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それから七年がすぎて。
「結婚してください!」
「ありがとうございます、お断りいたします!」
何百回目になるのか、もはや挨拶と化してしまったプロポーズは華麗に流された。孤児院の子供たちがいたずらっぽい顔でその様子を眺めている。
「やーい、またまたまたまた振られてやんのー!」
「こらー、からかうくらいならおまえらからも説得しろよー!」
ヨハンが子供たちを追いかけるふりをすると、子供たちはキャーキャーと悲鳴を上げて逃げ回る。ニーナはその様子を見て面白そうに笑う。
「ヨハン、すっかり悪役だねー」
「恥ずかしいから、そろそろ決着をつけないか、ニーナ」
「残念だけど、あたしはマザーを続けるつもりなので諦めてください!」
何年も求愛を続けていたヨハンだが、その粘りはいまだ成果を見せていない。ヨハン自身も首を縦に振ってくれるとは期待していないが、それで構わなかった。ニーナの中に眠る「アージェ」という存在を凌駕できるなどとは思っていないからだ。
それでもニーナと接点を持ち続けていたい。だから『アストラル魔法戦記』もニーナに貸したままとなっている。
「でもさ、家族がいないといずれ孤独になっちゃうんじゃないか」
そう尋ねるが、ニーナはふるふると首を横に振る。
「あたしはけっして孤独に置き去りにされたわけじゃない。だって、アージェの思い出をいっぱいに詰め込んだ心で明日を生きられるのだから」
目を伏せて肩にかけた鞄をそっと机の上に下ろす。
「ヨハンに見てほしいものがあるんだ。ようやっと形になってきたから。いい?」
しだいに厚みを増してゆく革製の大きな鞄。そこに何が入っているのか、いつも気になっていた。
「あたし、みんなが繋いだこの命で、みんなの紡いだ歴史を後世に伝えたいと思っているの」
そう言って取り出したのは紙芝居の束だった。ちらと見ると、今は失われたたくさんの魔法が紙面を彩っていた。不器用ながら味があり、印象深く心に残る絵だ。
題名は『不思議な魔法使いと宝石を秘めた少女の物語』。ヨハンはピンときた。
「ああ、あの本を原作にしたってことか!」
「そう! だからヨハンにはとっても感謝しているよ。あくまで友達としてだけどね!」
ニーナはヨハンに念押しをした後、よく通る声で孤児院の子供たちに呼びかける。
「みんな~! 今日から新しい物語がはじまるよ~!」
期待の表情でわらわらと集まる子供たち。邪魔者扱いされたヨハンはどんどん後退し、座り込んだ子供たちのうしろからその様子を眺めるしかなかった。ニーナはさっそく紙芝居を机上に立て、その裏からひょっこりと顔を覗かせる。
まるで冒険に旅立つかのような、希望に満ち溢れた表情で。
『むかしむかし、ある孤児院に、不思議な魔法の力を持つ、黒髪の青年が住んでおりました。今日も郵便配達の手伝いで、魔法博士の家を訪れます。するとそこで突然――』
子どもたちはその後の展開に目を丸くして驚きの声を上げた。その声は澄んだポンヌの空に広がってゆく。
ヨハンはひとり思う。「アージェ」はきっと、この平和の姿を雲の上から見守っているのだと。
希望の翼を携え、人生という雄大な大空を羽ばたく「メメル」に、心からの祝福を贈りながら。
【メメル~秘石をめぐる、不思議な魔法使いと妹少女の運命譚~[完]】
それから七年がすぎて。
「結婚してください!」
「ありがとうございます、お断りいたします!」
何百回目になるのか、もはや挨拶と化してしまったプロポーズは華麗に流された。孤児院の子供たちがいたずらっぽい顔でその様子を眺めている。
「やーい、またまたまたまた振られてやんのー!」
「こらー、からかうくらいならおまえらからも説得しろよー!」
ヨハンが子供たちを追いかけるふりをすると、子供たちはキャーキャーと悲鳴を上げて逃げ回る。ニーナはその様子を見て面白そうに笑う。
「ヨハン、すっかり悪役だねー」
「恥ずかしいから、そろそろ決着をつけないか、ニーナ」
「残念だけど、あたしはマザーを続けるつもりなので諦めてください!」
何年も求愛を続けていたヨハンだが、その粘りはいまだ成果を見せていない。ヨハン自身も首を縦に振ってくれるとは期待していないが、それで構わなかった。ニーナの中に眠る「アージェ」という存在を凌駕できるなどとは思っていないからだ。
それでもニーナと接点を持ち続けていたい。だから『アストラル魔法戦記』もニーナに貸したままとなっている。
「でもさ、家族がいないといずれ孤独になっちゃうんじゃないか」
そう尋ねるが、ニーナはふるふると首を横に振る。
「あたしはけっして孤独に置き去りにされたわけじゃない。だって、アージェの思い出をいっぱいに詰め込んだ心で明日を生きられるのだから」
目を伏せて肩にかけた鞄をそっと机の上に下ろす。
「ヨハンに見てほしいものがあるんだ。ようやっと形になってきたから。いい?」
しだいに厚みを増してゆく革製の大きな鞄。そこに何が入っているのか、いつも気になっていた。
「あたし、みんなが繋いだこの命で、みんなの紡いだ歴史を後世に伝えたいと思っているの」
そう言って取り出したのは紙芝居の束だった。ちらと見ると、今は失われたたくさんの魔法が紙面を彩っていた。不器用ながら味があり、印象深く心に残る絵だ。
題名は『不思議な魔法使いと宝石を秘めた少女の物語』。ヨハンはピンときた。
「ああ、あの本を原作にしたってことか!」
「そう! だからヨハンにはとっても感謝しているよ。あくまで友達としてだけどね!」
ニーナはヨハンに念押しをした後、よく通る声で孤児院の子供たちに呼びかける。
「みんな~! 今日から新しい物語がはじまるよ~!」
期待の表情でわらわらと集まる子供たち。邪魔者扱いされたヨハンはどんどん後退し、座り込んだ子供たちのうしろからその様子を眺めるしかなかった。ニーナはさっそく紙芝居を机上に立て、その裏からひょっこりと顔を覗かせる。
まるで冒険に旅立つかのような、希望に満ち溢れた表情で。
『むかしむかし、ある孤児院に、不思議な魔法の力を持つ、黒髪の青年が住んでおりました。今日も郵便配達の手伝いで、魔法博士の家を訪れます。するとそこで突然――』
子どもたちはその後の展開に目を丸くして驚きの声を上げた。その声は澄んだポンヌの空に広がってゆく。
ヨハンはひとり思う。「アージェ」はきっと、この平和の姿を雲の上から見守っているのだと。
希望の翼を携え、人生という雄大な大空を羽ばたく「メメル」に、心からの祝福を贈りながら。
【メメル~秘石をめぐる、不思議な魔法使いと妹少女の運命譚~[完]】