【にゃん太 編】
――2011年9月23日、お彼岸。
私は猫でにゃぬ。名前は――
「にゃん太!にゃん太!あれ?どこ行ったかいな」
「にゃぁ!」
「おっ、ここにおったんか。さ、ご飯だよ。青井さんにお魚もらったけん、おすそわけ」
「にゃ?」
法名、寺井早慶――このお寺の住職さんにゃ。本名は寺井吾郎。皆は、住職さん住職さんと呼ぶにゃ。
「あれ?……立花さん、おはようございます」
「あぁ……住職さん、おはようごぜます」
「お彼岸のお墓参りですかいね?午後から来られるって聞いちょったけん、てっきり……」
「えぇ、昼からは娘がお参りに来るもんで……先にお墓掃除をしちょこうと思いましてね」
「それはそれは……終わったらお茶でも飲んで行ってください――」
「にゃぁぁ……ぐるぐるでるる……」
私がこのお寺にお世話になる様になって、もう15年が経つ。住職さんに世話をしてもらってなければ、今頃はもう生きてはいにゃい。
『猫は20年経つと人の言葉がわかるようになったり、人の姿になったりできる』と住職さんが言っていた。
化け猫――妖とでも言うのだろうか?
私は15年程で人間の言葉がわかる様になったにゃ……。
ふふ、にゃんてどうかしてる。海岸にでも行ってお昼寝でもするかにゃ。
………
……
…
ザザァァァ――バッシャーーン――
私は物心ついた頃から、この町のあのお寺に住んでいる。どこで産まれたか、どこで育ったか、母親の顔も知らない。ただ自分が呼ばれてた本当の名前だけはなぜか覚えてる……。
「おや?お寺さんとこの猫ちゃんやないか。おいでおいで」
「にゃ?」
防波堤でよく見かける釣りをしているおっちゃん。時々、魚をくれる。今日は……まずまず釣れてるみたいで、ご機嫌な様にゃ。
「おっ!また掛かったわ!こいつは大きいでっ!」
竿がしなり、おっちゃんは必死にリールを巻いている。ふふ……この調子だとまたお魚くれるかにゃ。
「よし!釣れたで!40センチのチヌや!写真写真――」
「にゃぁぁぁ……」
楽しそうに魚の写真を撮るこのおっちゃんは、いつもの大阪ナンバーの車、いつもの派手な服装でやってくるにゃ。
「猫ちゃんと魚か!ええな!絵になるわっ!あとでSNSでアップしたろ」
「んにゃぁぁ――」
「よしよし、ええで。これで予約投稿押して……と。そういえば――」
「にゃ?」
「あんな、猫ちゃん知っとるか?この港な、15年くらい前やったかな。ここでわしが釣りをしよる時に身投げをした人がおってなぁ……あん時は携帯電話を持ってなくて公衆電話まで走ったんやで……懐かしいわ」
ふいに口にしたおっちゃんの言葉に胸がざわついた。何だろうか?朝食べたお魚があたったのだろうか?少し気分が悪い。お寺に帰って少し休む事にした。
「ん?帰るんか!猫ちゃん!また来いや!」
おっちゃんのこの何気ない写真が、後に予期せぬ事になろうとは今は夢にも思っていなかった。
お寺への帰り際、参道に白い花が揺れていた。その中の黄色い色の花が目に入る……。
「綺麗だにゃぁ……」
不意に出た人間の言葉に戸惑った。
「にゃ、にゃんにゃぁ?」
――気のせいだった。今日は何だか調子がおかしい。こんな日は早く休むに限る。
ふらふらとお寺までの参道を歩いて行くと親子と思われる母親と娘がいた。
「お母さん、このお花は何て言うお花なん?」
「あぁ、そう言えばいつもお盆に来る時はまだ咲いて無いわ。これは彼岸花て言うんよ」
「彼岸花?」
「そう、彼岸花。花言葉は……何やったかな。覚えてないわ」
「ふぅん……」
へぇ……あの花は彼岸花て言うのにゃ。私は黄色い色のが好きにゃ。
「にゃぁぁ……」
「あら、猫ちゃん!かわいい!よしよし……」
「ぐるぐるでるでるる……」
「茜!行くわよ!」
「はぁい!またね!猫ちゃん!」
親子はお寺の方へと歩いて行く。その後ろ姿に妙な懐かしさを感じると同時にだんだんとまぶたが閉じていく。深い深い眠気に襲われ、いよいよ立っていられなくなった。
『亜弥お姉ちゃ――』
………
……
…
――いつの間にか寝てしまっていたようだ。気が付くと陽の光に包まれた暖かい場所にいる。
『猫は20年経つと、人の言葉がわかるようになったり、人の姿になったりできるそうだ』
ふと、住職さんが言っていた言葉が頭をよぎる。そして体が筋肉痛になった様に痛む。
どのくらい眠っていたのだろう。重い頭を持ち上げると、どこかの古い家の中にいた。
「にゃ……?」
その古い建物には見覚えがなく、所々穴の空いた壁から光が差し込み、一本の柱の所々にある線の様な跡を照らしている。
「にゃぁぁ……」
「にゃ……?」
部屋の隅に気配を感じ、じっと見つめると薄暗い陰に二つの目が光っている。一瞬、緊張が走る。
「……安心しなさい。私はこの家に住むただの老猫……。あなたが参道で倒れている所に偶然通りかかり、連れてきただけです……」
「そうだったのですかにゃ……ありがとうございますにゃ。ところでここはどこですかにゃ?」
「お礼など不要です。ここは昔、私が住んでいた家です。今では空き家になっていますが……」
「そうなんですにゃ。そう言えばまだお名前を――」
「あぁ、すみません。気が付いたのなら今日の所はお引き取り願えませんか……長らく待ちわびた人が来た様なのです」
「あっ!は、はいにゃ!また改めてお礼をさせて下さいにゃ。それでは失礼しますにゃ!」
「せかしてごめんなさいね……」
そう言うと、私は目の前にあった出窓に飛び乗る。窓は割れていて、ここから外に出られそうだ。
「誰かいるの……?」
背後で声が聞こえた。振り返ると人間の女性が立っている。この女性が老猫が待っていた人なのだろうか。
「にゃぁ……」
「ひっ!?何だ……猫さんか……。びっくりしたぁ……」
「にゃん?」
びっくりした表情の女性を尻目に外へと飛び出ると、辺りはいつの間にか夕暮れに染まっている。
外に出てから、ここがどこなのかようやく気が付いた。この空き家はお寺から防波堤に行く途中に建っている廃墟だ。いつも前を通っているのにまったく気が付かなかったなんて……。
今度、魚をもらったら持って行ってあげよう、そう思いながらお寺へと帰宅した。
――その日の夜。
縁側で横になっていると住職さんが電話をかけている声が聞こえてくる。
「――わかっております、お義母さん。はい……はい、ではまた後日……」
住職さんは電話を終えるとひどく疲れた顔をしていた。
「はぁ、疲れた」
話の内容からすると……なるほど。住職さんは立花のおばあさんに毎月お金を払っているのか?人というのは面倒くさいにゃぁ。
ぼんやりと外を見つめる住職さんがぽつりとつぶやく。
「……そうだ、思い出した。朱の彼岸花は深いおもいやりともうひとつ意味があったんだ。確か……」
「にゃっ!?」
それは突然の出来事だった!
急に体中に激痛が走り頭痛がする!心臓が張り裂けそうなくらい大きく鳴り、呼吸が苦しくなる!
気を失いそうな痛みに襲われると同時に体が黄色い光を放つ!
「ぎゃっちゃみぃぃぃあぁぁぁぁ!!」
「え!おい!にゃん太!大丈夫か!にゃん太!」
急にもがき苦しみ出した私に住職さんは手を差し伸べるが、手をはねのけ私は縁側から外へと転がり落ちる。
地面の冷たい感触が足の裏に伝わり、つま先からゆっくりと痛みが引いていくのがわかる。
「はぁはぁはぁ……痛いにゃ……にゃんにゃのにゃ……」
私は地面に手を着き、ゆっくりと立ち上がる。足、腰、お腹、胸、腕、そして最後に頭から痛みが引いていった。
「もう!痛かったのにゃ!にゃんにゃのにゃ!」
「にゃん太……!?お前……!!」
「私はニャン太ではないにゃ!前々から言おうと思っていたんにゃ!私はおなごにゃ!にゃん太と呼ばにゃいで!そもそも私の名前は美紗……にゃ――え?」
月明かりの下でお互いが目を合わせ硬直する。
……なぜか目線が同じ高さにあるのだ。いつも私が住職さんを見上げる姿勢で話をする。しかし今はその距離がやけに近い。
「何これ……!?まさか人間の姿になって……」
「ま、まさか美紗さんなのか……?嘘みたいだ……にゃん太が美紗さんだったなんて……」
「吾郎さんにゃ……」
「ふふ、語尾は猫のままなんですね」
「にゃんだって?あれ?ふふ……」
「美紗さん、私はあなたに謝らないといけな――」
「いいえ、秋音を……いえ、今は茜を末永く見守ってやってください。私の忘れ形見でもあり、亜弥姉さんの子供……そうそう、お母さんには口止め料をやめるよう言っておきます。もう十分です。あっ……もう時間が無いみたいです……またいつかにゃ……」
「美紗さんっ!!」
月が雲に隠れ、外はまた暗闇に包まれる。一瞬の出来事だった。住職さんが私に触れる前に、体から発していた光がだんだんと小さくなっていく。そして目線もいつもの高さへと低くなっていった。
「……にゃぁ?」
「美紗……さん」
住職さんは猫の姿に戻った私を抱きしめた。
「ありがとうありがとう!また必ずお会いしましょう!……うぅ……」
「にゃぁぁぁ……!」
しばらく涙を流し、住職さんは気が済むまで私を抱いていた……。
あれは夢だったのか?しかしお互いが私を人間だと認識し会話をした。不思議な事があるものだ。
あれ……私、服を着ていなかった様な……?まぁ、細かい事はいいか。自分の口でちゃんと伝えれたのだから……。
その後、私も住職さんも疲れ果て眠る。いつもは縁側の下で寝るのだが、今日はそのまま住職さんの布団の上で眠っていた。
「温かいにゃ……」
――2011年9月23日、お彼岸。
私は猫でにゃぬ。名前は――
「にゃん太!にゃん太!あれ?どこ行ったかいな」
「にゃぁ!」
「おっ、ここにおったんか。さ、ご飯だよ。青井さんにお魚もらったけん、おすそわけ」
「にゃ?」
法名、寺井早慶――このお寺の住職さんにゃ。本名は寺井吾郎。皆は、住職さん住職さんと呼ぶにゃ。
「あれ?……立花さん、おはようございます」
「あぁ……住職さん、おはようごぜます」
「お彼岸のお墓参りですかいね?午後から来られるって聞いちょったけん、てっきり……」
「えぇ、昼からは娘がお参りに来るもんで……先にお墓掃除をしちょこうと思いましてね」
「それはそれは……終わったらお茶でも飲んで行ってください――」
「にゃぁぁ……ぐるぐるでるる……」
私がこのお寺にお世話になる様になって、もう15年が経つ。住職さんに世話をしてもらってなければ、今頃はもう生きてはいにゃい。
『猫は20年経つと人の言葉がわかるようになったり、人の姿になったりできる』と住職さんが言っていた。
化け猫――妖とでも言うのだろうか?
私は15年程で人間の言葉がわかる様になったにゃ……。
ふふ、にゃんてどうかしてる。海岸にでも行ってお昼寝でもするかにゃ。
………
……
…
ザザァァァ――バッシャーーン――
私は物心ついた頃から、この町のあのお寺に住んでいる。どこで産まれたか、どこで育ったか、母親の顔も知らない。ただ自分が呼ばれてた本当の名前だけはなぜか覚えてる……。
「おや?お寺さんとこの猫ちゃんやないか。おいでおいで」
「にゃ?」
防波堤でよく見かける釣りをしているおっちゃん。時々、魚をくれる。今日は……まずまず釣れてるみたいで、ご機嫌な様にゃ。
「おっ!また掛かったわ!こいつは大きいでっ!」
竿がしなり、おっちゃんは必死にリールを巻いている。ふふ……この調子だとまたお魚くれるかにゃ。
「よし!釣れたで!40センチのチヌや!写真写真――」
「にゃぁぁぁ……」
楽しそうに魚の写真を撮るこのおっちゃんは、いつもの大阪ナンバーの車、いつもの派手な服装でやってくるにゃ。
「猫ちゃんと魚か!ええな!絵になるわっ!あとでSNSでアップしたろ」
「んにゃぁぁ――」
「よしよし、ええで。これで予約投稿押して……と。そういえば――」
「にゃ?」
「あんな、猫ちゃん知っとるか?この港な、15年くらい前やったかな。ここでわしが釣りをしよる時に身投げをした人がおってなぁ……あん時は携帯電話を持ってなくて公衆電話まで走ったんやで……懐かしいわ」
ふいに口にしたおっちゃんの言葉に胸がざわついた。何だろうか?朝食べたお魚があたったのだろうか?少し気分が悪い。お寺に帰って少し休む事にした。
「ん?帰るんか!猫ちゃん!また来いや!」
おっちゃんのこの何気ない写真が、後に予期せぬ事になろうとは今は夢にも思っていなかった。
お寺への帰り際、参道に白い花が揺れていた。その中の黄色い色の花が目に入る……。
「綺麗だにゃぁ……」
不意に出た人間の言葉に戸惑った。
「にゃ、にゃんにゃぁ?」
――気のせいだった。今日は何だか調子がおかしい。こんな日は早く休むに限る。
ふらふらとお寺までの参道を歩いて行くと親子と思われる母親と娘がいた。
「お母さん、このお花は何て言うお花なん?」
「あぁ、そう言えばいつもお盆に来る時はまだ咲いて無いわ。これは彼岸花て言うんよ」
「彼岸花?」
「そう、彼岸花。花言葉は……何やったかな。覚えてないわ」
「ふぅん……」
へぇ……あの花は彼岸花て言うのにゃ。私は黄色い色のが好きにゃ。
「にゃぁぁ……」
「あら、猫ちゃん!かわいい!よしよし……」
「ぐるぐるでるでるる……」
「茜!行くわよ!」
「はぁい!またね!猫ちゃん!」
親子はお寺の方へと歩いて行く。その後ろ姿に妙な懐かしさを感じると同時にだんだんとまぶたが閉じていく。深い深い眠気に襲われ、いよいよ立っていられなくなった。
『亜弥お姉ちゃ――』
………
……
…
――いつの間にか寝てしまっていたようだ。気が付くと陽の光に包まれた暖かい場所にいる。
『猫は20年経つと、人の言葉がわかるようになったり、人の姿になったりできるそうだ』
ふと、住職さんが言っていた言葉が頭をよぎる。そして体が筋肉痛になった様に痛む。
どのくらい眠っていたのだろう。重い頭を持ち上げると、どこかの古い家の中にいた。
「にゃ……?」
その古い建物には見覚えがなく、所々穴の空いた壁から光が差し込み、一本の柱の所々にある線の様な跡を照らしている。
「にゃぁぁ……」
「にゃ……?」
部屋の隅に気配を感じ、じっと見つめると薄暗い陰に二つの目が光っている。一瞬、緊張が走る。
「……安心しなさい。私はこの家に住むただの老猫……。あなたが参道で倒れている所に偶然通りかかり、連れてきただけです……」
「そうだったのですかにゃ……ありがとうございますにゃ。ところでここはどこですかにゃ?」
「お礼など不要です。ここは昔、私が住んでいた家です。今では空き家になっていますが……」
「そうなんですにゃ。そう言えばまだお名前を――」
「あぁ、すみません。気が付いたのなら今日の所はお引き取り願えませんか……長らく待ちわびた人が来た様なのです」
「あっ!は、はいにゃ!また改めてお礼をさせて下さいにゃ。それでは失礼しますにゃ!」
「せかしてごめんなさいね……」
そう言うと、私は目の前にあった出窓に飛び乗る。窓は割れていて、ここから外に出られそうだ。
「誰かいるの……?」
背後で声が聞こえた。振り返ると人間の女性が立っている。この女性が老猫が待っていた人なのだろうか。
「にゃぁ……」
「ひっ!?何だ……猫さんか……。びっくりしたぁ……」
「にゃん?」
びっくりした表情の女性を尻目に外へと飛び出ると、辺りはいつの間にか夕暮れに染まっている。
外に出てから、ここがどこなのかようやく気が付いた。この空き家はお寺から防波堤に行く途中に建っている廃墟だ。いつも前を通っているのにまったく気が付かなかったなんて……。
今度、魚をもらったら持って行ってあげよう、そう思いながらお寺へと帰宅した。
――その日の夜。
縁側で横になっていると住職さんが電話をかけている声が聞こえてくる。
「――わかっております、お義母さん。はい……はい、ではまた後日……」
住職さんは電話を終えるとひどく疲れた顔をしていた。
「はぁ、疲れた」
話の内容からすると……なるほど。住職さんは立花のおばあさんに毎月お金を払っているのか?人というのは面倒くさいにゃぁ。
ぼんやりと外を見つめる住職さんがぽつりとつぶやく。
「……そうだ、思い出した。朱の彼岸花は深いおもいやりともうひとつ意味があったんだ。確か……」
「にゃっ!?」
それは突然の出来事だった!
急に体中に激痛が走り頭痛がする!心臓が張り裂けそうなくらい大きく鳴り、呼吸が苦しくなる!
気を失いそうな痛みに襲われると同時に体が黄色い光を放つ!
「ぎゃっちゃみぃぃぃあぁぁぁぁ!!」
「え!おい!にゃん太!大丈夫か!にゃん太!」
急にもがき苦しみ出した私に住職さんは手を差し伸べるが、手をはねのけ私は縁側から外へと転がり落ちる。
地面の冷たい感触が足の裏に伝わり、つま先からゆっくりと痛みが引いていくのがわかる。
「はぁはぁはぁ……痛いにゃ……にゃんにゃのにゃ……」
私は地面に手を着き、ゆっくりと立ち上がる。足、腰、お腹、胸、腕、そして最後に頭から痛みが引いていった。
「もう!痛かったのにゃ!にゃんにゃのにゃ!」
「にゃん太……!?お前……!!」
「私はニャン太ではないにゃ!前々から言おうと思っていたんにゃ!私はおなごにゃ!にゃん太と呼ばにゃいで!そもそも私の名前は美紗……にゃ――え?」
月明かりの下でお互いが目を合わせ硬直する。
……なぜか目線が同じ高さにあるのだ。いつも私が住職さんを見上げる姿勢で話をする。しかし今はその距離がやけに近い。
「何これ……!?まさか人間の姿になって……」
「ま、まさか美紗さんなのか……?嘘みたいだ……にゃん太が美紗さんだったなんて……」
「吾郎さんにゃ……」
「ふふ、語尾は猫のままなんですね」
「にゃんだって?あれ?ふふ……」
「美紗さん、私はあなたに謝らないといけな――」
「いいえ、秋音を……いえ、今は茜を末永く見守ってやってください。私の忘れ形見でもあり、亜弥姉さんの子供……そうそう、お母さんには口止め料をやめるよう言っておきます。もう十分です。あっ……もう時間が無いみたいです……またいつかにゃ……」
「美紗さんっ!!」
月が雲に隠れ、外はまた暗闇に包まれる。一瞬の出来事だった。住職さんが私に触れる前に、体から発していた光がだんだんと小さくなっていく。そして目線もいつもの高さへと低くなっていった。
「……にゃぁ?」
「美紗……さん」
住職さんは猫の姿に戻った私を抱きしめた。
「ありがとうありがとう!また必ずお会いしましょう!……うぅ……」
「にゃぁぁぁ……!」
しばらく涙を流し、住職さんは気が済むまで私を抱いていた……。
あれは夢だったのか?しかしお互いが私を人間だと認識し会話をした。不思議な事があるものだ。
あれ……私、服を着ていなかった様な……?まぁ、細かい事はいいか。自分の口でちゃんと伝えれたのだから……。
その後、私も住職さんも疲れ果て眠る。いつもは縁側の下で寝るのだが、今日はそのまま住職さんの布団の上で眠っていた。
「温かいにゃ……」