「ところで、どうやって帝の本拠地であるハインゲル城を陥落させるんだ?」

 ピピンの家で囲炉裏を囲んでの作戦会議。サシャは深刻な顔で皆に尋ねた。大陸の民にとって、人間の世界は魔法文化が高度に発展した未知の領域である。

「現在、中央都市は堅牢な城壁で囲まれている。大陸の民の襲撃を警戒しているのだろう。まさに島自体が空の要塞だ」

 ドンペルはすでに下調べを進めていた。

「だが、いくらなんでも戦力が少なすぎないか? 我々の中でも飛龍を操れる者は戦力になる。存分に使ってくれ」

 サシャは前のめりでそう言う。戦う覚悟を決めているようだ。

「いや、これは人間が起こした不祥事だ。大陸の民と人間の間にこれ以上の軋轢を生じさせるわけにはいかない」
「むぅ、気遣いをさせてしまうとはかたじけない」

 ドンペルが諭すように言うと、サシャは身を引いて背中を背後の壁に預けて脱力する。

「城の警備が薄い時を狙って攻め入るのが最善でしょう。そんな好機があれば、の話ですが……」

 ラドラは勝算が見えないのか、困ったように頭を掻きながらそう言う。すると黙って聞いていたアージェが口を開く。

「たぶんあります。城がほとんど空っぽになる時間が」
「「「なんだと!?」」」

 ドンペル、ラドラ、そしてサシャが同時に声をあげた。ピピンとセリアも驚いてアージェの顔を見る。

「アージェはアストラル島を見たことすらないじゃない。それなのに何でそんなことがわかるのよ」

 セリアが疑問に満ちた顔で尋ねた。

「そうだけど――ヴェンダールが秘石を狙った目的を考えれば、たぶんそうなると思う」
「目的って……シャルロット女王の復活、ってことだよね」
「まもなくそれが行われることになるはずだ」
「まさか……帝は発動条件を揃えたっていうの?」
「ああ、間違いない」

 アージェはヴェルモア島での出来事を思い出す。プリマは消える間際に生命再生に必要な条件を教えてくれた。『鋳型となる肉体』、『生命再生の魔導書(アスト・ヴェルケロニック)』、そして『クイーン・オブ・ギムレット』。

 ヴェンダールは生命再生の魔法発動の条件のすべてを揃えたのだとアージェは確信している。

「だけど生命再生は禁忌の魔法だ。発動の瞬間、周囲にどんな影響が出るかもわからない。だから城内からすべての人を立ち退かせ、城を周囲から隔絶させた上で発動させると思う」

 アージェの推察に皆、驚きを隠せなかった。

「アージェ殿よ、よくぞひとりでそこまでの情報を得たものだ」

 それらはドンペルですら知り得ない情報だった。

「でもそれがいつ行われるかが問題じゃないの?」
「成功の保証のない魔法だから――たぶん3日後の夜中だよ」

 セリアが尋ねるとアージェは迷いなく答えた。

「3日後!? どうしてそう言い切れるのよ」

 アージェはリリコと観た街の夜景を思い出していた。月が消える夜に魔法は効力を失い空に昇華していた。つまりその逆であれば、魔力を最大限に凝縮できるのだ。

「魔力の期待値が最も高まるのは満月の夜。だからその時に生命再生の魔法を実行するはず」
「なるほどぉ。アージェって魔法を感じる力は昔から鋭かったもんね」

 セリアはしきりに感心していた。ラドラとドンペルがさらに作戦の議論を続ける。

「よし、その案に賭けてみますか。そうなると至急、アストラル島内を偵察する必要がありますな」
「だが儂、ラドラ、それにアージェはマークされているはずだ。一般人に扮しても入島は難しいだろう」
「けれどこの中には、ヴェンダールに敵として認識されていない者が、ふたり(・・・)だけいますよね」
「そのとおりだ」

 ドンペルの目がすっと横へ動く。視線を向けられたセリアは黙ってうなずいた。さらに皆の視線はセリアの隣の人物に移動した。

 そこには金髪の青年の姿があった。ブリリアンだ。

「へっ、僕が偵察役!?」

 ブリリアンはすっとんきょうな声を上げて青ざめる。

 その様子にサシャは肩をすくめ、アージェに小声で話しかける。

「――アレ(・・)は戦力になるのか?」

 サシャにそう聞かれたものの、アージェはさすがに首をひねるしかない。なにせ作戦会議が始まる直前まで飛行艇に隠れて震えていたのだから、存在意義に疑問を持たれるのも当然だ。ラドラとドンペルもひそひそ話をする。

「あの生徒は連れてこない方がよかったんじゃないですかね」
「いやまぁ……父君に『根性を叩き直していただけないか』とお願いされてしまったもので……」
「なるほど、アンドレア殿は断腸の思いで送り出したんでしょうな」
「だからこそ儂らはあの生徒を無事に帰還させなければならない。――別の意味での苦難になりそうだな」
「おっしゃる通りです」

 ふたりは苦笑いを浮かべるしかなかった。一方でサシャの表情がいよいよ険しくなる。

「女王とはいえ、多くの犠牲を払ってひとつの命を救うことになるのか。その権利は傲慢(ごうまん)と言わざるを得ないな」

 人間との戦いで多くの仲間を失ったサシャの怒りは言葉で語りきれるものではない。

「だが帝にとってシャルロット女王の命は万人の命よりも重いようだ。そのせいでどれだけの民が犠牲となったことか……」

 ドンペルはそう言って天井を仰ぐ。

「はっ! 帝ともあろう者が、その女王ひとりに狂わされてしまったのか。もしかして女王は魔女の類なのか?」

 サシャは吐き捨てるように言った。

「いや、女王は誰からも愛される女神のような存在だった。帝にとっては、女神そのものだったのかもしれん」

 アージェはその会話に耳を傾けて思う。アージェ自身の旅は、メメルの生命を復活させる手がかりを得るための冒険だった。けれど帝もまた、愛する者を復活させようと必死になっている。アストラルを支配する帝という強大な存在が、アージェ自身と重なって見えてしまう。

 帝自身、ほんとうは戦いなんて望んでいないのではないか。ただ、愛しい人に隣にいてほしいだけなのではないかと。

 話し合いの末、戦略が決定した。

 中央都市であるアストラル島に潜入し、タイミングを見計らってハインゲル城に攻め入る。その場でアナスタシア王女――リリコを救出し、帝とヴェンダールを討って降伏させる。

 そして秘石を取り戻し、大陸の民と不戦協定を結ばせる。そのシナリオで皆の意見は一致した。

「不退転の覚悟で挑むが、よいな?」
「「「おう!」」」

 これからアージェたちは、浮遊島の支配者である帝に対してクーデターを起こすのだ。