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「ニーナ、どこの高等部を志望するか決めた?」
ヨハンはニーナと同じ進路を狙っていたのでそれとなく尋ねる。
ふたりの学力は均衡していたが、以前はヨハンのほうが成績はずっとよかった。一緒に勉強するようになってニーナは一気に成績を伸ばしたが、それがヨハンのプレッシャーとなっている。教えていた自分のほうが置いていかれるわけにはいかないのだ。
「うーん、でもあたし、お金がかかるところは行けないもんなぁ」
ニーナは孤児院で暮らしている。じいちゃんとばあちゃんの出身であるポンヌ孤児院だ。だから財を成したじいちゃんは孤児院に寄付をしているが、そのことをヨハンはニーナには内緒にしている。
ヨハンはニーナに告白し、前向きな返事をもらえたら、思い切って親にお願いしようと画策している。ニーナに出資して希望の進路を選ばせてほしいと。さらには将来のお嫁さんにしたいのだと。今はまだ結婚なんて出来ないけれど、約束だけだったら自由だ。常識は魔法戦争の時代ほどうるさくないはず。
ヨハンはニーナとの未来を想像してニヤニヤが止まらない。けれど懸念材料がひとつ。
――じいちゃんだけには、将来の選択に口出しなんかしてほしくない。だって皆、じいちゃんの意見には逆らえないんだから。
役立たずの『英雄』の称号なんて、持っているだけ厄介だ。考えるだけで辟易し、顔の筋肉が脱力して重力に敗北する。
「ヨハン、顔が溶けたみたいになっているけど、どうしたの?」
いきなり正面から顔をのぞき込まれてびっくりする。
「えっ、あっ、いや……溶けちゃう魔法が勝手に発動しただけだよ」
「ひえっ、溶けちゃう魔法!? だめっ、ヨハンの顔戻ってきてー!」
ニーナはヨハンの頬をつまみ上げてあたふたとする。あどけない仕草がヨハンの心をかき乱し、心臓が奔馬のごとく走り出す。慌てて普通の表情に戻した。
「うそうそ、ただ考えごとをしていただけだって!」
「ほっ。――でも生粋って遺伝するんでしょ?」
「ああ、そうらしいね。ぼくにはわからないけど、ははっ」
ヨハンは自身が魔法の力を持っていることをごまかした。溶けるのではなく、魔法を『解く』魔法をヨハンは使えるのだ。
けれど魔法戦争後の時代では役に立たない能力だろうし、じいちゃんと同じ能力ということが癪でならない。若い頃のセリアばあちゃんのように、空を飛べる魔法が使えたらよかったのにと何度思ったことか。
「だいぶ進んだし休憩にしようか」
「うん。いつもありがとね~、ヨハン」
結局、勉強には身が入らなかったけれど、ヨハンはそれで構わなかった。なぜなら今日はふたりにとっての記念日になるはずなのだから。
――よし、絶対に告白するんだ!
ふたりは図書館に隣接する公園の屋台でレモネードを注文し、並んでテラスで喉を潤す。冷たい刺激が乾いた喉に心地よい。こくんと飲み込むと刺激が喉から胃の中へと伝わってゆくのを感じる。もちろん、心臓の鼓動が速いままなのも。
ヨハンは意を決して切り出した。とはいっても、おそるおそる探りを入れるところからだ。
「ニーナに聞きたいことがあるんだけど」
「んー……なぁに?」
「ニーナってさぁ、誰か好きな人っているの?」
もちろん、「いないよ」という無味無臭の答えを予想していた。あわよくば「いるけれど教えないよ」なんて茶化されて、それが自分を指しているという展開も期待していた。けれどニーナは困惑した表情を浮かべた。ヨハンは予想外の反応に不安を感じる。
「誰か、気になる相手が、いるとか……?」
ヨハンは怯えながらそろりと尋ねる。
「ううん。そういうわけじゃないんだけど……あたし、きっと誰も好きになれないと思う」
ニーナはずっと遠くの麦畑に視線を向けてそう答えた。
「ニーナ、どこの高等部を志望するか決めた?」
ヨハンはニーナと同じ進路を狙っていたのでそれとなく尋ねる。
ふたりの学力は均衡していたが、以前はヨハンのほうが成績はずっとよかった。一緒に勉強するようになってニーナは一気に成績を伸ばしたが、それがヨハンのプレッシャーとなっている。教えていた自分のほうが置いていかれるわけにはいかないのだ。
「うーん、でもあたし、お金がかかるところは行けないもんなぁ」
ニーナは孤児院で暮らしている。じいちゃんとばあちゃんの出身であるポンヌ孤児院だ。だから財を成したじいちゃんは孤児院に寄付をしているが、そのことをヨハンはニーナには内緒にしている。
ヨハンはニーナに告白し、前向きな返事をもらえたら、思い切って親にお願いしようと画策している。ニーナに出資して希望の進路を選ばせてほしいと。さらには将来のお嫁さんにしたいのだと。今はまだ結婚なんて出来ないけれど、約束だけだったら自由だ。常識は魔法戦争の時代ほどうるさくないはず。
ヨハンはニーナとの未来を想像してニヤニヤが止まらない。けれど懸念材料がひとつ。
――じいちゃんだけには、将来の選択に口出しなんかしてほしくない。だって皆、じいちゃんの意見には逆らえないんだから。
役立たずの『英雄』の称号なんて、持っているだけ厄介だ。考えるだけで辟易し、顔の筋肉が脱力して重力に敗北する。
「ヨハン、顔が溶けたみたいになっているけど、どうしたの?」
いきなり正面から顔をのぞき込まれてびっくりする。
「えっ、あっ、いや……溶けちゃう魔法が勝手に発動しただけだよ」
「ひえっ、溶けちゃう魔法!? だめっ、ヨハンの顔戻ってきてー!」
ニーナはヨハンの頬をつまみ上げてあたふたとする。あどけない仕草がヨハンの心をかき乱し、心臓が奔馬のごとく走り出す。慌てて普通の表情に戻した。
「うそうそ、ただ考えごとをしていただけだって!」
「ほっ。――でも生粋って遺伝するんでしょ?」
「ああ、そうらしいね。ぼくにはわからないけど、ははっ」
ヨハンは自身が魔法の力を持っていることをごまかした。溶けるのではなく、魔法を『解く』魔法をヨハンは使えるのだ。
けれど魔法戦争後の時代では役に立たない能力だろうし、じいちゃんと同じ能力ということが癪でならない。若い頃のセリアばあちゃんのように、空を飛べる魔法が使えたらよかったのにと何度思ったことか。
「だいぶ進んだし休憩にしようか」
「うん。いつもありがとね~、ヨハン」
結局、勉強には身が入らなかったけれど、ヨハンはそれで構わなかった。なぜなら今日はふたりにとっての記念日になるはずなのだから。
――よし、絶対に告白するんだ!
ふたりは図書館に隣接する公園の屋台でレモネードを注文し、並んでテラスで喉を潤す。冷たい刺激が乾いた喉に心地よい。こくんと飲み込むと刺激が喉から胃の中へと伝わってゆくのを感じる。もちろん、心臓の鼓動が速いままなのも。
ヨハンは意を決して切り出した。とはいっても、おそるおそる探りを入れるところからだ。
「ニーナに聞きたいことがあるんだけど」
「んー……なぁに?」
「ニーナってさぁ、誰か好きな人っているの?」
もちろん、「いないよ」という無味無臭の答えを予想していた。あわよくば「いるけれど教えないよ」なんて茶化されて、それが自分を指しているという展開も期待していた。けれどニーナは困惑した表情を浮かべた。ヨハンは予想外の反応に不安を感じる。
「誰か、気になる相手が、いるとか……?」
ヨハンは怯えながらそろりと尋ねる。
「ううん。そういうわけじゃないんだけど……あたし、きっと誰も好きになれないと思う」
ニーナはずっと遠くの麦畑に視線を向けてそう答えた。