セリアばあちゃんが亡くなって五年が経ち、書斎を片付けることになった。

 けれどいまだに魔導書の整理が終わらないのは、その量が膨大だからではなく、一冊の本がヨハンの目を引いたからだ。

『アストラル魔法戦記』

 ばあちゃんが若かりし頃、アージェじいちゃんとともに魔法の戦いを繰り広げた日々が綴られている本。

 ふたりはここ、ポンヌ領にある孤児院の出身で、魔法鉱石を使わずとも魔法の発動が可能な、いわゆる生粋(ギフテッド)の魔法使いだった。戦争の根源は魔法を渇望した人間の欲望と、帝に忠誠を誓った配下の計略であり、じいちゃんとばあちゃんが魔法学院の仲間とともにその暴走を食い止める形で幕を下ろした。魔法戦争が終結したのはもう五十年も前のことになる。

 読み終えたヨハンは感無量の思いでその本を閉じた。ただ、内容はいくばくか空想的だった。

 その物語には、もうひとりの主人公がいた。

「メメル」という名の女の子。ふたりと同じ孤児院で暮らし、物語の冒頭で戦争に巻き込まれて命を失ってしまう。魂だけが『クイーン・オブ・ギムレット』という秘石に閉じ込められて残された。ふたりはその女の子を生き返らせるために生命再生の魔法を求めて冒険をし、戦いへと巻き込まれてゆく。

 けれどその女の子の魂がどうなったのか、結末は書かれていない。それに「メメル」という名前の人物をヨハンは聞いたことがない。だからこの物語の半分はばあちゃんの空想で、「メメル」は物語のギミックなのだろうとヨハンは思っている。

「ヨハン、まだ終わらないの? 午後は出かけるんでしょ」

 屋敷の階下から母の声が届く。時計を見るともう昼食の時間だ。今日の予定を思い出して急に胸が高鳴る。ヨハンは荷物の整理を中断し、急いで昼食を済ませることにした。その本は丁寧に鞄にしまい込んだ。