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日没が訪れるのを待ち、セリアとブリリアンはルーザーに指示された場所へと足を運ぶ。街外れの茂みの中に、地下へと続く石造りの通路があった。ブリリアンが炎の魔法で明かりを灯して足を進めると、古びた扉に突き当たった。
錠は外されていた。開くと地下とは思えない大きな空洞が目前に広がる。群青の空に向かってぽっかりと大きな口を開けた空間には、戦闘用飛行艇がずらりと並べられていた。
「うへぇ、こんなところに軍専用の港があるのか」
「感心している暇はないわ。急ぎましょう」
「ああ、わかっているって」
ブリリアンは炎の魔法を空に向けて断続的に放つ。するとその合図を感知した飛行艇がゆっくりと近づいてきた。セリアの誘導で着陸すると、ラドラとドンペル、それにアージェが順に降り立つ。
「セリアよ、よくここまで首尾よくいったものだな」
「ええ、親切な門番がいらっしゃいまして」
「親切な門番……? まあいい、ブリリアンもご苦労だった」
「いや、もうセリアのおかげとしか……」
ブリリアンは引きつった表情でセリアに目を向ける。セリアとアージェが目だけで会話を交わすのを見て、ブリリアンはつまらなそうに舌打ちをする。
最後に降りたドンペルは魔法を唱え、足元の地面を盛り上げる。飛行艇は傾いて転がり、きりもみ回転をしながら眼下の海へと落下していった。
「証拠は消した。さあ、行くとするか」
皆が振り向くと、暗闇の中に映る人影があった。低い声が響く。
「目的は密入島だったのか」
皆、警戒して身構えたが、人影は落ち着いた歩調で近づいてきた。光に照らされて顔が明瞭になる。ルーザーだ。
「いくら無礼講の祭りとはいえ、番兵としては看過できないからな」
「わたしたちを見張っていたんですね」
「開錠を要求した目的を知ろうとしただけだ。だが俺を負かしたのがこんなに若い小娘だとは驚いた」
戦いの時はマスクをしていたから、そう思うのも無理はない。
「しかしあの強さ、ヴェルモア島の魔女が化けているのか?」
そう聞かれてむっとするセリア。
「冗談じゃありません。わたしはれっきとした18歳の学生です! ほら、このピチピチの肌に模造の魔力を感じますか?」
両腕をあらわにして突き出し強気な口調で主張するとルーザーはあからさまにたじろいた。その様子を見たアージェとラドラが小声でやり取りをする。
「ラドラ先生、あの兵士が親切な門番のようですね」
「そのようだが、真相はどうも違うようだな。しかしセリア・フォスターはさまざまな意味で恐ろしい生徒だ」
「毎日、魔法の鍛錬を続けていましたから。理由はドンペル先生に復讐するためだったんです」
「俺も話は聞いた。だがまさか日々の鍛錬がここで生きるとはな。ところでどうする、力づくで通るか?」
「いや、セリアに説得を任せてもらえませんか。もしも通報されるとまずいですから」
「むぅ、たしかにな」
セリアは一息ついてから諭すようにこう言った。
「ルーザーさん、建前は結構です。ほんとうは気づいていますよね」
ルーザーは一瞬、目を見開いた。セリアはその表情を見逃さなかった。
「生粋ならわかると思うのですが――この島を包む魔力は明らかに異質です」
「理由を知っているのか?」
「大陸から『クイーン・オブ・ギムレット』が奪われました。この島に持ち込まれたはずなんです」
「なんだと!?」
ルーザーが驚嘆の表情を見せる。
「ヴェンダールという参謀長のしわざです。『クイーン・オブ・ギムレット』は帝にとっては大きな意味があるようなのです」
「だが、それは触れては許されない領域なのでは?」
「はい、そのせいで大陸では魔力が失われ、魔法の効果が急激に落ちているようです」
「まさか……」
ルーザーは懐から小型の魔晶板を取り出した。魔法を詠唱して起動させると画面に大陸と浮遊島の地図が描き出される。アストラル島を指定して表示された数字にルーザーは目を丸くする。
「やはりか……」
「どうしたのですか」
「この数日、島の高度が下がっているのだ」
「えっ! 高度が!?」
セリアが驚いて振り向くと、ドンペルがひたいに汗を浮かべていた。
「うむ。浮遊島が浮かんでいるのは、『クイーン・オブ・ギムレット』が地中の魔法鉱石を操り浮力を与えていたからだ。その力が失われたのなら、浮遊島が海に沈むという事態も起こり得る……」
聞いた全員が茫然とする中、アージェが一歩、前に出る。まっすぐな視線をルーザーに向けて声を発した。
「ルーザーさん、道を開けてください。俺たちはその『クイーン・オブ・ギムレット』を取り返しに来たんです」
「なんと! だが、帝と参謀長に戦いを挑み、生きて帰れると思っているのか?」
「無事ですむなどとは思っていません。でも、戦いで狂ってしまった世界を元に戻すにはそれしかないんです。それに俺は、大切な人を助けるためにも――」
ブリリアンも歩み出て地面に膝をつき、金貨を三枚、目の前に掲げて見せた。
「ルーザーさんっ! 僕からもおねがいします! これを受け取ってとっとと通してくれ! いや、くださいっ!」
「はぁ? おまえは戦ったうちに入ってないから受け取れないって」
「せめて僕を眼中に置いてくださいよォォォ!」
塩対応のルーザーにブリリアンは打ち震えている。ルーザーはその様子を見て口元を緩めた。
「ふっ、俺には妻も子供がいる。だから帝を裏切り、戦わずして道を譲ることなどできるはずがないのさ」
「あら、既婚者なのに、わたしを負かして一晩つき合わせるおつもりだったんですか?」
「自惚れるな、ただの牽制だ。あそこまで強いとは思いもしなかったものでな」
ルーザーは自嘲気味に笑い、視線をブリリアンに向けた。
「もしも通してほしければ、そこの土下座男に再戦させてみろ。そして俺を倒してみろ。ただし俺が勝ったらヴェンダール様に通報する」
「ひどい! そんな条件、呑めるわけないじゃない!」
逆上しかけたセリアの眼前にアージェがすっと腕を伸ばす。
「いや、ブリリアンに戦ってもらおう」
「アージェ!?」
「ほぉ、いい選択だ。ではそこの軟弱男よ、おまえがやられた技でやりかえしてみろ」
ルーザーは口の端を引き上げ、無防備な仁王立ちになる。ブリリアンは恐怖に顔を歪めていたが、意を決して立ち上がり、玉砕覚悟でルーザーに襲いかかる。
「うっ……うっ……うわあああぁぁぁ! なめんなよ、この野郎ォォォ!!」
ブリリアンはルーザーのみぞおちに肘を突き込んだ。
「ぐおッ!」
ルーザーは腹を押さえ、よろめきながら膝をついて地に伏した。
「……は?」
皆、ぽかんとしていたが、誰よりも驚いたのはブリリアン本人だった。肘を突きこんだ衝撃は、腹筋に阻まれていたはずなのに。
「ぐっ、降参だ。俺はもう戦えない……」
ルーザーはうめき声をあげながら小型魔晶板を操作し始めた。ブリリアンが近づいて覗き込むと、そこに映されたのは――詳細なハインゲル城の内部地図だった。
「この地図を奪われたら、城の内部に潜入できてしまう。消去しなければ……」
ルーザーはブリリアンを見上げてにっと笑った。ようやっとルーザーの意図を察して泣きそうな顔になる。
「……いいのかよ」
「敗者に情けをかける余裕がおまえにあるのか?」
「そうだよな……すまない」
ブリリアンは小型魔晶板をルーザーの手からそっと奪い取る。すっかり怒りが収まったセリアはルーザーにぽつりと言い残す。
「ルーザーさん、帝への裏切りになると畏れたのは、わたしたちが負けると思っているからでしょう? ――あなたって勘違いがなければ一流だったかもしれないって思うわ」
「ははっ、勝てると信じているってことか」
ごろりと仰向けになって肩をすくめるルーザー。セリアの言葉に納得せざるを得ないようだ。
セリアは視線をもとの道に戻して歩を進める。皆、その後に続いてゆく。最後にアージェが振り向き、ルーザーに向かって深々と頭を垂れた。
一行の姿が見えなくなった後、ルーザーは身を起こして不思議そうにつぶやいた。
「――しかしあいつらはいったい、何者なんだ?」
日没が訪れるのを待ち、セリアとブリリアンはルーザーに指示された場所へと足を運ぶ。街外れの茂みの中に、地下へと続く石造りの通路があった。ブリリアンが炎の魔法で明かりを灯して足を進めると、古びた扉に突き当たった。
錠は外されていた。開くと地下とは思えない大きな空洞が目前に広がる。群青の空に向かってぽっかりと大きな口を開けた空間には、戦闘用飛行艇がずらりと並べられていた。
「うへぇ、こんなところに軍専用の港があるのか」
「感心している暇はないわ。急ぎましょう」
「ああ、わかっているって」
ブリリアンは炎の魔法を空に向けて断続的に放つ。するとその合図を感知した飛行艇がゆっくりと近づいてきた。セリアの誘導で着陸すると、ラドラとドンペル、それにアージェが順に降り立つ。
「セリアよ、よくここまで首尾よくいったものだな」
「ええ、親切な門番がいらっしゃいまして」
「親切な門番……? まあいい、ブリリアンもご苦労だった」
「いや、もうセリアのおかげとしか……」
ブリリアンは引きつった表情でセリアに目を向ける。セリアとアージェが目だけで会話を交わすのを見て、ブリリアンはつまらなそうに舌打ちをする。
最後に降りたドンペルは魔法を唱え、足元の地面を盛り上げる。飛行艇は傾いて転がり、きりもみ回転をしながら眼下の海へと落下していった。
「証拠は消した。さあ、行くとするか」
皆が振り向くと、暗闇の中に映る人影があった。低い声が響く。
「目的は密入島だったのか」
皆、警戒して身構えたが、人影は落ち着いた歩調で近づいてきた。光に照らされて顔が明瞭になる。ルーザーだ。
「いくら無礼講の祭りとはいえ、番兵としては看過できないからな」
「わたしたちを見張っていたんですね」
「開錠を要求した目的を知ろうとしただけだ。だが俺を負かしたのがこんなに若い小娘だとは驚いた」
戦いの時はマスクをしていたから、そう思うのも無理はない。
「しかしあの強さ、ヴェルモア島の魔女が化けているのか?」
そう聞かれてむっとするセリア。
「冗談じゃありません。わたしはれっきとした18歳の学生です! ほら、このピチピチの肌に模造の魔力を感じますか?」
両腕をあらわにして突き出し強気な口調で主張するとルーザーはあからさまにたじろいた。その様子を見たアージェとラドラが小声でやり取りをする。
「ラドラ先生、あの兵士が親切な門番のようですね」
「そのようだが、真相はどうも違うようだな。しかしセリア・フォスターはさまざまな意味で恐ろしい生徒だ」
「毎日、魔法の鍛錬を続けていましたから。理由はドンペル先生に復讐するためだったんです」
「俺も話は聞いた。だがまさか日々の鍛錬がここで生きるとはな。ところでどうする、力づくで通るか?」
「いや、セリアに説得を任せてもらえませんか。もしも通報されるとまずいですから」
「むぅ、たしかにな」
セリアは一息ついてから諭すようにこう言った。
「ルーザーさん、建前は結構です。ほんとうは気づいていますよね」
ルーザーは一瞬、目を見開いた。セリアはその表情を見逃さなかった。
「生粋ならわかると思うのですが――この島を包む魔力は明らかに異質です」
「理由を知っているのか?」
「大陸から『クイーン・オブ・ギムレット』が奪われました。この島に持ち込まれたはずなんです」
「なんだと!?」
ルーザーが驚嘆の表情を見せる。
「ヴェンダールという参謀長のしわざです。『クイーン・オブ・ギムレット』は帝にとっては大きな意味があるようなのです」
「だが、それは触れては許されない領域なのでは?」
「はい、そのせいで大陸では魔力が失われ、魔法の効果が急激に落ちているようです」
「まさか……」
ルーザーは懐から小型の魔晶板を取り出した。魔法を詠唱して起動させると画面に大陸と浮遊島の地図が描き出される。アストラル島を指定して表示された数字にルーザーは目を丸くする。
「やはりか……」
「どうしたのですか」
「この数日、島の高度が下がっているのだ」
「えっ! 高度が!?」
セリアが驚いて振り向くと、ドンペルがひたいに汗を浮かべていた。
「うむ。浮遊島が浮かんでいるのは、『クイーン・オブ・ギムレット』が地中の魔法鉱石を操り浮力を与えていたからだ。その力が失われたのなら、浮遊島が海に沈むという事態も起こり得る……」
聞いた全員が茫然とする中、アージェが一歩、前に出る。まっすぐな視線をルーザーに向けて声を発した。
「ルーザーさん、道を開けてください。俺たちはその『クイーン・オブ・ギムレット』を取り返しに来たんです」
「なんと! だが、帝と参謀長に戦いを挑み、生きて帰れると思っているのか?」
「無事ですむなどとは思っていません。でも、戦いで狂ってしまった世界を元に戻すにはそれしかないんです。それに俺は、大切な人を助けるためにも――」
ブリリアンも歩み出て地面に膝をつき、金貨を三枚、目の前に掲げて見せた。
「ルーザーさんっ! 僕からもおねがいします! これを受け取ってとっとと通してくれ! いや、くださいっ!」
「はぁ? おまえは戦ったうちに入ってないから受け取れないって」
「せめて僕を眼中に置いてくださいよォォォ!」
塩対応のルーザーにブリリアンは打ち震えている。ルーザーはその様子を見て口元を緩めた。
「ふっ、俺には妻も子供がいる。だから帝を裏切り、戦わずして道を譲ることなどできるはずがないのさ」
「あら、既婚者なのに、わたしを負かして一晩つき合わせるおつもりだったんですか?」
「自惚れるな、ただの牽制だ。あそこまで強いとは思いもしなかったものでな」
ルーザーは自嘲気味に笑い、視線をブリリアンに向けた。
「もしも通してほしければ、そこの土下座男に再戦させてみろ。そして俺を倒してみろ。ただし俺が勝ったらヴェンダール様に通報する」
「ひどい! そんな条件、呑めるわけないじゃない!」
逆上しかけたセリアの眼前にアージェがすっと腕を伸ばす。
「いや、ブリリアンに戦ってもらおう」
「アージェ!?」
「ほぉ、いい選択だ。ではそこの軟弱男よ、おまえがやられた技でやりかえしてみろ」
ルーザーは口の端を引き上げ、無防備な仁王立ちになる。ブリリアンは恐怖に顔を歪めていたが、意を決して立ち上がり、玉砕覚悟でルーザーに襲いかかる。
「うっ……うっ……うわあああぁぁぁ! なめんなよ、この野郎ォォォ!!」
ブリリアンはルーザーのみぞおちに肘を突き込んだ。
「ぐおッ!」
ルーザーは腹を押さえ、よろめきながら膝をついて地に伏した。
「……は?」
皆、ぽかんとしていたが、誰よりも驚いたのはブリリアン本人だった。肘を突きこんだ衝撃は、腹筋に阻まれていたはずなのに。
「ぐっ、降参だ。俺はもう戦えない……」
ルーザーはうめき声をあげながら小型魔晶板を操作し始めた。ブリリアンが近づいて覗き込むと、そこに映されたのは――詳細なハインゲル城の内部地図だった。
「この地図を奪われたら、城の内部に潜入できてしまう。消去しなければ……」
ルーザーはブリリアンを見上げてにっと笑った。ようやっとルーザーの意図を察して泣きそうな顔になる。
「……いいのかよ」
「敗者に情けをかける余裕がおまえにあるのか?」
「そうだよな……すまない」
ブリリアンは小型魔晶板をルーザーの手からそっと奪い取る。すっかり怒りが収まったセリアはルーザーにぽつりと言い残す。
「ルーザーさん、帝への裏切りになると畏れたのは、わたしたちが負けると思っているからでしょう? ――あなたって勘違いがなければ一流だったかもしれないって思うわ」
「ははっ、勝てると信じているってことか」
ごろりと仰向けになって肩をすくめるルーザー。セリアの言葉に納得せざるを得ないようだ。
セリアは視線をもとの道に戻して歩を進める。皆、その後に続いてゆく。最後にアージェが振り向き、ルーザーに向かって深々と頭を垂れた。
一行の姿が見えなくなった後、ルーザーは身を起こして不思議そうにつぶやいた。
「――しかしあいつらはいったい、何者なんだ?」