ぼくの体は横たわり、ガタガタと足場の悪い道のりを滑っていくような感覚で、ひどく気分が悪い。
「自動車衝突事故、フィリップス・カーヴァー、十一歳」
 近くでは聞き覚えのない人たちの声がざわついて、聞き慣れない言葉を並べていた。
「頭部裂傷、左肩脱臼で意識混濁!」
 学校でも習ったことのないような言葉が飛び出すと、また別の人が呪文のような言葉をまくし立てる。

「頭部CTに左肩の写真、モルヒネを点滴に血液検査。念のためにO(-)を持ってきてくれ!」

 誰かがぼくを呼ぶ声に応えようとした瞬間に、ぼくは瞬間移動でもしてしまったのか。横たわった視線の先には大きなライトがひとつ。ひどく狭い部屋に押し込められ、低い天井には薄暗い蛍光灯が幾つも並んでいる。
 明らかにここはぼくがいた駅とは違う場所。目まぐるしく色々なことが起きすぎて、どうやらぼくは疲れ果ててしまったようだ。

「心拍160、血圧も80に下がったわ!」

 ぼんやり聞こえてくる誰かの話し声が、まるで子守唄みたいに気持ちよく感じる。

「どこかで出血してるのか? チェストチューブを用意してくれ……」

 ぼくの体は石のように重たくてピクリとも動かせないけど、不思議と嫌な気分じゃなかった。

「待って! モニターにはP波は見えないわ!」
 わからないだらけの言葉の羅列と、なにかの電子音だけが耳のなかを渦巻いているようだった。まるで、あのカフェで聴いた梟の唄とウィンドチャイムの音色のように……。

   銀貨を渡せ 闇に光る梟
   銀貨を渡せ 闇に光る梟

   ひとつなにか新しいものを

   旅人が旅先で惨めな思いをせぬよう

   ひとつなにか古いものを

   旅人が旅先で自分の匂いを忘れぬよう

   ひとつなにか青いものを

   旅人が旅先で心落ち着けるよう

   ひとつなにか借りたものを

   旅人が旅先で故郷を忘れてしまわぬよう

   銀貨を渡せ 闇を進む梟

   銀貨を渡せ 闇を進む梟

 ぼくの目の前のライトから金色に輝きを放つ梟が翼を広げて現れると、梟はぼくの眉間を突き抜けていった。

「フィリー……」

 …………聞き覚えのある暖かい声。

「フィリー……」

 ……優しくて、頼りになるぼくの大親友の声。

「フィリー? お前のノートがダストボックスに捨てられていたよ……」
 ぼくの大好きなパパの声だ。
「入ってもいいかい?」
 そうして静かにドアを開けて、パパはぼくの部屋へと入ってくる。
「フィリー? どうした? 具合でも悪いのかい?」
 ベッドの上で俯せてるぼくの足元にパパは腰を降ろして言った。なにも言わないぼくに、パパは黙ったままイラスト練習用のノートをパラパラとめくっている。
 これはいつの思い出だろう? たしかこの日のぼくは、アーチャーに初めてノートを見せて、『珍獣動物園』だと笑われて完全に自信とやる気を失ってしまっていたんだ。
「ぼくにはパパのような絵を描く才能なんてやっぱりないんだ……アーチャーにも言われたよ……珍獣動物園だって……」
 俯せたままぼくはベッドに顔を埋めてパパに言った。そんなぼくに、パパは吹き出して笑ったんだ。
「アハハ……珍獣動物園か! アーチャーはなかなか面白いことを言うね!」
 てっきりぼくを慰めてくれるとばかり思っていたパパに、まさかアーチャーの言葉を擁護するような言い方をされて裏切られた気になったぼくは怒った口調で言った。
「ぼくだって一生懸命描いたし、努力だってしたんだ!! でも才能がないんだから仕方ないじゃないか!」
 ものすごく悔しかったんだ。アーチャーに言われたとき、本当は心が張り裂けそうなくらい、ものすごく悔しかったんだ。パパはぼくの怒りを無視するようにノートをめくっては閉じた。
「フィリー。一生懸命やることはとても良いことだよ。努力だってもちろんさ。でもね、そのふたつとも一生続けていかなければならないんだよ。どんなに世界的に認められても、一生懸命さと努力だけは一生続けていかなければならないんだ」
 ふて腐れたままのぼくは、ベッドに顔を埋めてパパの言葉に耳を傾けている。聞いていないふりをしながら。
「わかるかい? もしお前の心臓が疲れたからといって、途中で動くのを止めてしまえばお前はどうなってしまう? つまりね、才能のある人間っていうのは、諦めずにコツコツと一生懸命努力し続ける人のことを言うんだ」
 パパはぼくの体を優しく摩りながら話を続けた。
「それにね、イラストって分野の先輩であるパパから言わせれば、絵が上手いか下手かなんてどうだっていいことだよ!」
 ひと言だけぼくは訊いた。
「どういうこと?」
 餌に食いついた魚を釣り上げるように満足げな声が響く。
「モデルを見たままのとおりに表現したいなら、イラストにしなくても写真を撮ればいい。イラストレーターに必要なのは、その描き手にしか描けない独創性と表現方法だよ! 丸いものを見て、丸を描くだけなら、みんなできることだからね」 
 パパは立ち上がると、ぼくが捨てたノートを机の上に置いた。
「四角を描いちゃいけないなんて誰が決めた? パパから言わせれば、お前のイラストはとても独創的だ! 誰も真似なんてできやしない」
 表紙に置くように添えた手を浮かせると、パパは手をパンパンと小気味好く鳴らす。
「さぁ! 起き上がるんだフィリー! お前の才能が認められるのは、お前が生きてる間じゃないかもしれない。でも認めさせたいなら、歯を食いしばって立ち上がるしかないんだ」
 そう笑いながら、叩いた手と叩いた気持ちで、優しく強くぼくを励ましてくれる。
「認めさせたいんだろう? なら起き上がらなきゃ! パパとの約束を果たすためにも、起き上がらなきゃ!」
 ――パパとの思い出がぼくを奮い起たせる……。

「チェストチューブは待って! 除細動器を寄こして! きっと大雨に打たれて体が冷えて、不整脈を起こしてるんだわ!」
 頭上には激しい大雨が降り注いでいる。冷たく打ち付ける真っ黒な雨雲のなかからは、うごめく雷鳴の矢がぼくに狙いを定めて弓を引くんだ。

「下がって!!」
 目が眩みそうな稲光とともに、ぼくの心臓に稲妻の矢が突き刺さる。どこかでウィンドチャイムの音色が聴こえる。
「洞調律。心拍82で血圧は110と74」
 ぼくの体は心地好い音色に包まれていった……。

     †‡†

 …………それからどれくらい時間が経ったのか? 目を覚ますと横たわるベッドの脇でアイリーンがぼくの手を握りながら眠っていた。体を起こすと頭がズキズキして左肩も痛い。
「アイリーン? 起きて! アイリーン?」
 声をかけるとアイリーンはすぐさま飛び起きて、弟の顔を見るなり真っ赤な目でぼくを抱きしめた。
「フィリー!! よかった! フィリーまで目を覚まさなかったら私……」
 しがみつくようにぼくを抱いたアイリーンの身体が、まるで氷のように冷たく感じた。ひどく怯えて小刻みに震えている。ぎこちない体でそんなお姉ちゃんの背中にそっと腕を回すと、病室のドアが開いて、白衣を着た背の高い女の先生が入ってきた。
「目を覚ましたのね、フィリップス君。ここはフィラデルフィアの病院で、私はドクター・ケーシーよ。どうして君がここへ運ばれてきたのか覚えてるかしら?」
 先生は腕時計を確認しながらぼくの手をとると、胸ポケットからペンライトを取り出してぼくの目を覗き込みながらそう訊いた。アイリーンが先生に場所を譲って横に立つ。
「……病院? ぼくが覚えてること?」
 まだ意識が朦朧としている。ぼくは必死に記憶の糸を手繰り寄せようとするけれど、ぼんやりとして上手く思い出せない。先生の隣で、アイリーンは震えを堪えるように自分の体に両腕を回していた。
 ぼくが覚えてること……大雨と雷、それからパパの運転する車に乗ったお姉ちゃんとぼく……そうだ! 危篤のおじいちゃんに会いに、ぼくたちはアムトラックの駅に行って……そこで……目を覚ますとアイリーンとパパがいなくて……あれ? パパはいたのかな? アイリーンはココアを飲みに行ったんだったっけ? ぼくは膝に頭をねじ込んでいて…………。
 ――なんだろう、ひどく頭が痛い。
 言葉が出てこないぼくに先生は優しく言った。
「大丈夫よ、事故のショックで一時的に記憶を失っているだけよ」
 今にも泣き崩れそうなアイリーンが先生の横に立っている。
「あなたたちが乗った車に別の車が衝突したの……」
「ぼくたちの乗った車が事故に遭ったの!?」
 先生とぼくとのやりとりに、とうとうアイリーンは泣きながら病室を飛び出すと走り去ってしまった。ぼくの頭は徐々にはっきりとして来るけど、事故の記憶はすっぽり抜け落ちてしまっている。
「それでね……」
 先生は悲しそうに表情を滲ませると、打ち明けづらそうに口を開いた。でもぼくは、もうそれ以上先生が喋らなくても言いたいことはすべてわかってるつもりだ。空洞の記憶のなかでもわかることが。
「パパは……助からなかったんだね……」
 先生が話すよりも先に言葉を飛び出させると、先生は目を丸くして言葉を詰まらせると小さく頷いた。事故のショックで記憶が曖昧になっている少年が父親の死に関してだけ鋭く察知している。先生にしてみれば不可解なことかもしれない。その目が驚きと心配の色を宿している。「フィリップス……」そういって、ぼくの腕に手を添えて悲しそうにまっすぐ見つめる。
 でもぼくには確信があった。もちろんあの不思議な場所での体験を、とても先生に話すつもりになんてなれなかったし、話したところで絶対に信じてもらえない。でも、もしあそこで起こったことが真実なら、お別れを伝えに来てくれたパパだっておじいちゃんだって、もうこの世にはいないってことになる。それに、こうして先生がパパが死んだってことを告知するってことは、やっぱりあれはぼくの夢なんかじゃなくて現実のことだったんだ。
「病院に運ばれてきたときにはすでに亡くなっていて、もう手の施しようがなかったの。傷の具合から見ても、きっとあなたのお父さんは痛みを感じる間もなく、一瞬で亡くなられたと思うわ……」
 そういって先生は悔しそうにぼくの手を握りしめた。
 先生が告知するよりも早くぼくはわかってたつもりだった。それなのに、ぼくの頬にはあとからあとから涙がこぼれ落ちるんだ。わかってたはずなのに、パパの死の現実に、ぼくの胸はズタズタに切り裂かれたように痛いんだ。わかってたはずなのに……。
 どうしてこんなに痛いんだろう。
「つらいわね……。本当に残念よ……」先生はぼくを抱きしめて声を震わせる。「お姉さんに連絡をしてもらって、今、あなたたちのお母さんがここに向かっているわ。フィリップス、私たちになにかしてほしいことはあるかしら? なんでも言ってくれてかまわないのよ」
 手に持っていたカルテを横に置いて、先生はアイリーンがさっきまで座っていた丸イスに腰を降ろしてベッドに引き寄せると話し始めた。躊躇いがちにぼくの頬に手を伸ばし、そっと拭うとなにかを思い出すように悲しい目をする。
「フィリー、って呼んでもいいかしら……私もね、あなたのお姉さんくらいの歳のころにお父さんを事故で亡くしたの……」
 廊下では、時折あわただしい滑車の音が響いている。それを背にして俯きながら落ち着かない様子で口を開く先生の顔が、ぼくには涙でぼやけてはっきりと見えないままだった。
「私のように、事故で親を亡くす子たちを減らしたいって一心で救急ドクターになったけれど、全然駄目ね……」
 そういって手を握る先生の目は兎のように赤く染まって見えた。
「どうして駄目なの?」
 先生の手を握り返してぼくは訊いた。照れ隠しで不器用に笑った先生は、ひと言、ぼくに「ごめんなさい」って謝ると自分も涙を拭った。「だってね、いまだに救える命よりも、救えない命の方が遥かに多いのよ。私には才能がないのね」
 ぼくと同じようにパパを亡くした先生の気持ちが、今のぼくには痛いくらいによくわかる。そして、先生の悔しさも伝わってくるんだ。
「パパがね、才能のある人間ってのは、死ぬまで一生懸命、努力し続けられる人のことを言うんだって。だから先生にはきっとお医者さんの才能があるってぼくは思うよ」
 先生は固まると、身動きひとつせずにぼくを見つめた。
「先生はお父さんの夢を見る? 思い出のお父さんは笑ってくれる?」
 途端に、先生の目から大粒の涙が溢れ出していた。言葉を詰まらせるようにして口を手で覆った先生は、「えぇ、えぇ」と小刻みに何度も頷く。
「きっと先生のお父さんは、今の先生のことをものすごく誇りに思ってると思うよ」
 流れる涙を拭いもせず、先生はきつく瞼を閉じたまま何度も何度も頷き続けた。そしてグシャグシャの顔のままぼくに笑って言ったんだ。
「ありがとう……ごめんね、フィリー、本当は私があなたを慰めなければならない立場なのに……」
 そう泣きながら笑う先生を見ていたら、なんだかぼくの心もほんの少し軽くなった気がした。
『起きてしまったことは変えられないんだ……』
 あのカフェで、悔しそうに話したパパの言葉を思い出す。きっとあのときのパパは、ぼくと同じくらい……ううん、それ以上に悔しくて悲しくて、やるせない気持ちだったんだ。それでも精一杯の笑顔のつもりで、泣きながらぼくを抱きしめてくれた。
 ――そんなパパに、今のぼくたちになにができるんだろう?
 不意に頭のなかにあの心地好い音色が、残り香のように響いた。そして金色に輝く梟のあの唄――。
「先生! ぼく、やらなくちゃならないことがあるんだ! ぼくの制服と鞄はどこ? パパにはどこに行けば会える?」
 体を起こして床に足を降ろすと先生は驚きながらも答えてくれた。
「えぇ……。あなたの荷物や着替えはベッドの下にあるわ……」
 ベッドの下を覗き込むと、バスケットにびしょ濡れのまま半乾いた制服とパパのお父さんのコート、そして鞄が置かれていた。ぼくは制服のポケットから6ペンスコインを取り出すと、鞄からエミリーに借りたフラミンゴの写真、そしてパパに贈るつもりだった新しいエプロンを出す。手のなかのコインを握りしめると、ついさっきまでパパといた温かさを思い出して目の奥が熱くなる。
 ぼくはコインをガウンのポケットに入れると先生に言った。
「ぼくをパパのところに連れていって」
「あなたのパパは、今は縫合室にいるわ。そこで体を綺麗にしてるところよ」先生はそう言うと、廊下から折りたたみの車椅子を持ち出してきてくれた。
「さぁ、乗って。案内するわ」

     †‡†

 ペイシェントガウン(患者衣)の上から先生が渡してくれた薄手のローブを羽織り、車椅子に乗ってゆっくりと廊下を進み出す。長い廊下を進んだ左手にはナースステーションがあり、その前を通り過ぎると何人かのナースと目が合った。みんな、ぼくの状況をよくわかってるんだろう、声にはしなかったけど口の動きでわかった。『頑張れ!!』みんながそう言っていた。合わせた目を逸らさずまっすぐ見るみんなに、ぼくはゆっくりと、だけど力強く応えて頷いた。
 ナースステーションを越えた先に待合室が見える。そこにアイリーンが憔悴しきって、ひとりで座り込んでいた。
「先生……」
 後ろで車椅子を押してくれている先生を見上げると、先生は頷いてぼくをアイリーンの前まで運んでくれた。完全にぐったりとして呼びかけても瞬きもせず、壁に寄り掛かったままただ床を見つめ続けるお姉ちゃんに、ぼくがもう一度呼びかけるとようやく口を開いて掠れた声を出した。「フィリー……ママがね……」そして、顔を強張らせて大粒の涙を流し始める。
 ぼくはそんなアイリーンの頬に手を添えて言った。
「うん……大丈夫だよ、パパもおじいちゃんも二人一緒だったから、きっと寂しくないよ」
「フィリー!?」
 アイリーンはひどく驚いたように顔を上げてぼくを見つめた。真っ赤な目を丸くして小さく震えるお姉ちゃんの涙を拭ってぼくは言う。
「二人がぼくに会いに来てくれたんだ。みんなによろしく言っといてくれって」
 アイリーンの目から次々と涙が溢れた。いつもなら、きっとこんなぼくの話なんて絶対に信じない。でも今は、何度も頷きを繰り返す――ぼくの話を完全に信じてるみたいに。
「わ……私も! 夢かもしれないけど……パパとおじいちゃんが会いに来てくれた夢を見たの!」
 アイリーンが、涙と一緒に抱えた想いを飛び散らせながら声を枯らす。
「知らない駅のカフェで、ウィンドチャイムの音色と、金色の梟が唄うなか、パパとおじいちゃんが突然現れて、『みんなによろしく』って!!」
 ぼくは思わずポケットのコインを見つめた。
「それは夢じゃないよ! アイリーン、パパのところへ行こう! パパたちが無事に旅先にたどり着けるように」
 ぼくがガウンのポケットから6ペンスコインを取り出して見せると、アイリーンはコインを持つぼくの手を握りしめて泣きながら頷いた。

     †‡†

 待合室の角を曲がり廊下伝いに歩いていくと、幾つもある部屋のひとつの明かりが消えている。ドアプレートに『縫合1号室』と書かれた部屋の前で先生は車椅子をとめた。
「この部屋には誰も立ち入らせないようにするから、気がすむまでパパと過ごすといいわ。あなたたちのお母さんが来たら、ここへ案内するから」
 まだ少し目の赤い先生は、ぼくたち姉弟の肩を優しく摩ってくれた。
「ありがとう、先生。もうひとつお願いしてもいい?」
 ぼくが訊くと先生は笑って頷く。
「コーヒーを買ってきてもらいたいんだ。熱々のコーヒーを……。それに、ミルクを1にダイエットシュガーをたっぷり入れてほしいの。パパの大好きなコーヒーなんだ」
「すぐに持ってくるわ」
 そういって先生はその場をあとにした。

 縫合室のなかは狭くてとても薄暗かった。
 薬品の置いてある大きな棚が壁に置かれ、部屋の真ん中には処置台の上にビニールを被せられたまま横たわるパパの姿があった。処置台に備えられた小さなランプの光に照らし出され、覆われたビニールを退かすと、まるで眠っているような穏やかな顔のパパがいる。
 ぼくもアイリーンも、そのあまりにも安らかに眠る綺麗なパパの顔をしばらく黙ったまま魅入っていたんだ。
「銀貨を渡せ……闇に光る……梟」
 アイリーンが、まだ覚えたての唄を口ずさむように唄う。
「銀貨を渡せ……闇に光る梟」
 ぼくもその唄に合わせるように続いた。

   ひとつなにか新しいものを
   旅人が旅先で惨めな思いをせぬよう
   ひとつなにか古いものを
   旅人が旅先で自分の匂いを忘れぬよう
   ひとつなにか青いものを
   旅人が旅先で心落ち着けるよう
   ひとつなにか借りものを
   旅人が旅先で故郷を忘れてしまわぬよう

 パパに贈るはずだったエプロンと、パパが着ていたおじいちゃんのコート、部屋の脇に置かれていたデニムエプロン、そしてエミリーから借りたフラミンゴの写真――ぼくたちは唄いながら、それらをパパの胸の上に置いていった。

「銀貨を渡せ 闇を進む梟
 銀貨を渡せ 闇を進む梟」

 最後に6ペンスコインをそれらの一番上に添えると、ぼくたちは唄い終えた。パパの顔に、ぼくたちの目から零れた涙が羽根のようにはらりと舞い落ちる。

 パパ! いつでもぼくたちのことを見ていてね! 
 ぼくたちが悪いことをしたなら、思い出のなかで叱ってほしい。
 ぼくたちが躓いたなら、思い出のなかで励ましてほしい。
 ぼくたちが迷ったなら、思い出のなかで諭してほしい。
 ぼくたちが良いことをしたなら、思い出のなかで褒めてほしい。

「愛してるよ、パパ。ずっと……ずっとだよ」
 ぼくはパパにキスをして、パパの手を握りしめた。
 ずっと……ずっとだよ。


















 ――ミルク1にダイエットシュガーをたっぷり!









《了》