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崩れた城壁から円形の物体が顔を覗かせる。赤と黄色のツートンカラーのそれは重力に抗い夜空に浮かび上がってゆく。その物体の下部にはバスケットが吊るされており、六人の人間が乗り込んでいた。
皆は熱気球で城からの脱出を図ったのだ。
「ブリリアン、もう少しよ、頑張って!」
「頑張っているぞぉぉぉ! セリアァァァ!」
アナスタシアが最後の魔力で熱気球を具現化させ、ブリリアンの炎を動力源にして城を脱出した。大聖堂の天井を抜けると同時に城は白煙を上げて崩れ落ちる。巻き込まれるところをぎりぎりのタイミングで回避できた。
「やった、脱出成功よ!」
「はぁ、はぁ、はぁ……どうだセリア、僕はセクシーだっただろう?」
「ほどほどにね」
城外の広場に着陸しアナスタシアが具現化を解く。見上げると夜空にガルシアとソウルクラスターの姿が浮かんでいた。
腐敗したソウルクラスターは闇に溶ける悪魔のような姿をしている。その目は空洞で、まるで慈悲の心など一片も持たないように見えた。
「ウジュ……ル……ガァ……グヴォ…………」
ソウルクラスターが体の一部を掴み取り街に向けて放つ。直撃を受けた建造物はまるで腐った肉片のようにぼろぼろと崩れ落ちていく。人々が悲鳴を上げながら逃げ惑う。ソウルクラスターは間違いなくアストラル島を破壊しようとしていた。
「悲しき魂よ、その怨念は余がもたらしたものだ。狙うならば余を狙え!」
ガルシアは民の盾となり、その矛先を己に向けさせる。突如、ソウルクラスターはガルシアに向けて襲いかかる。
「シャアァァァッ!」
「さあ、余が『帝』と呼ばれるゆえんを、とくとその身で受け止めるがよい!」
ガルシアは魔法を唱えて巨大な光の結界を展開した。その中に陣を張り、ソウルクラスターに向かって渾身の一撃を放つ。
――『聖光の恩恵!』
電光石火で現れた稲妻はソウルクラスターを直撃し、ほとばしる魔力は周囲の森の木々をなぎ倒し地面を揺るがせた。しかしソウルクラスターはその雷撃にはじき飛ばされながらも、さらに勢いを増して帝に襲いかかる。
「ちっ、痛みなど微塵も感じていないか。まさに怨念の塊だな!」
だがガルシアの周囲には魔法の力がみなぎっていた。
――『多層限界魔法・四魔輪舞!』
炎と氷と岩と風が同時に空を舞う。
「ゴッパアアァァァ!!」
ソウルクラスターは腕を掲げて闇の中からもたらされる魔法を放った。かつて魔女が見せた、魂を喰らう魔力の蛇――刈縷魔だ。
ガルシアは炎の魔法を放ち、猛烈な火の渦でソウルクラスターの放つ蛇を包み込んだ。さらなる追撃がきたが、冷静に氷の魔法で捕らえて凍りつかせ、粉々に粉砕する。
「すげえ……これが『帝』の真の力か……」
アージェは魔力の強大さだけでなく、あらゆる属性の同時発現という未知の技術に圧倒された。皆、息を呑んで戦いの行方を見つめている。
城の崩壊の音を聞きつけて集まった人々が夜空を見上げて声を上げる。
「あれはシルベスター祭を喰らう悪魔に違いない!」
「ガルシア様が全力で悪魔と闘っていらっしゃる!」
「帝が悪魔から国と民を護ってくださっているぞ!」
ガルシアとソウルクラスターの激突は空間を歪め、森の樹木を燃えあがらせ、地面を凍てつかせた。けれど民衆は逃げることなく続々と集い、ガルシアに向けて声援を放つ。
「「「「「ミ・カ・ド! ミ・カ・ド!!」」」」」
激しさを増す戦いに突き動かされて声援はさらに盛大になる。街は壊滅の歌を奏でる光景と化してゆくが、民衆は勇気をもってガルシアを応援し続けた。ガルシアは声援に応えるように次々と魔法を連打する。
しかしソウルクラスターの勢いは弱まらない。秘石の魔力を得て具現化されているゆえ、魔法の力が通じにくい存在なのだ。
だが、その魔力も無尽蔵ではない。
戦いのさなか、ガルシアがアージェを視界に捉えて叫ぶ。
「アージェ青年よ! こいつに巣食う秘石の力は衰えつつある。余がこいつの動きを止める瞬間を狙い、魔力を消滅させよ!」
「はっ、はいっ!」
アージェは使命を受けてぶるりと身を震わせる。たしかにソウルクラスターから放たれる魔力は徐々に減弱している。しかしガルシアの魔力もまた、それ以上の速度で削れているのだ。
けれどこの戦略には致命的な難点があった。アージェの魔禁瘴では秘石の魔法を消すことができない。そのことを帝は知らないはず。
「どうすればソウルクラスターを消滅させることができるんだッ!」
困惑しているとアージェの脳に直接、言葉が響く。威厳に満ちた秘石の声だ。
『汝は己の力を信じさえすればよい。私は汝の想いを認め、力を与えると約束したのだから』
「メルス様!」
アージェは秘石の言葉を信じ、脳内に響く秘石の意志に身を委ねる。するとアージェの左腕が無意識に宙を指し、指先で六芒星を描き始める。指の軌道をなぞるように秘石の魔力が魔法円の輪郭を残してゆく。描いた魔法円は強い光を放ち始めた。
『この魔法円は我々の領域にいたる扉となる。だから汝は心のままに撃てばよい』
「やってみせます!」
腰をかがめて右腕を引き、精神を集中させる。構えた右腕に黒い闇が渦を巻く。アージェの決意に呼応するように闇は密度を高め、世界のすべてを飲み込むかのような深淵の闇が形成される。
アージェの魔法発動を確かめたガルシアは、残された魔力のすべてを左腕に込め、灼熱の炎を具現化させた。その炎をソウルクラスターのばっくりと開いた口の中に激しく突き込む。
『魔力を喰いたけりゃ、これを喰らえェェェ!!』
ガルシアの放つ炎がソウルクラスターの体内に注ぎこまれて爆発した。その衝撃でガルシアの左腕も砕けるように吹き飛ぶ。ソウルクラスターは全身を沸騰させて悶え始めた。
「ダ……フ……グゴ…………ビ…………」
ガルシアはアージェに向かって声を張り上げる。
「今だ青年よ! 全力で魔法を放て!!」
「はいっ!」
――今ならわかる。どうして魔法を消し去る能力が存在するのか。
強大な力は、時として生けるものを不幸に巻き込んでしまう。
魔法が戦争の兵器として不幸を生み出す存在になり得るなら。
悲しみや憎しみ、そして復讐の連鎖を呼ぶ根源となるのなら。
その力を律する存在もまた、なくてはならないもののはずだ。
――だから俺は、負の連鎖で地上の世界が崩れゆくのを救うため、この力を魔法の世界から与えられたに違いない。
心からの願いを、握った拳に込めて祈る。
「苦しむ者には安らかなる眠りを。そして世界には悠久の平和を――」
――『魔禁瘴・魔法の世界からの贈り物ォォォ!』
「「「「『いっけえぇぇぇ!!!』」」」」
皆の魂を込めた声援が塊となって、放たれた魔禁瘴を後押しする。
神秘の魔法は闇を斬る一閃の彗星となって、ソウルクラスターの深部を貫いてゆく。
負の感情に支配された魔力を根こそぎ絡め取り、魔法戦争の悪夢を浄化しながら、はるか空の彼方へと突き抜けていった。
しばらくの静寂の後、どこからともなく拍手喝采が沸き起こる。その音色は伝播し、怒涛の荒波となってアストラル島に響き渡る。
魔法が消えた空には、皆の祝福を受けて右腕を天に掲げるガルシアの姿があった。ガルシアは命を賭してアストラルを守り抜いた英雄と、誰もが認めていた。
アージェはかすかに白みかけた空の向こうに視線を投げて思う。
なぜならこの空には、もうすぐ眩しい夜明けが訪れるのだから。
この世界には、昨日までとは違う今日がやってくるのだから――。
崩れた城壁から円形の物体が顔を覗かせる。赤と黄色のツートンカラーのそれは重力に抗い夜空に浮かび上がってゆく。その物体の下部にはバスケットが吊るされており、六人の人間が乗り込んでいた。
皆は熱気球で城からの脱出を図ったのだ。
「ブリリアン、もう少しよ、頑張って!」
「頑張っているぞぉぉぉ! セリアァァァ!」
アナスタシアが最後の魔力で熱気球を具現化させ、ブリリアンの炎を動力源にして城を脱出した。大聖堂の天井を抜けると同時に城は白煙を上げて崩れ落ちる。巻き込まれるところをぎりぎりのタイミングで回避できた。
「やった、脱出成功よ!」
「はぁ、はぁ、はぁ……どうだセリア、僕はセクシーだっただろう?」
「ほどほどにね」
城外の広場に着陸しアナスタシアが具現化を解く。見上げると夜空にガルシアとソウルクラスターの姿が浮かんでいた。
腐敗したソウルクラスターは闇に溶ける悪魔のような姿をしている。その目は空洞で、まるで慈悲の心など一片も持たないように見えた。
「ウジュ……ル……ガァ……グヴォ…………」
ソウルクラスターが体の一部を掴み取り街に向けて放つ。直撃を受けた建造物はまるで腐った肉片のようにぼろぼろと崩れ落ちていく。人々が悲鳴を上げながら逃げ惑う。ソウルクラスターは間違いなくアストラル島を破壊しようとしていた。
「悲しき魂よ、その怨念は余がもたらしたものだ。狙うならば余を狙え!」
ガルシアは民の盾となり、その矛先を己に向けさせる。突如、ソウルクラスターはガルシアに向けて襲いかかる。
「シャアァァァッ!」
「さあ、余が『帝』と呼ばれるゆえんを、とくとその身で受け止めるがよい!」
ガルシアは魔法を唱えて巨大な光の結界を展開した。その中に陣を張り、ソウルクラスターに向かって渾身の一撃を放つ。
――『聖光の恩恵!』
電光石火で現れた稲妻はソウルクラスターを直撃し、ほとばしる魔力は周囲の森の木々をなぎ倒し地面を揺るがせた。しかしソウルクラスターはその雷撃にはじき飛ばされながらも、さらに勢いを増して帝に襲いかかる。
「ちっ、痛みなど微塵も感じていないか。まさに怨念の塊だな!」
だがガルシアの周囲には魔法の力がみなぎっていた。
――『多層限界魔法・四魔輪舞!』
炎と氷と岩と風が同時に空を舞う。
「ゴッパアアァァァ!!」
ソウルクラスターは腕を掲げて闇の中からもたらされる魔法を放った。かつて魔女が見せた、魂を喰らう魔力の蛇――刈縷魔だ。
ガルシアは炎の魔法を放ち、猛烈な火の渦でソウルクラスターの放つ蛇を包み込んだ。さらなる追撃がきたが、冷静に氷の魔法で捕らえて凍りつかせ、粉々に粉砕する。
「すげえ……これが『帝』の真の力か……」
アージェは魔力の強大さだけでなく、あらゆる属性の同時発現という未知の技術に圧倒された。皆、息を呑んで戦いの行方を見つめている。
城の崩壊の音を聞きつけて集まった人々が夜空を見上げて声を上げる。
「あれはシルベスター祭を喰らう悪魔に違いない!」
「ガルシア様が全力で悪魔と闘っていらっしゃる!」
「帝が悪魔から国と民を護ってくださっているぞ!」
ガルシアとソウルクラスターの激突は空間を歪め、森の樹木を燃えあがらせ、地面を凍てつかせた。けれど民衆は逃げることなく続々と集い、ガルシアに向けて声援を放つ。
「「「「「ミ・カ・ド! ミ・カ・ド!!」」」」」
激しさを増す戦いに突き動かされて声援はさらに盛大になる。街は壊滅の歌を奏でる光景と化してゆくが、民衆は勇気をもってガルシアを応援し続けた。ガルシアは声援に応えるように次々と魔法を連打する。
しかしソウルクラスターの勢いは弱まらない。秘石の魔力を得て具現化されているゆえ、魔法の力が通じにくい存在なのだ。
だが、その魔力も無尽蔵ではない。
戦いのさなか、ガルシアがアージェを視界に捉えて叫ぶ。
「アージェ青年よ! こいつに巣食う秘石の力は衰えつつある。余がこいつの動きを止める瞬間を狙い、魔力を消滅させよ!」
「はっ、はいっ!」
アージェは使命を受けてぶるりと身を震わせる。たしかにソウルクラスターから放たれる魔力は徐々に減弱している。しかしガルシアの魔力もまた、それ以上の速度で削れているのだ。
けれどこの戦略には致命的な難点があった。アージェの魔禁瘴では秘石の魔法を消すことができない。そのことを帝は知らないはず。
「どうすればソウルクラスターを消滅させることができるんだッ!」
困惑しているとアージェの脳に直接、言葉が響く。威厳に満ちた秘石の声だ。
『汝は己の力を信じさえすればよい。私は汝の想いを認め、力を与えると約束したのだから』
「メルス様!」
アージェは秘石の言葉を信じ、脳内に響く秘石の意志に身を委ねる。するとアージェの左腕が無意識に宙を指し、指先で六芒星を描き始める。指の軌道をなぞるように秘石の魔力が魔法円の輪郭を残してゆく。描いた魔法円は強い光を放ち始めた。
『この魔法円は我々の領域にいたる扉となる。だから汝は心のままに撃てばよい』
「やってみせます!」
腰をかがめて右腕を引き、精神を集中させる。構えた右腕に黒い闇が渦を巻く。アージェの決意に呼応するように闇は密度を高め、世界のすべてを飲み込むかのような深淵の闇が形成される。
アージェの魔法発動を確かめたガルシアは、残された魔力のすべてを左腕に込め、灼熱の炎を具現化させた。その炎をソウルクラスターのばっくりと開いた口の中に激しく突き込む。
『魔力を喰いたけりゃ、これを喰らえェェェ!!』
ガルシアの放つ炎がソウルクラスターの体内に注ぎこまれて爆発した。その衝撃でガルシアの左腕も砕けるように吹き飛ぶ。ソウルクラスターは全身を沸騰させて悶え始めた。
「ダ……フ……グゴ…………ビ…………」
ガルシアはアージェに向かって声を張り上げる。
「今だ青年よ! 全力で魔法を放て!!」
「はいっ!」
――今ならわかる。どうして魔法を消し去る能力が存在するのか。
強大な力は、時として生けるものを不幸に巻き込んでしまう。
魔法が戦争の兵器として不幸を生み出す存在になり得るなら。
悲しみや憎しみ、そして復讐の連鎖を呼ぶ根源となるのなら。
その力を律する存在もまた、なくてはならないもののはずだ。
――だから俺は、負の連鎖で地上の世界が崩れゆくのを救うため、この力を魔法の世界から与えられたに違いない。
心からの願いを、握った拳に込めて祈る。
「苦しむ者には安らかなる眠りを。そして世界には悠久の平和を――」
――『魔禁瘴・魔法の世界からの贈り物ォォォ!』
「「「「『いっけえぇぇぇ!!!』」」」」
皆の魂を込めた声援が塊となって、放たれた魔禁瘴を後押しする。
神秘の魔法は闇を斬る一閃の彗星となって、ソウルクラスターの深部を貫いてゆく。
負の感情に支配された魔力を根こそぎ絡め取り、魔法戦争の悪夢を浄化しながら、はるか空の彼方へと突き抜けていった。
しばらくの静寂の後、どこからともなく拍手喝采が沸き起こる。その音色は伝播し、怒涛の荒波となってアストラル島に響き渡る。
魔法が消えた空には、皆の祝福を受けて右腕を天に掲げるガルシアの姿があった。ガルシアは命を賭してアストラルを守り抜いた英雄と、誰もが認めていた。
アージェはかすかに白みかけた空の向こうに視線を投げて思う。
なぜならこの空には、もうすぐ眩しい夜明けが訪れるのだから。
この世界には、昨日までとは違う今日がやってくるのだから――。