「美織ー、どうしたのぼーっとして。」
「あ、香苗…」
香苗が私の見ているところへと視線を走らせる。
「あ、あの人か!どう、走ってる姿、かっこいいの?」
「ちが、そういうわけじゃっ…」
「顔真っ赤。耳まで赤いよ」
「ふぇっ!?そんなことないっ!」
慌てて緩んだ頬を手で押さえる。
確かに、顔はすごく熱かった。
「かっこいい…」
ため息交じりにそういうと、香苗は呆れたように笑った。
「はいはい。残念だけど次移動教室だよー?置いてっちゃうよ」
「え、ちょっと待って」
あーあ、ほんとに残念。私の席からだったら、窓側だから超見えたのに。
移動教室の準備をしていると、クラスメイト達が教室へ戻ってきた。
「今日、理科自習だってさー」
一人の男子が叫んだ。
「だって、よかったね美織」
「うん…!!」
本当に今日は運がいい。
姿見れたし、おまけに、一時間見放題。
「最っ高…」
誰にも聞こえないようにつぶやいて、理科のワークを開く。
でもそんなのやるわけがない。
こんなチャンスもう二度と訪れないよ。だから今日だけはいいよね、神様?
水曜日、六限 先輩体育。
手帳にそっと記して、勉強をするふりをしながら、私は一時間ずっと先輩を眺めていた。