「ごめーん、待った?」

 屋敷の門前で待つヨハンに駆け寄ってくるのは、愛らしい笑顔の女の子。ヨハンの同級生、ニーナだ。今日はふたりで図書館へ行き、勉強をしようと約束していた。

 いくら魔法が廃れた現代だからといって、高名な魔法博士セリア・シェプターの孫であるヨハンの成績が振るわないとあってはシェプター家の恥になってしまう。けれどそんな建前以上に、ニーナと同じ進路に進みたいからという強い動機があった。もうすぐ中等部三年の夏が訪れるので、受験勉強は待ったなしだ。

 振り返って屋敷を見上げると、最上階の部屋からこちらを見下ろすアージェじいちゃんの姿が見えた。ヨハンはその視線から逃げるように木陰に身を寄せる。セリアばあちゃんは「ヨハンはアージェの若い頃にそっくりなのよ」と嬉しそうに言っていたけれど、ヨハン自身はアージェじいちゃんのことがどうしても好きになれない。

 規律に厳しいし、偏屈だし、頑固者だし、それに――いつもどこか暗い影を引きずっている雰囲気があったから。セリアばあちゃんが亡くなった後は輪をかけて陰気になり、家族の誰とも喋らなくなった。将来、ニーナを家族に紹介することになったら、一番会わせたくない相手はじいちゃんだ。(とはいっても、まだ告白すらできていない)

 そんなヨハンと想い人のニーナが待ち合わせをするのを監視するように眺めているのだから気持ちがいいものではない。

 いくらニーナが昔、セリアばあちゃんに助けられた過去があるといっても。