三
三日後、小夜は放課後に清美とファーストフード店に行ってもいいか訊ねてきた。
「分かった。場所は?」
小夜がファーストフード店の名前と場所を言うと、
「気を付けろよ」
と言って電話を切った。
放課後、小夜が清美とファーストフード店に入ると柊矢が先に来て隅の方に座っていた。
「柊矢さん、どうしたんですか?」
小夜が柊矢の横に行くと、
「たまたま時間が余っただけだ。俺のことは気にするな」
その言葉に小夜は清美のところに戻った。
「時間が余ったから早めに来ただけだって」
「ふぅん」
清美はそれ以上追求することなく、それぞれ注文をすると柊矢から離れたところに座った。
「あれ? 小夜、それ、コーヒー?」
匂いで気付いたようだ。
「うん」
小夜は一口飲んで顔をしかめた。
「どうしたの? 急に」
「柊矢さんも楸矢さんもコーヒーで私だけお茶だから。ただでさえ、小鳥ちゃんとか奥手とか言われてからかわれてるから、せめてコーヒーだけでも飲めるようになろうと思って」
「小鳥ちゃん? あはは。確かに小夜って小鳥ちゃんってイメージだよね」
「清美、ひどい!」
「ひよこちゃんって言われなかっただけマシじゃん」
「清美って、柊矢さん達よりひどい」
小夜は清美を睨むと、コーヒーをまた一口飲んだ。
苦い。
「そんなに苦いなら砂糖やミルク入れればいいじゃん」
「あ、そっか」
小夜はそう言って砂糖に手を伸ばしかけて、すぐに引っ込めた。
「ダメダメ。砂糖やミルク入れたら結局子供扱いされるもん」
もう一度コーヒーに口を付けると顔をしかめた。
「どれどれ」
清美は小夜のコーヒーを一口飲んだ。
「意外と美味しいじゃん」
「嘘! 清美、嘘ついてるでしょ!」
「嘘じゃないよ、美味しい。あたしも頼んでこよっと」
清美はそう言うとコーヒーを買いにいった。
席に戻ってきて美味しそうにコーヒーを飲む清美を小夜は恨めしそうに見ていた。
「清美の裏切り者~」
清美は自分で言うとおり、もう子供じゃない。
まだ大人じゃないけど子供でもない。
自分はまだまだ子供だ。
小夜は溜息をついてコーヒーを飲んだ。
苦い……。
「静かにしろ」
清美の背後に男が立ったかと思うと彼女の表情が固まった。清美の背に何かを突きつけてるようだ。
小夜の横に沙陽が立った。
「よくも騙してくれたわね。声を上げたらその子を殺すわ」
小夜と清美は怯えた表情で顔を合わせた。
「何が欲しいのか分かってるわね。よこしなさい。今度小賢しい真似をしたらホントにその子を殺す」
小夜がポケットに手を入れたとき、沙陽の横に柊矢が立った。
「こいつに手を出したらただじゃおかないと言っておいたはずだ。そいつと一緒に今すぐ帰れ。でなければお前の喉を潰す」
ムーソポイオスにとって歌えなくなるのは死ぬより辛い。
柊矢と沙陽はしばらく睨み合っていたが、やがて、
「行くわよ」
清美の後ろに立っている男を促すと帰っていった。
「清美! 大丈夫!? 怪我はない?」
「う、うん、今の何?」
「今日はもう帰った方がいい。家まで送ろう」
「清美、車の中で話すから。行こう」
「分かった」
小夜は車の後部座席に清美と並んで座り、沙陽は小夜が持っているものを狙っている、と話した。
「この前のひったくりって言うのも……」
「うん、男の人が襲ってきて奪おうとしたの」
「それで送り迎えしてもらってたんだ」
「巻き込んでホントにごめんなさい」
小夜は頭を下げた。
「いいよ。何もなかったんだし」
そう言ってから、
「小夜、絶対気にするでしょ」
小夜の顔を覗き込んだ。
「え?」
小夜が清美の顔を見返した。
「小夜は悪くないんだから、気にしちゃダメだよ」
「うん、有難う」
「あ、そこ曲がったところです。このマンションです」
清美の指示でマンションの前に車を止めた。
柊矢が後部座席に回ってドアを開ける。
「送っていただいて有難うございました」
車から降りた清美が頭を下げた。
「部屋の前まで送らなくて大丈夫か?」
「狙いは小夜なんですよね。だったら小夜を守ってあげてください」
「清美……」
「じゃ、また明日ね。小夜」
清美は手を振るとマンションに入っていった。
柊矢は清美が無事にマンションに入ったのを見届けると自分も車に戻った。
「いい友達だな」
車を出しながら言った。
「はい」
そのときムーシカが変わった。
今までも聴こえていたのだが清美の前では言えなかったので黙っていたのだ。
この声……。
「柊矢さん」
小夜は柊矢を見た。
「椿矢か。中央公園にいるかもしれないな。行ってみよう」
柊矢は車を中央公園に向けた。
「あ、椿矢さん」
小夜は中央公園のベンチでブズーキを弾きながら歌っている椿矢を見つけた。
柊矢と小夜はムーシカが終わるのを待った。
椿矢が終わりを告げると野次馬達は散っていった。
「その楽器、ブズーキとか言ってたな」
「どこの国の楽器なんですか?」
「ギリシア。柊矢君だっけ? 君はキタラだったね」
「キタラもギリシアの楽器でしたよね。楸矢さんの笛もギリシアのものなんでしょうか」
「あの笛はギリシアじゃないね」
椿矢が楽器をしまいながら答えた。
「じゃあ、どこのですか?」
「さぁ? もしかしたらムーシケーから持ってきたものが全然進化してないのなのかもね」
「ムーシケー?」
柊矢が聞き返しながら、さりげなく椿矢が立ち去れない位置に移動した。
今日こそは全ての質問に答えてもらうまで帰さないつもりだった。
それを見て取った椿矢が、降参というように両手を挙げて、
「ちゃんと話すから喫茶店にでも移動しない?」
と提案した。
「ダメだ。喫茶店は営業時間が終わったら追い出されるからな」
「そんな時間まで質問攻めにするつもりなの?」
椿矢が可笑しそうに笑った。
「でも、柊矢さん、ここじゃ寒いですよ」
小夜が腕をさすりながら言った。
確かに、こんなところに長時間いたら小夜が風邪を引く。
かといって小夜を一人で帰すのは論外だ。
「じゃ、こっちだ」
「へぇ、彼女の言葉なら聞くんだ」
「か、彼女じゃ……」
小夜が赤くなった。
「違うんだ。彼氏はいるの?」
椿矢が面白がって訊ねた。
「い、いません」
「じゃあ、僕が立候補してもいい?」
「え!? あの、えっと、その……」
小夜が狼狽えていると、柊矢が小夜と椿矢の間に割って入った。
「おい、こいつをからかうな。お前もいちいち真に受けるな」
「あ、はい」
からかわれてたんだ。
柊矢さんや楸矢さんがからかうのも、こういう反応を面白がってるからなのかな。
柊矢は自分の車に向かった。
「車に乗れ」
後部座席のドアを開けて小夜を乗せながら椿矢に助手席に乗るように促した。
「行き先はどっかの山奥とかじゃないよね?」
それには答えず柊矢はドアを閉め運転席に回ってシートに座った。
エンジンをかけるとヒーターをつける。
いつの間にか森が出現していた。
森の手前に大きな池があり、地平線近くに月の何倍もの大きさの天体と、天頂近くに月のようなものが見える。
三日後、小夜は放課後に清美とファーストフード店に行ってもいいか訊ねてきた。
「分かった。場所は?」
小夜がファーストフード店の名前と場所を言うと、
「気を付けろよ」
と言って電話を切った。
放課後、小夜が清美とファーストフード店に入ると柊矢が先に来て隅の方に座っていた。
「柊矢さん、どうしたんですか?」
小夜が柊矢の横に行くと、
「たまたま時間が余っただけだ。俺のことは気にするな」
その言葉に小夜は清美のところに戻った。
「時間が余ったから早めに来ただけだって」
「ふぅん」
清美はそれ以上追求することなく、それぞれ注文をすると柊矢から離れたところに座った。
「あれ? 小夜、それ、コーヒー?」
匂いで気付いたようだ。
「うん」
小夜は一口飲んで顔をしかめた。
「どうしたの? 急に」
「柊矢さんも楸矢さんもコーヒーで私だけお茶だから。ただでさえ、小鳥ちゃんとか奥手とか言われてからかわれてるから、せめてコーヒーだけでも飲めるようになろうと思って」
「小鳥ちゃん? あはは。確かに小夜って小鳥ちゃんってイメージだよね」
「清美、ひどい!」
「ひよこちゃんって言われなかっただけマシじゃん」
「清美って、柊矢さん達よりひどい」
小夜は清美を睨むと、コーヒーをまた一口飲んだ。
苦い。
「そんなに苦いなら砂糖やミルク入れればいいじゃん」
「あ、そっか」
小夜はそう言って砂糖に手を伸ばしかけて、すぐに引っ込めた。
「ダメダメ。砂糖やミルク入れたら結局子供扱いされるもん」
もう一度コーヒーに口を付けると顔をしかめた。
「どれどれ」
清美は小夜のコーヒーを一口飲んだ。
「意外と美味しいじゃん」
「嘘! 清美、嘘ついてるでしょ!」
「嘘じゃないよ、美味しい。あたしも頼んでこよっと」
清美はそう言うとコーヒーを買いにいった。
席に戻ってきて美味しそうにコーヒーを飲む清美を小夜は恨めしそうに見ていた。
「清美の裏切り者~」
清美は自分で言うとおり、もう子供じゃない。
まだ大人じゃないけど子供でもない。
自分はまだまだ子供だ。
小夜は溜息をついてコーヒーを飲んだ。
苦い……。
「静かにしろ」
清美の背後に男が立ったかと思うと彼女の表情が固まった。清美の背に何かを突きつけてるようだ。
小夜の横に沙陽が立った。
「よくも騙してくれたわね。声を上げたらその子を殺すわ」
小夜と清美は怯えた表情で顔を合わせた。
「何が欲しいのか分かってるわね。よこしなさい。今度小賢しい真似をしたらホントにその子を殺す」
小夜がポケットに手を入れたとき、沙陽の横に柊矢が立った。
「こいつに手を出したらただじゃおかないと言っておいたはずだ。そいつと一緒に今すぐ帰れ。でなければお前の喉を潰す」
ムーソポイオスにとって歌えなくなるのは死ぬより辛い。
柊矢と沙陽はしばらく睨み合っていたが、やがて、
「行くわよ」
清美の後ろに立っている男を促すと帰っていった。
「清美! 大丈夫!? 怪我はない?」
「う、うん、今の何?」
「今日はもう帰った方がいい。家まで送ろう」
「清美、車の中で話すから。行こう」
「分かった」
小夜は車の後部座席に清美と並んで座り、沙陽は小夜が持っているものを狙っている、と話した。
「この前のひったくりって言うのも……」
「うん、男の人が襲ってきて奪おうとしたの」
「それで送り迎えしてもらってたんだ」
「巻き込んでホントにごめんなさい」
小夜は頭を下げた。
「いいよ。何もなかったんだし」
そう言ってから、
「小夜、絶対気にするでしょ」
小夜の顔を覗き込んだ。
「え?」
小夜が清美の顔を見返した。
「小夜は悪くないんだから、気にしちゃダメだよ」
「うん、有難う」
「あ、そこ曲がったところです。このマンションです」
清美の指示でマンションの前に車を止めた。
柊矢が後部座席に回ってドアを開ける。
「送っていただいて有難うございました」
車から降りた清美が頭を下げた。
「部屋の前まで送らなくて大丈夫か?」
「狙いは小夜なんですよね。だったら小夜を守ってあげてください」
「清美……」
「じゃ、また明日ね。小夜」
清美は手を振るとマンションに入っていった。
柊矢は清美が無事にマンションに入ったのを見届けると自分も車に戻った。
「いい友達だな」
車を出しながら言った。
「はい」
そのときムーシカが変わった。
今までも聴こえていたのだが清美の前では言えなかったので黙っていたのだ。
この声……。
「柊矢さん」
小夜は柊矢を見た。
「椿矢か。中央公園にいるかもしれないな。行ってみよう」
柊矢は車を中央公園に向けた。
「あ、椿矢さん」
小夜は中央公園のベンチでブズーキを弾きながら歌っている椿矢を見つけた。
柊矢と小夜はムーシカが終わるのを待った。
椿矢が終わりを告げると野次馬達は散っていった。
「その楽器、ブズーキとか言ってたな」
「どこの国の楽器なんですか?」
「ギリシア。柊矢君だっけ? 君はキタラだったね」
「キタラもギリシアの楽器でしたよね。楸矢さんの笛もギリシアのものなんでしょうか」
「あの笛はギリシアじゃないね」
椿矢が楽器をしまいながら答えた。
「じゃあ、どこのですか?」
「さぁ? もしかしたらムーシケーから持ってきたものが全然進化してないのなのかもね」
「ムーシケー?」
柊矢が聞き返しながら、さりげなく椿矢が立ち去れない位置に移動した。
今日こそは全ての質問に答えてもらうまで帰さないつもりだった。
それを見て取った椿矢が、降参というように両手を挙げて、
「ちゃんと話すから喫茶店にでも移動しない?」
と提案した。
「ダメだ。喫茶店は営業時間が終わったら追い出されるからな」
「そんな時間まで質問攻めにするつもりなの?」
椿矢が可笑しそうに笑った。
「でも、柊矢さん、ここじゃ寒いですよ」
小夜が腕をさすりながら言った。
確かに、こんなところに長時間いたら小夜が風邪を引く。
かといって小夜を一人で帰すのは論外だ。
「じゃ、こっちだ」
「へぇ、彼女の言葉なら聞くんだ」
「か、彼女じゃ……」
小夜が赤くなった。
「違うんだ。彼氏はいるの?」
椿矢が面白がって訊ねた。
「い、いません」
「じゃあ、僕が立候補してもいい?」
「え!? あの、えっと、その……」
小夜が狼狽えていると、柊矢が小夜と椿矢の間に割って入った。
「おい、こいつをからかうな。お前もいちいち真に受けるな」
「あ、はい」
からかわれてたんだ。
柊矢さんや楸矢さんがからかうのも、こういう反応を面白がってるからなのかな。
柊矢は自分の車に向かった。
「車に乗れ」
後部座席のドアを開けて小夜を乗せながら椿矢に助手席に乗るように促した。
「行き先はどっかの山奥とかじゃないよね?」
それには答えず柊矢はドアを閉め運転席に回ってシートに座った。
エンジンをかけるとヒーターをつける。
いつの間にか森が出現していた。
森の手前に大きな池があり、地平線近くに月の何倍もの大きさの天体と、天頂近くに月のようなものが見える。