二

「小夜~、聞いて!」
 学校の自分の机に鞄を置くと清美がこちらを向いた。

「どうしたの?」
「今、校門のところにすっごくかっこいい人がいたの」
「清美、柊矢さんが好きなんじゃなかったの?」
「柊矢さんは沢山いる恋人候補の一人ってだけだよ」
 清美はあっさり言った。

 つまり柊矢さんが好きってわけじゃないんだ。

 それにしても知り合いでしかない段階で恋人候補っていうのもすごい。
 片想い中ならともかく。

「それでどうしたの?」
 清美は小夜の手を取ると、折り畳まれたメモ用紙を載せた。
「なにこれ?」
「その人の番号」
「なんで、私に渡すの?」
 小夜が首を傾げた。

「もぉ~、小夜に渡して欲しいって頼まれたからに決まってるでしょ!」
「どうして?」
「一応確認しておくけど、それ、素で聞いてる?」
「うん」
 清美は溜息をついて肩を落とした。

「小夜に気があるから電話して欲しいって事だよ」
「え!?」
 小夜は驚いて清美を見た。

「だ、ダメだよ! 清美、返してきて!」
 小夜は清美にメモ用紙を押しつけた。
「どうしてよ、会うだけ会ってみたら? かっこいい人だったよ」
「無理! 絶対無理! 知らない男の人となんて話せない! とにかく断って!」
 激しく首を振りながら言う小夜に、もぉ~、小夜奥手すぎ、と言いつつも清美はメモ用紙を受け取った。

 良かった。

 無理矢理会わされたらどうしようかと思ったのだ。

 柊矢さんは私のことなんかなんとも思ってないだろうけど、私は柊矢さんが好きなんだから他の男の人と会ったりするのは良くないよね。
 清美だったらそんなことお構いなしに会っちゃいそうだけど。
 て言うか、この様子だと番号を渡されたのが清美なら今頃一緒にお茶してても驚かない。

 小夜は清美にメモ用紙を返してそれで終わったと思っていた。

「え? 受け取ってくれなかったの?」

 二十歳くらいだろうか。
 私服を着た青年は困ったような顔で前髪をかきあげた。
 淡い茶色の巻き毛が風に揺れている。

 それを清美がぼーっと見上げていた。
 その二人を通り越していく女生徒達も青年をちらちらと見ていく。

 中には一緒にいる清美を睨んでいく者までいた。
 勿論、清美はそんなの気にしない。
 青年が小夜に興味があると知って尚、他の女にとられてたまるか、と言うように、彼をがっちりガードしていた。

「そうか。残念だな。話だけでもしてみたかったんだけどな」
「あ、それなら、今日は無理ですけど、明日にでも小夜をお茶に誘いましょうか? あたしと一緒ならきっと会ってくれますよ」
 清美は青年の気を惹きたい一心(いっしん)で言った。

「いいの?」
「はい。任せてください。番号教えてもらえますか? 上手くいったら電話します」
「じゃあ、これ」
 青年は小夜が返してきたメモ用紙を清美に渡した。

 翌日、清美は小夜をお茶に誘った。
 何も知らない小夜は二つ返事でOKした。

 清美と一緒にファーストフード店に入っていくと既に柊矢が来ていた。
 小夜が柊矢に微笑むと向こうも頷いてきた。

 注文したコーヒーを受け取った小夜が席を探していると、
「小夜、こっちこっち」
 清美が呼んだ。
 行ってみると先客がいた。

「この人、昨日言ってた人。山田宗二さん」
「清美!」

 小夜が怒ると、
「小夜ちゃん、ゴメンね。清美ちゃんを怒らないであげて。僕が無理を言ったんだ。清美ちゃんと一緒に話をするだけならいいでしょ」
 宗二が手を合わせて謝った。

 小夜は困って柊矢の方を見た。
 柊矢は険しい顔でこちらを見ている。
 男が(そば)にいるのが気に入らないらしい。

 柊矢さん、怒ってるみたい。
 困ったな。

「何? 柊矢さん? あたしが理由(わけ)、話してきてあげようか?」
「いい! 柊矢さんには後で私から話すから」
 小夜はきっぱり断った。

 ここで清美が行ったら更にややこしくなりそうな気がする。

「じゃ、座ろ」
 清美がそう言って宗二の横に腰を下ろした。

 小夜は清美の前に座った。

 この人、どこかであったことあったっけ?

 小夜は宗二を見て首を(かし)げた。
 見覚えがあるような気がするのだが思い出せない。
 小夜は知らない男の人と話すことは滅多にないから話したことがあるなら覚えているはずだが。

「あの人、小夜ちゃんの彼氏?」
「いえ……」
「小夜の後見人なんです」
「後見人?」
 宗二が訊ねるように小夜の方を見た。

「その、色々ありまして……」
「ふぅん」
 宗二はそれ以上突っ込んでこなかった。

 話してみると宗二は感じのいい人だった。
 今大学三年生らしい。
 話術が(たく)みで、いつの間にか小夜も宗二の話に引き込まれていた。

「ね、今度一緒に映画観に行かない? 清美ちゃんも一緒ならいいでしょ」
「行きたい! ね、小夜、行こうよ!」
「清美……」
 清美は小夜が狙われてるということをすっかり忘れているらしい。

「お茶くらいならいいけど、映画とかは……」

 そのお茶だって清美が一緒でなければ柊矢が許してくれるかどうか。
 コーヒーを飲みながら横目で柊矢の方を窺うと、むすっとした顔でこちらを睨んでいる。

 清美が一緒でもダメかも。

 友達くらいにならなってもいいかな、と思い始めていたのだが、柊矢の反応を見ると男友達は認めてもらえそうになかった。

 あれって、保護者としてダメって事なのかな。
 それとも焼き餅?

 焼き餅かもしれないと思うとちょっと嬉しかった。

「……ちゃん? 小夜ちゃん?」
「あ、はい」
「小夜、ちゃんと話聞いてた?」

「ごめん、ちょっとぼーっとしてたみたい」
「夢見がちなところも可愛いね」
「はぁ」
 小夜は気の抜けた返事をした。

 清美が(あき)れ顔になる。

「お茶以外は全然ダメ?」
 宗二が訊ねた。
「たまには買い物でもしようよ」
 清美が言った。

 小夜が宗二と二人きりで会うのを拒む限り清美が(そば)についていることになる。
 つまり清美としてはそれだけ宗二といられることになるのだ。

 小夜はコーヒーに口を付けながら上目遣いで清美を見た。
 三人で一緒に行動していれば宗二は清美を好きになるかもしれない。
 そうすれば今後は小夜抜きで会うようになるはずだ。

 清美に宗二を押しつける結果になるが彼女もそれを望んでるようだから問題ないだろう。
 もう一度、宗二に目をやる。

 やっぱり、どこかで会ったことあるのかな。
 声も聞き覚えあるような……。

 初対面ではないように思えるが、だとしたら宗二はそう言うはずだ。
 多分、気のせいだろう。

「じゃあ、映画や買い物、行っていいか柊矢さんに聞いておきます。清美も一緒でいいならですけど」
「勿論、構わないよ」
 その言葉に清美が宗二の死角になるところでガッツポーズをした。

 清美、頼んだよ。

 任せて!

 女二人の視線での会話に宗二は気付かなかったようだ。