団欒が終わる頃、孤児院の外で聞き慣れない音がした。空から響いてくる重低音。徐々に大きく、重くなってゆく。しだいに庭の木々が煽られ始める。

近づいてくるのは漆黒の翼と流線型の筐体を持つ飛行艇。高度を落とし、孤児院の庭に着陸した。子供たちはいっせいに窓に駆け寄り、その姿を目に焼き付ける。

「すごい! アストラルの最新型の飛行艇だ!」
「もしかして中央都市から飛んで来たのか?」
「でも、ここに何の用があるんだろう?」

 ハッチが開き、スーツ姿の男たちが三人、降りてくる。迷うことなく入口に向かい、金属製のドアノックを掴んで扉を叩く。ミレニアは早足で玄関へと向かった。

 子供たちは大はしゃぎだったが、アージェは嫌な予感を覚えていた。この辺境地に軍がわざわざ足を運ぶなんて、何らかの目的があるに違いないからだ。こっそりとミレニアの後をつけて聞き耳を立てる。

「こんな時間にどちら様でしょうか」
「我々は政府派遣の調査員です。(みかど)の命によりうかがいました」
「まあ、帝からとは……とにかくご苦労さまです」

 ミレニアは笑顔を作り、応接室へ彼らを案内する。男は腰を据えるやいなや用件を切り出した。

「調査によると、このポンヌ島のどこかに『クイーン・オブ・ギムレット』が隠されているはずです」

 けれどミレニアの表情が崩れることはない。まるで幸せなおとぎ話を耳にしたかのような、柔和な笑顔のままで応対する。

「うふふ、お門違いですわ。この孤児院にそんな貴重なものがあれば、とうの昔に売りさばいています。私たちにとっては、秘石よりも子供たちを一人前にする方がよっぽど大切なことですから」
「いえ、そういう意味ではありません。その秘石は高名な魔法博士であるスパイク氏の手に渡ったところまで追えています」
「ああ、三年ほど前に亡くなられた方ですね。爆発事故でしたでしょうか」
「極秘事項ですから、詳細を申し上げるわけにはいきません。――ですが、スパイク氏には一人娘がいたはずです。常に命を狙われていたスパイク氏のことですから、秘石のありかを娘に託していたと我々は推測しています」
「まぁ、スパイク博士は殺されたとおっしゃるんですか? この平和なポンヌ島でそんな物騒な事件が?」
「余計な質問に答えるつもりはありません。極秘事項と言ったはずです」
「ということは、肯定しているようなものですわね」

 男は苦虫を噛み潰したような顔になる。

「だが問題はスパイク氏の死の理由ではありません。それよりも娘が父親を失い孤児となったのであれば、居場所はここしかないはずです。我々はその娘を探しているのです」

 ひとりがフォトグラフを差し出す。見るとそこには(いとけな)いメメルの横顔が映っていた。けれどミレニアに動揺の色はない。探りを入れられることなど、とうに想定していたことだ。アージェがメメルを孤児院に連れてきて、引き取ることを決めたあの日から。

「それは生きていれば、ということでしょう。博士の娘さんは重い病気だと聞いておりました」
「我々の情報網を侮ってもらっては困りますよ。彼女の死はいまだ未確認です」

 男は苛立ちをあらわにし、立ち上がってマザーを見下ろした。

「それではたしかめさせてもらいます」
「子供たちは今、食事中です。あなたがたは神のおぼしめしをいただく場に似つかわしくない客人です」
「ほぅ、全員集まっているならむしろ好都合と言えます。潔白を証明するには手っ取り早いではありませんか」
「まるで悪意を持ってその少女を匿っているような言い方ですね」
「『帝』のご意思に背けば、その行為は悪にほかなりませんから」

 男は言い捨てるとマザーの制止を振り切り食堂に踏み込んでゆく。食堂中の視線が男たちに集まった。ただならぬ気配を察した子供たちは皆、ぴたりと口を閉ざす。

 男たちはひとりひとりの顔をくまなく探ってゆく。何人かの少女の顎をくいと持ち上げ、顔を横に向けて写真と照合する。

 だが、目的の人物を特定するにはいたらない。メメルの姿はどこにもなかったのだ。男たちの顔が非対称に歪む。

「くっ、当てが外れたか……」

 しばらくして男たちは諦め、失望した表情で孤児院を出て飛行艇に乗り込んでいった。去り際に男のひとりがぼそっとつぶやく。

「これでこの島は調べ尽くした。誰が隠しているか知らないが、素直に応じれば助かったものを……」

 そして飛行艇は飛び立ち、宵闇の中へ消えていった。重くて昏い、不気味な飛行音を響かせながら。