですし、あいつは心配ないですよね」
 そんな会話をして下っていく彼ら。
 どうやら、普段いじめの現場として使っていると思われていたあの場所は部活のために使っていたみたいだ。
 ますますなぜ坂口がいじめられたのか気になる。
 だが、もうその三人組もいない。死んだのだ。
 理由がなんであれやってはいけないこと。
 僕は、正しいことをしたのだ。言い聞かせる。
 彼らは、間違っていて、僕が正しい。そうだそうだ。
 そんな彼らの後始末を始めよう。
 教材室を開けて、小窓を閉める。
 外を確認して、ルートを確保する。
 教材室に戻ると鍵をかけて、夜が来るのを待つ。
 順調だった。
 スマホで時間を確認する。19時過ぎ。
 夜だ。真波のLINEに既読をつけて無視をする。
 彼らの体を分解して……。
「いや、ここをもう開けなければ、三日間くらいは問題ないのでは?」
 その疑問に確かにと思う。声に出すと理解しやすくなったりする。
 使う奴らが相澤たちならばもうここにはいない。
 部員が来るかもしれないけれど、鍵がかかっているなら二度も来ないだろう。
 今現に知らぬ先生と担任は来ていない。
 このまま夜を踊り明かすのもいいのかもしれない。
 よし、踊れ!
 帰宅し部屋に行くと異臭が匂う。
 三木谷の遺体の匂いがもう漂っているのか。
 急いで窓を開けた。
 父親は単身赴任中で、母親もパートで夜遅くまで帰ってこない。
 今日捨てに行こう。
 自転車にまたがり、スマホの地図アプリで良さげなスポットを探す。
 しかし、市内にいい場所はない。
 市街の山や海のある場所まで行こうか。
 そんなことしたら防犯カメラとか写ってしまうのではないだろうか。
 検索エンジンで死体_埋める深さと調べる。
 一メートル以上の深さが必要らしい。
 その場所に行くために大きめのスコップを持っていったら怪しまれる。
 やはり危険だ。
 ふと庭に目をやる。
 母親が好きで花を植木鉢を使って育てている。
 その下なら意外とバレないのでは?
 水をやるので植木鉢以外の場所にも当たっていたら、スコップでも掘りやすい。
 最悪、そうではなかったとしても花に水をやる際、下の地面にもかかってしまったということにしておけばいい。
 縦に長い植木鉢二つをどかし、スコップで掘り下げる。
 大体一メートル以上を掘り進めて袋に詰めていたバラバラの死体を捨てる。
 腐敗臭がとてつもなく臭くて屈んで吐いた。
 屈んだ隣には三木谷の顔がある。
 顔を地面に擦りつけるようにうつ伏せに捨てる。
 土を埋め返す。掘った跡がついてしまった。
 わかりきっていたことなのに、いざやってみると思いの外わかりやすい。
 とりあえず、植木鉢を上に置く。
 夜に水を与えるものじゃないだろうが、水をあげてわざと地面にもかけてみる。
 意味がなかったので、植木鉢を見える方向から少しずらしてみるが、逆に怪しくなってしまったので戻す。
 もうこのままでいいと諦める。
 この匂いは一体どれくらいで消えるのだろう。
 不安要素はありつつも、スマホで時間を確認するとそろそろ母親が帰ってくる時間なので風呂に入ることにした。
 夜だしあんまり庭に目をやることはないだろうと思う。
 風呂に浸かってもあまり疲れがとれない。
 人を二日で三人も殺したという自分が恐ろしい。
 僕にそんなことができるだなんて思いもしなかったからだ。
 しかし、これからの学校生活は平和だ。
 教室に行っていじめられることもない。
 面倒ごとはある程度避けられる。
 あの二人の死体をどこに運ぶかはまだ決めきれていないけれど、なんとかなるだろうという根拠ない自信がある。
 なんだかやりきった感がある。
 日付が変わる頃、スマホに着信があった。
 真波だ。
「もしもし」
 気分が乗り、返事をする。
「あ、もしもし……。直人君全然連絡返してくれないから、心配で」
「あぁ、ちょっと時間がなくて」
 普段ならスマホを切ってしまうのに、今回はでた。少し落ち着いたからかもしれない。
「テスト?」
 可愛らしい声。
 だが、僕は彼女のことが好きなのだろうか。
 モヤモヤするのは、彼女のことが好きだからちゃんと付き合っている体が欲しかったのだろうか。
「うん、思いの外難しくて」
「そっか。……会いたいよ」
 その言葉にどきっとする。
 なんでそこまで思ってくれるのか。
 これだけ連絡を無視しても、思い続けてくれている。
 順番が違っただけで本当は僕のこと好きなのだろうか。思い上がりもいいところだ。
 彼女のために会うなんて、彼氏でもないくせに。
「明日、会う?」
 それなのに僕は、こんなことを言ってしまう。
 会いたいと思う理由がわからない。
 はっきりとした答えが見つからない。
 わかりきった答えなら、不安もないのに。
「会う!」
 嬉しそうな声音に頬が緩む。
 なんて可愛らしいのだろう。きっと虜になっているのだろう。
 背の低い彼女の小動物のような動きを思い出す。
 また彼女はそんな動作で麗しい瞳で僕を見てくれるのだろうか。
 教室の環境を変えられた僕は、彼女の思いも変えられるのだろうか。
 なんだか、変えられる気がする。
 彼女が僕をちゃんと好きになってくれるように。
 そんな思いが明日を楽しみにさせてくれた。

 教室に向かう道中に見える教材室。なんだか先生たちが騒がしい。
 あの教材室の鍵は僕が持っている。教材室で眠るあの二人は見つからないはず。
 何をそんなに騒がしくする理由があるのか。
「先生、どうかしたんですか?」
 近くにいた担任に事情を聞く。
「洋馬、近づいちゃダメだ」
「え?どうしてですか」
「いいから、ダメだ。みんなに教室にいるように指示してくれ。他の生徒も同様だ」
「何があったんですか、教えてください」
 無理やり話を聞く。
 教材室には死体しかない。それがバレたなら警察行きだ。
 警察に捕まることだけは回避したい。
 なんのために殺したのかわからなくなる。
「いや、まぁ、誰にも言わないなら」
 耳元で告げられる言葉。三森と相澤の遺体があった、と。
「誰にもいうな。あとで、先生から知らせるから。だから、教室で待機するように伝えておいて」
「……はい」
「辛いだろうが、頼んだぞ」
 なぜ死体が見つかったのだろう。鍵はポケットにある。
 犯人として捕まることだけは避けたい。せっかく殺したんだ。報われない方が辛い。
「でも、なんで教材室に」
「洋馬だから教えておこうかな。しっかりしてるし」
 実はと続ける。
「昨日、相澤が焦った様子で教材室に向かうからあとできてほしいって言われてな。その教材室の鍵は相澤が持っているはずなんだが、鍵がしまっていて。てっきり我々は、用が済んだのかと思ったんだ。鍵はないし、先に鍵を職員室に返して部活に戻ったのかと。だけど、部活に来ていないというんだ。三森から電話があって体育館を出ていったことは部員から聞いたのだが」
「部活、いなかったんですか?」
「ああ。部活に戻ってなくて、鍵倉庫に教材室の鍵はなかった。だから、マスターキーで今朝、教材室を開けたらこの有様だ」
「そんな……」
 マスターキーなんてものが学校にあるだなんて想定外だった。
 ホテルじゃないのだから、そんなものあるわけないと先入観を持っていた。
「今、警察に連絡している。この後のことは教頭先生と話して、決める。それまでは勘付かれないようにしておいてほしい」
 もう少し時間がかかると思っていたから、今日か明日でも間に合うだろうと予想したのに。
 マスターキーの存在を知っていたなら、こんなことにはならなかった。
 教材室の鍵を戻しておけば、こうはならなかった。
 教室に到着すると、坂口が切羽詰まった声で呼んできた。
「なんで?」
「何が?」
「あの二人が死んだ。なんで?」
「昨日みたいな語彙がなくて何一つわからんな」
「私、見たよ。昨日、三森さんを追いかけてるのを見た。なんで?放課後、あなたは何をしてたの?」
 後ろには静観する牧田の姿があった。
 他の生徒には伝えていないようでそれぞれ話している。
「どこで見たのさ、そんなもの」
「廊下だよ。昨日、テスト近いから帰るやめて自習室を借りてた。待てって大きな声がした。あれ、あなたの声だよね」
「変なこと言うなよ」
 そうだ、と声のトーンを明るくする。
「先生たちが教室で待っているように言ってた。クラスメイトに伝えておいてくれない?」
「ちゃんと答えて!」
 坂口の騒がしさにクラスメイトがこちらに振り向く。
「何を知りたいのかさっぱりだ。どうして、それが気になるの」
「あなたが、放課後何をしていたのか気になるの。あなたのこと、疑いたくない」
 こんなこと聞いてくる時点で、疑っている。
「教材室の件、聞いたの?」
「教材室?」
 口が滑ってしまった。
 彼女もまた担任から聞いたのかと思っていた。
「さっき先生が口にしてたから、それで疑われたのかと」
「ごめん、なんでもない」
 ハハっと乾いた声が出る。
 諦め時な気がしてきた。
「奴らにいじめられた経験があってなんでそんなこと言えるかな?疑われて、疑いが晴れることもないままいじめに遭う。それ、坂口が一番嫌なことじゃないの?それ、人にすんの?」
「……それは」
「デリカシーないかと思って聞いてこなかったけど、いじめられた理由なんてそんなもんでしょ?何か反感でも買ったんでしょ?」
「そ、そうじゃなくて」
「だから、いじめられるんだよ。そのくせ、いじめの話になったら触れるなって顔してさ。自業自得じゃんか。なんで、いじめられなくなった途端、正義感振りかざしてんの?正しいと思ってんの?」
「ごめん……、そんな、怒らせるつもりなくて……」
「だから、アニオタって嫌われるんだろ?何も面白いこと言えないくせに、知ってる四字熟語とか使いたがって、会話の仕方もしらねぇのかため息ついたりしてさ。いじめられても仕方ないよなハブられても仕方ないし、お前らみたいなやつみんな黙っててくれれば平和なんだけどな。やっぱ、最初からあわねぇなとは思ってたわ」
「洋馬」
 牧田が、後ろから止めに入る。
 言いすぎたと思い、坂口を見やると俯いてしまっていた。
「お前もそう思ってたんじゃないのか」
「……」
「坂口に合わせてるお前、マジでキモかったわ」
「喧嘩は止そう。洋馬も色々あってきついだろ。いじめもそうだし」
「昨日、僕の何かを見たのかよ。肝心なことは言わないで、言わせようとするなんて馬鹿げてる」
 そんなことで誰がお前らに本当のことを言うというのか。
 間違っているのはお前たちで、正しいのは僕だ。
 いじめる奴は間違ってる。見て見ぬ振りしている奴らも間違ってる。僕は僕を正しいと思うために彼らを殺したんだ。
 彼らが間違っていると死をもって理解させるために。
 結果、彼らは死んだ。正しいのなら、死なないはずだ。暴論かもしれない。
 それでもこの先、犠牲者が出るくらいならば、ここで終わらせるべき命だった。
 彼らの役割は終わったんだ。
 僕の役割もそろそろ終わりだろうか。
 言い争う僕らの元に担任がやってきた。
 今日はもう帰っていいらしい。
 昨日の放課後に残っていた生徒は自己申告して残り、他は帰っていいらしい。
 あとで目撃情報が出てもその時に対応したらいい。
 真波に学校終わったと連絡する。既読がすぐについて、電話が来る。
「本当?普通に学校あるんじゃないの?」
「なんか、学校で色々あったみたいで今日は帰るようにって」
「そっか。なんかわかんないけど、これから会えるってことだよね」
「そうそう」
「私も午前中で終わりだから、午後、会おうよ」
「了解」
 駅の指定があってそこに向かう。
 以前、行ったアイドルがいた付近に来てほしいらしい。
 あの可愛い地下アイドル今日もいないだろうかと小さな希望を抱く。
 牧田は部活に参加していたらしいので、事情聴取を受けるそうだ。疑いは早めに晴れた方が嬉しいそうだ。坂口も同じらしい。
 変なことを警察に吹き込まないでほしいが、彼女が言わない保証はない。
 リスクはあるけれど、ここで殺してしまうとかえって警察に疑われかねないので、やめておく。
 体力も奪われるし、最終手段としておいておきたい。
 一旦、家に帰る時間があるので着替え身支度を済ませると集合場所に向かう。
 昼飯はいいやと電車に乗る。
 到着して、アイドルがいないか見てみるがそこにはいなかった。
 昼間から歌うことはないのかと知る。
 以前のように夕方に行けばまた違うのだろうか。
 真波から連絡があり、いいお店があるとURLが送られてきた。
 その場所に集合することになり、急いで向かった。
 少し暑くなる昼ごろは半袖でもいいくらいだった。
 あまり季節の変化を感じていなかったけれど、少しは変わっていたのだなと気付かされる。
「お待たせしました」
「ううん。待ってないよ。行こいこ」
 彼女の笑みに釣られて笑みが漏れた。
 久々にこんなふうに笑えたのかもしれないと思うと彼女に会えたのはとても良かったのだろう。
「カフェではあるんだけどね、ここのお店が美味しくてね」
「洒落てますね」
 金欠高校生にとってこのお店に行くことは躊躇いがあった。
 以前も彼女とデートをした時、彼女が払ってくれた。
 少しは僕も払えるようにと考えていたけれどそもそもバイトをしていない時点でお金はない。
「行こいこ」
 そんな心のうちを知らぬ彼女は、袖を摘んで店に入って行く。
 外観も内観も変わらず洒落ている店。女子と一緒だとデートっぽく見えるおかげで変な目で見られることもない。
 ただ居心地は悪い。
 普段、こんなところにいないので落ち着かない。
 それに高そうなお店だ。
 メニュー表を見ると案の定、高かった。
 パフェ系もそれなりの金額がするし、もう帰りたい。
 もうちょっと庶民的な場所を選んで欲しかった。金欠学生にはきつい。
 真波はこの場所にいても様になるので良いのかもしれない。だがしかし、僕は違う。似合わなすぎる。
 注文した商品が机に置かれ、スプーンをとって口に含む。
 とても美味しいパフェだ。美味しいじゃないか。
 彼女もとろけるような笑みで口をもぐもぐさせている。とても可愛い。
「それで、なんで今日、学校なかったの?」
 ふと思い出したように聞いてくる彼女。
 この時間はたいてい学校があるため、ここに僕がいること自体場違いではある。
「なんか死体が見つかったんだって」
「……え?」
「死体」
「……ん?死体?」
 言葉が飲み込めてないのか、彼女は反芻していた。
「そうだよ、死体。だから、学校行ったのにすぐ休校になっちゃって」
「……嘘?」
「本当だよ。坂口とかに聞けばわかると思う」
「そか……」
「男女二人の死体が見つかったんだって。教材室で見つかって警察が調べてるらしいよ」
「……なんでそこまで知ってるの?」
「先生が教えてくれたんだよ」
「まだあんまり飲み込めてないんだけど」
 おしゃれなカフェで話す内容ではないことくらいわかっている。
 だけれど、下手な嘘をつくぐらいならちゃんと伝えておいた方がいい。
「これでクラスメイトが二人、亡くなったみたい」
「クラスメイトが!?」
「うん、まさか自分の学校がこんなことになるとは思わなかった」
「……そっか。それは辛いね」
 自分がいじめられて殺したとは言えないせいで、返す言葉がなかった。
 確かに辛いと言えば辛い。
 この平和がどれくらいの間続くのかわからないのだから。
「そうかも」
「……辛くないの?」
「現実味がないのかも」
「……死ぬのが直人君じゃなくて良かったよ」
「……」
「直人君?」
 思い出したのだ。死ぬのが自分だった可能性はあった。
 三木谷の暴力に耐えきれず、殺されると恐れたあの日、死んでしまうのではないかと震えた。
 今、目の前にいる彼女は、僕が死ななくて良かったと言ってくれた。
 僕のことを思ってくれている人がいる。それはとても嬉しいことのはずなのに、どうして素直に喜べないのだろう。
「死んじゃっても良かったのかもなぁ」
 思ってもいない言葉。死にたくないから殺したというのに、なんて無責任なのだろう。
 あの時死んでしまえば、ビクビク震えながら生活することはなかったのかもしれない。
 イフストーリーがあるのなら、僕はその時どんな気持ちで彼女と会うのだろう。
「直人君、死にたかったの……?」
「冗談だよ。本気にしないで」
 自分でもどちらが本当の気持ちかわからない。
 彼女は、本気で嫌がっている様子を見せた。悪いことをしたなと思った。
「私は死んでほしくないよ……」
 でも、と続ける。
「直人君が死にたくなったら、一緒に死ねる勇気はあるよ」
 彼女の目に迷いはなかった。
 どうして僕は、あんなにも些細なことで悩んでしまったのだろう。
 彼女としたあの日、付き合う段階を省いてしまったことに違和感を覚えた。だから、彼女と距離を置いた。
 それは間違いだと思っていなかったけれど、これだけ想ってくれる人がいるのなら、僕のこれまでは間違いだった。
 優しい包むような瞳に全てを預けてしまいたい。
 なんだかもう疲れているのかもしれない。
 また彼女とすることになっても、体を委ねて重ねて、終えたとしても次を願う。
「ありがとう、嬉しいです」
 なんだか久々に心の底から笑えたような気がした。
 彼女に頼ることだけは許されてもいいんじゃないかと思った。
「なんで敬語使うかな?」
 ジトっとした目を向けてくる彼女。
 感情の振り幅がこんな短時間で変わって行く姿さえなんだか愛おしかった。
 僕と彼女は三つ歳の差がある。
 高校生の僕が抱く常識は、彼女の歳になると非常識になることをさえ学んでいれば、彼女とした時も動揺せずに済んだはず。
 義務教育にさえ恋愛という科目がないのだからわからないことはわからない。だけれど、彼女のことを理解しようとすればするほどにそんな科目がなくとも知っていく。
 理解に乏しかった少し前に比べて大人になれただろうか。
 彼女の隣を歩くのに相応しい相手になれているだろうか。
 カフェで席の向かいにいるのは僕だと言い張れるだろうか。
 そんな悩みを吹き飛ばすくらい彼女の笑みに救われる。
「あ、里中君から連絡来たや」
「……部長?」
「そっか、里中君サッカー部の部長だもんね。連絡返しちゃうね」
「……」
 不満を抱くのは僕だけだろうか。
 誘ってきたのは彼女なのに、男の匂いを感じさせるだなんて。
 狙ってやっているならタチが悪い。
「わ、本当だ。里中君の学年も休校なんだね」
 ニュースにもなってるとスマホの画面を見て驚いている。
 チラッとスマホで記事を漁ると確かに僕らの高校の名前が載っている。
 二人の死体が発見されたことが速報で記事にされるなんて、とんでもないくらいの速さで仕事をしている。
 世間に広まってほしくなかったけれど、もうほとんど時間はないのかもしれない。
 彼女といる時間はもう、とっくにないのかもしれない。
「ん?あれ、里中君、知らないみたいだよ?直人君のクラスメイトが亡くなったこと」
「……」
 彼女には全てを伝えて逃げよう。
 カバンを彼女にバレないように手で掴む。
 突然のピンチに呼吸が乱れる。
「ニュースの記事にも書いてないみたいだし」
「……」
「ね、直人君、どこでその情報を知ったの?」
「……」
「黙らないでよ……。まるで、直人君が何かしたみたいじゃん」
「…………したよ」
 弱々しい声が溢れる。カフェのBGMにもかき消されそうなほど小さな声。
「え?」
「……殺したよ……僕が」
 彼女は目を見開いて呆気に取られていた。
 逃げる余力もない僕は、座ったまま動けなかった。