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翌朝、ふたりは長老や司祭、それにサシャに見送られながら森の中へと足を進めていった。大きな白木の箱はアージェが担ぎ、黒い化粧箱はピピンが抱きかかえる。
去り際に長老は「もしもたどり着けなければ、魔法の花火を打ち上げて報せてほしい」と言っていた。大陸の民でさえ、森から抜け出せなくなることがあるらしい。けれどアージェは疑問に思う。
「なあピピン、たどり着けないなんていうことあるのか?」
「ここは迷いの森だからね。メルス様は、そう簡単には姿を現さないって聞いているよ」
『クイーン・オブ・ギムレット』は強力な魔法を秘めている鉱石だ。生粋であるアージェは魔法の気配を探知できるし、ピピンもそのはずである。
しかし、森の中に魔法の気配は感じられない。目的の秘石がほんとうに存在するのか疑わしくなる。
「魔法の気配がないんだけど、メルス様ってほんとうにいるのかなぁ」
「いるはずだよ、メルス様は魔力をみずから封じているんだ」
「存在を悟られないようにするため、ってことか」
「たぶんね。警戒心が強くて会う相手を厳選しているんだと思う。なにせ世界を統べる秘石だよ? 狙われることも多いはずだし」
森は木々に覆われて薄暗く、霧が立ち込めている。巨大な岩山があたりを囲んでいて、隙間にはいびつな洞穴が待ち構えていた。地上とも地下ともいえない不思議な道が続く。
「でもたぶん、だいじょうぶだと思うんだ。きっと会えるよ」
「やけに自信ありげだな。なんでだ?」
「なんでかは、すぐにわかるよ。っていうか、アージェがわかっていないことが不思議なくらいだ」
「??」
ピピンの言うことが何を意味するのか、アージェには理解できなかった。
しばらく進むと道の分岐点に差しかかった。ピピンは足を止め、それぞれの道を慎重に目で探る。けれどどちらか決めあぐねている。
「地図は準備してなかったのか」
「ないよ。森は入り組んだ構造をしていて、しかもすぐに姿形を変えるから、地図を作る意味がないんだ」
「じゃあ、どうやってメルス様の元にたどりつくんだよ」
「ふふん、やっぱり知らなかったんだ。宝の持ち腐れだねー」
ピピンはからかうような顔でアージェの胸元を指さす。
「その秘石はメルス様の欠片だ。故郷である秘石へ導く力があるはずだよ」
「まじか!」
「だから掲げてみてくれない?」
「ああ、やってみるよ」
アージェはネックレスを首から外し、目の前に吊るしてみせる。すると、きん、と響く音がしてペンダントが光を放つ。光は右側の道を指し示した。それを見たピピンは瞳を輝かせる。
「ほら、やっぱりそうだよ。こっちが正解っていうことだ!」
進んでゆくと頭上に覆いかぶさる木々は土に変わり、光の届かない闇が広がり始める。足元は岩だらけの地面になっていた。湿気のせいで空気は重く、抜け出せなくなりそうな錯覚を覚える。
「ほんとうにこの道で正しいのかな?」
けれどピピンは光の差す方向を信じているようだ。
「意外と怖がりなんだね、アージェって」
「闇を恐れない人間はいないんじゃないか」
「あたしたち大陸の民は夜目が利くんだ。だから怖いなんて思わないけど。仕方ないなぁ」
ピピンは指先を立てて魔法を唱える。ぽっ、とオレンジ色の光がピピンの指に灯った。
「これでいいでしょ」
「すまない、助かるよ」
ペンダントの案内に沿っていくつもの分かれ道を進んでゆく。すると切り立った岩が多くなり、道幅が太くなってきた。土の匂いが薄らぎ、かわりに石灰の香りが鼻をくすぐる。道端には石筍や石柱が立ち並び、天井から水滴が滴って軽やかな音色を奏でていた。ピピンの魔法の光を反射させた石が複雑な色に輝く。いつのまにか別世界のような幻想的な空間に踏み込んでいた。
「不思議な場所だな。通り道が鍾乳洞になっているのか」
「この先はもっと神秘的な場所のはず。メルス様は飛龍で上空から探したって発見できない場所に現れるらしいから」
突然、目の前が広くなった。見上げると森と岩がドーム状になり、頭上を覆って光を遮っている。あたりにはさまざまな形状と色彩の石が並んでおり、まるで宇宙そのもののような、壮大な光景が展開されていた。その美しさに圧倒されて息をのむ。
「うわぁ……森の中にこんなに神秘的な場所があるなんて!」
ピピンが空間の中央にある大きな円形の鍾乳石を見つけて駆け寄る。
「ここだ、ここだよ! メルス様と謁見できるのは!」
ピピンは飛び上がって喜んでいる。
「ほんとうに着いたのか? それらしき姿はないんだけど」
「あたりまえだよ。ちゃんと感謝の気持ちを示さなくちゃ現れないって」
「供物を備えろってことか、意外と現金なんだな、メルス様って」
「神様に向かってそんな俗的なこと言わないの!」
ピピンはアージェを叱責しながら黒箱を台座の前に捧げた。アージェも白木の箱を隣に並べる。ピピンが後ずさりしてその場にひざまずき腕を組むと、アージェも隣でピピンの格好を真似た。
「どうかメルス様と謁見できますように……」
目を閉じて祈るピピン。けれど気配の変化はなく、空白の時間が流れてゆく。それでもピピンは会えると信じているようで、その場から動こうとはしない。
アージェはふと、心に引っかかっていたことを尋ねようと思った。
「ところでピピンに聞きたいことがあるんだけど」
「ん?」
「さっき言っていた、『天啓』っていったい何者なんだ?」
ピピンは腕を解いてまぶたを開き、アージェに向き直る。
「ああ、人間の協力者だよ。大きな城を持っていて、大陸を侵略する人間を倒してくれるんだ」
「それって、強い魔法使いなのか」
「ううん、魔法使いじゃなくて……城自体がすごい力を持っているの」
「城が……?」
「それも空に浮く城で、その中に人間が棲んでいるんだ。だから人間が造った浮遊島とでも言うべきなのかな」
そう聞いて、急にあたりの空気の温度が下がった気がした。その『天啓』というのはもしかして――。
「理由はわからないけれど、しばらく前に大きな故障をしちゃって大陸に落ちてきたんだ」
――やっぱりそうだ。グスタフ率いる浮遊要塞の武装集団だ。
その『故障』とは、ポンヌ島でメメルに撃退されたことに違いない。
察したアージェは背筋が凍りつく思いだった。味方なのかもしれないという淡い期待は粉々に砕け散った。
「でもしばらく前にあたしたちが大きな魔法鉱石を贈ったから、そのおかげでまた空を飛べるようになったんだよ」
ピピンは満面の笑みでそう語るが、アージェの思考は空回りを繰り返していた。
ふと長老の言葉を思い出す。たしかに『なにせ10年近くにわたり、我々大陸の民を人間の侵略から守ってくれていたのじゃ』と言っていた。
どうして奴らは大陸の民に力を貸しているのか。どうして軍の人間を撃退しているのか。さらに、どうして軍とは無関係なヴェルモア島行きの飛行艇を襲ったのか――。
目前に据え置かれた黒箱に視線を移す。長老はこの箱が『天啓』からの献上物だと言っていた。
黒箱は相も変わらず魔力を発していて、その強さはまったく変わっていない。いや、むしろ魔力の変動がないことは、きわめて不自然に思えた。
無機質な物質に魔力を封じ込めることは可能だが、魔法を行うのが人間である以上、一定の魔力のゆらぎが発生する。つまり、この魔力は誰かが込めた魔法ではなく、なんらかの魔具が放っているに違いないのだ。
考えを整理できずにいるところで、ピピンが驚嘆の声を上げた。
「まわりを見て、アージェ。あたりの鉱石が反応し始めたよ!」
周囲の鉱石から放たれる光は輝度を増しただけでなく、呼吸をするかのようにゆったりと点滅をし始めた。まるで何者かの来訪を迎えるかのように。
すると目の前の鍾乳石の上に、巨大な岩のかたまりがぼんやりと出現した。淡青色に光り、しだいに輪郭をあらわにしてゆく。それは複雑で不確かな形状な形をしていて、人間のようにも、植物のようにも、そして魔物のようにも見えた。
不思議なことに岩の中ではきらめく光が踊っていた。まるで永遠ともいえる命を宿しているかのようだ。奇妙でありながら芸術的で美しく、向けた視線が吸い込まれて離せなくなる。今まで目にしてきた鉱石と比べても、その規模と存在感は別格としか言いようがなかった。
「世界を統べる秘石――メルス様だっ!!」
「秘石は、ほんとうに存在したんだ……」
それを探し求めていたアージェだったが、いざ目の当たりにして驚きを隠せない。呼応するように胸のペンダントがいっそう眩しく輝いている。
アージェは秘石との謁見に立ち会うという奇跡に身震いがした。ピピンはうやうやしく秘石の前にひざまずく。
「メルス様、お会いできて光栄です。心ばかりですが、自然と魔法の恵みに対する感謝の証として供物をお受け取りください」
すると、ぱぁーんとおびただしい量の光があたりに跳ねた。ピピンは驚き顔を上げる。突然、脳内に澄んだ女性の声が流れ込む。
『よくぞ訪れたな、魔法の寵愛を受けた民族と人間よ』
優雅でありながらまっすぐ心に届く声。しかも秘石はアージェのことを人間だと認識している。アージェは反射的に背筋を伸ばした。
『私の庭にたどり着いた努力を認め、汝の願いを叶えよう』
するとピピンは地に伏して願いを口にする。
「大変厚かましいお願いでございますが、どうか鉱石の魔力を消滅させてほしいのです!」
秘石はしばらく何も答えなかった。静寂に流れゆく時間は、秘石そのものが『意思』を持ち、思考を巡らせているのだとふたりに伝えていた。
しばらくして、秘石の声がゆったりと響く。
『残念だが、すべての魔法鉱石は私の一部でもある。みずからの存在を消すことは叶わぬ願いだ』
「そんなっ!」
ピピンはがっくりとうなだれた。これまでの努力が叶わなかったのだから当然だ。けれど願いを叶えるかどうかは秘石次第なのだから仕方ない。
『しかしなぜ、汝は力の喪失を願うのだ』
「それは……すべての戦いに終止符を打つためです」
『ほう、そう考える者がひとりではなかったとは興味深い』
秘石の光が拍動し始める。あたかも興奮しているかのように、光の周期は早まってゆく。
「ひとりでは……ない?」
『不思議なものだ。かつて私は同じ願いを求められたことがあるのだ』
「えっ?」
秘石はしばらくの間を置いてから、ふたたび語り始める。まるでその時を思い出しているかのようだ。
『私の元を訪れた男の動機はやはり、ふたつの種族の争いを収めることだった。しかしそれが不可能だと知った男は、私から魔力を奪うことで世界の魔法を消滅させようとした』
それは壁画に描かれていた、アーク・シェプターという名前の男に違いない。裏切り者と呼ばれた、最強の魔法使いのことだ。
『そして私はその男の願いに応じた。その男の強い想いに未来を託したくなったのだ。なぜならその男は私の魔力を蓄える器となれるほどの、底知れぬ才覚を持っていたからだ。そしてその者は蓄えた魔力を自在に操ることができた』
魔力を消すだけではなく、蓄えて自身の力に変える能力。それこそが、アーク・シェプターが最強の魔法使いと呼ばれるゆえんだったのだ。
『けれど私の独占を許す者など、いるはずがなかった。裏切り者とみなされたばかりでなく、その男の血を継ぐ者もまた、危険な存在だと認識されたのだ』
壁画の物語を思い出す。アーク・シェプターは同族に殺され、人間の女性が赤子を連れて逃げていた。それは大陸の民に狙われた赤子を守る母親の姿だった。
『だが運命とは数奇なものだ。まさか長き時を経て赤子がこの場所に戻ってくるとは』
「「え……?」」
悠然とした秘石の語りの意味に驚いて、ピピンとアージェは顔を見合わせる。
「まさか、アージェって……」
「俺が、あの壁画の、魔法使いの、子供……?」
想像だにしなかった展開に驚き、言葉がうまく出てこない。けれど時間軸に矛盾はない。それどころか秘石の言葉が真実ならば、壁画の男の能力がアージェの能力と酷似していたことも、アージェの能力が人間の世界で唯一無二であることも矛盾なく説明されてしまうのだ。
『アーク・シェプターの息子よ、私は汝を歓迎する。この邂逅をたたえ、私は汝の願いに最善を尽くすことを約束しよう』
アージェは目を丸くした。もしも秘石の協力が得られるのなら、メメルの生命再生を叶えることができるかもしれない。ピピンに視線を向けると、ピピンも納得したようで静かにうなずいた。
「この謁見はアージェのためのものだったのかもしれないな。あたしはメルス様の御心に従うよ」
「すまないな、助けるつもりが助けられちまった」
「いいよ、あたしだってアージェに救われたからさ」
「そっか、ありがとな」
アージェは秘石に向き直り、首に掛けたペンダントを外す。目の前に掲げて願いを口にした。
「俺の願いは、このペンダントに込められた魂――」
その瞬間、激しい地響きとともに天井の木々が派手に揺れ、岩盤が崩れ落ちてきた。
「危ないッ!」
アージェはピピンを岩陰に押しやり、覆いかぶさってかばった。折れた木片がアージェに背中に降ってきたが、さいわい岩の直撃は免れた。
しばらくするとあたりは落ち着きを取り戻す。
「今のはいったい……」
頭上を仰ぐと、天井が砕け散ってぽっかりと穴を空けていた。その先には漆黒の夜空が広がっている。その光景は明らかに不自然だった。
――いや、今はまだ日中のはずだ。どうして空が深い闇に覆われているのか。
腕の中でピピンが震えている。
「どうして……どうして『天啓』が……」
「『天啓』!?」
そう言われてはじめて気づいた。頭上を覆っていたのは闇ではなく――そう、『浮遊要塞』そのものだったのだ。
ふたたび地面が揺れ、頭上から光が差し込んでくる。まるで三日月から半月へ、そして満月へ変貌するように。
天蓋を塞いでいた浮遊要塞が移動し始めたのだ。
アージェは供物のひとつである黒箱に目を向けると、やはり同じレベルの魔力を放出し続けていた。危険な匂いは感じなかったが、そう考えた自身の甘さを呪いたくなる。
――あれはやつらに位置を知らせる魔具だったんだ。
「あいつらは秘石を奪いにここに来たはずだ!」
「ええっ!? それならメルス様を守らないと!」
「いくらなんでも俺たちが敵う相手じゃないぞ!」
「あたしたち魔法の寵愛を受けた民族は、メルス様をお守りするのが使命なんだ。たとえ命に代えても!」
「簡単に死ぬなんて言うな。ピピンが死んだらみんなが悲しむんだ!」
アージェはピピンを岩陰に押し込んで身を隠す。息をひそめて浮遊要塞の動向をうかがう。
すると洞穴の中に数多の飛龍が流れ込んできた。咆哮をあげて暴れ狂いながら高度を下げてくる。
その頭には魔法鉱石が埋め込まれている。ポンヌ島が襲われた時と同じように、魔法で飛龍を操っているのだ。
「ひどい……飛龍たちをあんなふうに扱うなんて……」
「あいつらの本性は浮遊島を襲う武装集団だ。誰かを守ろうとするなんてこと、あるはずがないんだ」
「そんな……ずっと騙されていたなんて……」
「そして最大の『嘘』が、供物と称して渡したあの『黒箱』だ。あれは魔法発信器に違いない」
「じゃあ……あたしが奴らにメルス様の居場所を教えちゃったってこと?」
ピピンの表情は今にも崩れそうになる。
「違う! すべてはあいつらのせいだ! ピピンは何も悪くなんてないんだ!」
アージェははっきりと否定する。グスタフを信じたのはピピンだけじゃない。大陸の民は、長い時間をかけて徐々に信頼を植え付けられていったのだ。けれどサシャだけは人間である『天啓』を疑っていた。今となってはサシャが正しかったと言わざるを得ない。
セリアの入学試験で聞いた言葉が脳裏をよぎる。それは『誰かが軍の情報をグスタフに流している』という事実。
グスタフは流された軍の情報を用い、大陸の民と軍が衝突したところで大陸の民に加勢をする。そして信頼を積み上げてゆき、ついに神崇祭の供物を受け取らせるまでにいたった。
その供物に見せかけた『黒箱』が、浮遊要塞を秘石の元に導いたのだ。
けれど今まで誰もその事実に気づかなかったのは、浮遊要塞が加担した証拠が残らないよう、すべての目撃者を抹殺していたからだ。セリアの両親もそうして殺されたのだ。
だが、ふたりに救われたドンペルだけが生き残ることになった。だからその蜜月の関係に気づいたドンペルは、自身が暗殺されると察し、治外法権である魔法学院に身を潜めたのだと言っていた。
ならばヴェルモア島行きの飛行艇が浮遊要塞に撃ち落とされたのはどうしてか。そこに軍が危険と判断する人間が含まれていたからのはず。
そう、それはまさにアージェのことに違いない。だがアージェが狙われたとすれば、黒幕はアージェの能力を知り、それを警戒する人物ということになる。その人物が誰かなど、火を見るよりも明らかだった。そしてその人物は、他人を巻き添えにすることを躊躇しない、残酷な知性の持ち主だ。
――ヴェンダァァァァァル!!
湧き上がる怒りで全身がわなわなと震える。叫びたい声を殺そうと唇を噛み、血が滲んで鉄の味がした。
飛龍が次々と地上に舞い降りる。秘石を囲い込むと、最初に軍服を纏う屈強そうな男が降りてきた。髪がないぶん髭が濃く、まさに軍人を絵に描いたような風貌だった。アージェはその顔に見覚えがあった。ポンヌ島が襲われた時、雲に投影された男の顔。浮遊島の総帥グスタフだ。
グスタフは悠々と飛龍から降りて大剣を構えた。
「ふはははは、長かったが、ようやくここまで来た。これで俺はクイーン・オブ・ギムレットを手に入れた男として歴史の一幕を飾るわけだ」
部下の祝福を受けながら、秘石に向かって悠々と足を進めるグスタフ。秘石に向かって剣を構えた。
アージェはその光景を直視できず、まぶたを閉じた。その瞬間――抱きかかえていたはずのピピンがアージェの腕から抜け出していた。
「おまえら、メルス様に手を出すなァァァ!」
ピピンは無謀にもグスタフに立ち向かう。駆けながら手のひらに炎の玉を浮かび上がらせた。グスタフは野心が滾る瞳でピピンを捉える。
「おやおや、供物を運んだ魔族が一匹、潜んでいたようだ。ご苦労だったな。だがこの場に居合わせた以上、生きて帰れると思うなよ。――殺れ」
魔法使いの構える魔法銃がいっせいにピピンに向けられる。
――ピピンが危ない!
同時にアージェも魔法の詠唱を開始した。
――『魔禁瘴・終焉の宴!』
だが、アージェが魔法の詠唱を終える直前、ピピンに向かって魔法銃の雨が降り注いだ。
翌朝、ふたりは長老や司祭、それにサシャに見送られながら森の中へと足を進めていった。大きな白木の箱はアージェが担ぎ、黒い化粧箱はピピンが抱きかかえる。
去り際に長老は「もしもたどり着けなければ、魔法の花火を打ち上げて報せてほしい」と言っていた。大陸の民でさえ、森から抜け出せなくなることがあるらしい。けれどアージェは疑問に思う。
「なあピピン、たどり着けないなんていうことあるのか?」
「ここは迷いの森だからね。メルス様は、そう簡単には姿を現さないって聞いているよ」
『クイーン・オブ・ギムレット』は強力な魔法を秘めている鉱石だ。生粋であるアージェは魔法の気配を探知できるし、ピピンもそのはずである。
しかし、森の中に魔法の気配は感じられない。目的の秘石がほんとうに存在するのか疑わしくなる。
「魔法の気配がないんだけど、メルス様ってほんとうにいるのかなぁ」
「いるはずだよ、メルス様は魔力をみずから封じているんだ」
「存在を悟られないようにするため、ってことか」
「たぶんね。警戒心が強くて会う相手を厳選しているんだと思う。なにせ世界を統べる秘石だよ? 狙われることも多いはずだし」
森は木々に覆われて薄暗く、霧が立ち込めている。巨大な岩山があたりを囲んでいて、隙間にはいびつな洞穴が待ち構えていた。地上とも地下ともいえない不思議な道が続く。
「でもたぶん、だいじょうぶだと思うんだ。きっと会えるよ」
「やけに自信ありげだな。なんでだ?」
「なんでかは、すぐにわかるよ。っていうか、アージェがわかっていないことが不思議なくらいだ」
「??」
ピピンの言うことが何を意味するのか、アージェには理解できなかった。
しばらく進むと道の分岐点に差しかかった。ピピンは足を止め、それぞれの道を慎重に目で探る。けれどどちらか決めあぐねている。
「地図は準備してなかったのか」
「ないよ。森は入り組んだ構造をしていて、しかもすぐに姿形を変えるから、地図を作る意味がないんだ」
「じゃあ、どうやってメルス様の元にたどりつくんだよ」
「ふふん、やっぱり知らなかったんだ。宝の持ち腐れだねー」
ピピンはからかうような顔でアージェの胸元を指さす。
「その秘石はメルス様の欠片だ。故郷である秘石へ導く力があるはずだよ」
「まじか!」
「だから掲げてみてくれない?」
「ああ、やってみるよ」
アージェはネックレスを首から外し、目の前に吊るしてみせる。すると、きん、と響く音がしてペンダントが光を放つ。光は右側の道を指し示した。それを見たピピンは瞳を輝かせる。
「ほら、やっぱりそうだよ。こっちが正解っていうことだ!」
進んでゆくと頭上に覆いかぶさる木々は土に変わり、光の届かない闇が広がり始める。足元は岩だらけの地面になっていた。湿気のせいで空気は重く、抜け出せなくなりそうな錯覚を覚える。
「ほんとうにこの道で正しいのかな?」
けれどピピンは光の差す方向を信じているようだ。
「意外と怖がりなんだね、アージェって」
「闇を恐れない人間はいないんじゃないか」
「あたしたち大陸の民は夜目が利くんだ。だから怖いなんて思わないけど。仕方ないなぁ」
ピピンは指先を立てて魔法を唱える。ぽっ、とオレンジ色の光がピピンの指に灯った。
「これでいいでしょ」
「すまない、助かるよ」
ペンダントの案内に沿っていくつもの分かれ道を進んでゆく。すると切り立った岩が多くなり、道幅が太くなってきた。土の匂いが薄らぎ、かわりに石灰の香りが鼻をくすぐる。道端には石筍や石柱が立ち並び、天井から水滴が滴って軽やかな音色を奏でていた。ピピンの魔法の光を反射させた石が複雑な色に輝く。いつのまにか別世界のような幻想的な空間に踏み込んでいた。
「不思議な場所だな。通り道が鍾乳洞になっているのか」
「この先はもっと神秘的な場所のはず。メルス様は飛龍で上空から探したって発見できない場所に現れるらしいから」
突然、目の前が広くなった。見上げると森と岩がドーム状になり、頭上を覆って光を遮っている。あたりにはさまざまな形状と色彩の石が並んでおり、まるで宇宙そのもののような、壮大な光景が展開されていた。その美しさに圧倒されて息をのむ。
「うわぁ……森の中にこんなに神秘的な場所があるなんて!」
ピピンが空間の中央にある大きな円形の鍾乳石を見つけて駆け寄る。
「ここだ、ここだよ! メルス様と謁見できるのは!」
ピピンは飛び上がって喜んでいる。
「ほんとうに着いたのか? それらしき姿はないんだけど」
「あたりまえだよ。ちゃんと感謝の気持ちを示さなくちゃ現れないって」
「供物を備えろってことか、意外と現金なんだな、メルス様って」
「神様に向かってそんな俗的なこと言わないの!」
ピピンはアージェを叱責しながら黒箱を台座の前に捧げた。アージェも白木の箱を隣に並べる。ピピンが後ずさりしてその場にひざまずき腕を組むと、アージェも隣でピピンの格好を真似た。
「どうかメルス様と謁見できますように……」
目を閉じて祈るピピン。けれど気配の変化はなく、空白の時間が流れてゆく。それでもピピンは会えると信じているようで、その場から動こうとはしない。
アージェはふと、心に引っかかっていたことを尋ねようと思った。
「ところでピピンに聞きたいことがあるんだけど」
「ん?」
「さっき言っていた、『天啓』っていったい何者なんだ?」
ピピンは腕を解いてまぶたを開き、アージェに向き直る。
「ああ、人間の協力者だよ。大きな城を持っていて、大陸を侵略する人間を倒してくれるんだ」
「それって、強い魔法使いなのか」
「ううん、魔法使いじゃなくて……城自体がすごい力を持っているの」
「城が……?」
「それも空に浮く城で、その中に人間が棲んでいるんだ。だから人間が造った浮遊島とでも言うべきなのかな」
そう聞いて、急にあたりの空気の温度が下がった気がした。その『天啓』というのはもしかして――。
「理由はわからないけれど、しばらく前に大きな故障をしちゃって大陸に落ちてきたんだ」
――やっぱりそうだ。グスタフ率いる浮遊要塞の武装集団だ。
その『故障』とは、ポンヌ島でメメルに撃退されたことに違いない。
察したアージェは背筋が凍りつく思いだった。味方なのかもしれないという淡い期待は粉々に砕け散った。
「でもしばらく前にあたしたちが大きな魔法鉱石を贈ったから、そのおかげでまた空を飛べるようになったんだよ」
ピピンは満面の笑みでそう語るが、アージェの思考は空回りを繰り返していた。
ふと長老の言葉を思い出す。たしかに『なにせ10年近くにわたり、我々大陸の民を人間の侵略から守ってくれていたのじゃ』と言っていた。
どうして奴らは大陸の民に力を貸しているのか。どうして軍の人間を撃退しているのか。さらに、どうして軍とは無関係なヴェルモア島行きの飛行艇を襲ったのか――。
目前に据え置かれた黒箱に視線を移す。長老はこの箱が『天啓』からの献上物だと言っていた。
黒箱は相も変わらず魔力を発していて、その強さはまったく変わっていない。いや、むしろ魔力の変動がないことは、きわめて不自然に思えた。
無機質な物質に魔力を封じ込めることは可能だが、魔法を行うのが人間である以上、一定の魔力のゆらぎが発生する。つまり、この魔力は誰かが込めた魔法ではなく、なんらかの魔具が放っているに違いないのだ。
考えを整理できずにいるところで、ピピンが驚嘆の声を上げた。
「まわりを見て、アージェ。あたりの鉱石が反応し始めたよ!」
周囲の鉱石から放たれる光は輝度を増しただけでなく、呼吸をするかのようにゆったりと点滅をし始めた。まるで何者かの来訪を迎えるかのように。
すると目の前の鍾乳石の上に、巨大な岩のかたまりがぼんやりと出現した。淡青色に光り、しだいに輪郭をあらわにしてゆく。それは複雑で不確かな形状な形をしていて、人間のようにも、植物のようにも、そして魔物のようにも見えた。
不思議なことに岩の中ではきらめく光が踊っていた。まるで永遠ともいえる命を宿しているかのようだ。奇妙でありながら芸術的で美しく、向けた視線が吸い込まれて離せなくなる。今まで目にしてきた鉱石と比べても、その規模と存在感は別格としか言いようがなかった。
「世界を統べる秘石――メルス様だっ!!」
「秘石は、ほんとうに存在したんだ……」
それを探し求めていたアージェだったが、いざ目の当たりにして驚きを隠せない。呼応するように胸のペンダントがいっそう眩しく輝いている。
アージェは秘石との謁見に立ち会うという奇跡に身震いがした。ピピンはうやうやしく秘石の前にひざまずく。
「メルス様、お会いできて光栄です。心ばかりですが、自然と魔法の恵みに対する感謝の証として供物をお受け取りください」
すると、ぱぁーんとおびただしい量の光があたりに跳ねた。ピピンは驚き顔を上げる。突然、脳内に澄んだ女性の声が流れ込む。
『よくぞ訪れたな、魔法の寵愛を受けた民族と人間よ』
優雅でありながらまっすぐ心に届く声。しかも秘石はアージェのことを人間だと認識している。アージェは反射的に背筋を伸ばした。
『私の庭にたどり着いた努力を認め、汝の願いを叶えよう』
するとピピンは地に伏して願いを口にする。
「大変厚かましいお願いでございますが、どうか鉱石の魔力を消滅させてほしいのです!」
秘石はしばらく何も答えなかった。静寂に流れゆく時間は、秘石そのものが『意思』を持ち、思考を巡らせているのだとふたりに伝えていた。
しばらくして、秘石の声がゆったりと響く。
『残念だが、すべての魔法鉱石は私の一部でもある。みずからの存在を消すことは叶わぬ願いだ』
「そんなっ!」
ピピンはがっくりとうなだれた。これまでの努力が叶わなかったのだから当然だ。けれど願いを叶えるかどうかは秘石次第なのだから仕方ない。
『しかしなぜ、汝は力の喪失を願うのだ』
「それは……すべての戦いに終止符を打つためです」
『ほう、そう考える者がひとりではなかったとは興味深い』
秘石の光が拍動し始める。あたかも興奮しているかのように、光の周期は早まってゆく。
「ひとりでは……ない?」
『不思議なものだ。かつて私は同じ願いを求められたことがあるのだ』
「えっ?」
秘石はしばらくの間を置いてから、ふたたび語り始める。まるでその時を思い出しているかのようだ。
『私の元を訪れた男の動機はやはり、ふたつの種族の争いを収めることだった。しかしそれが不可能だと知った男は、私から魔力を奪うことで世界の魔法を消滅させようとした』
それは壁画に描かれていた、アーク・シェプターという名前の男に違いない。裏切り者と呼ばれた、最強の魔法使いのことだ。
『そして私はその男の願いに応じた。その男の強い想いに未来を託したくなったのだ。なぜならその男は私の魔力を蓄える器となれるほどの、底知れぬ才覚を持っていたからだ。そしてその者は蓄えた魔力を自在に操ることができた』
魔力を消すだけではなく、蓄えて自身の力に変える能力。それこそが、アーク・シェプターが最強の魔法使いと呼ばれるゆえんだったのだ。
『けれど私の独占を許す者など、いるはずがなかった。裏切り者とみなされたばかりでなく、その男の血を継ぐ者もまた、危険な存在だと認識されたのだ』
壁画の物語を思い出す。アーク・シェプターは同族に殺され、人間の女性が赤子を連れて逃げていた。それは大陸の民に狙われた赤子を守る母親の姿だった。
『だが運命とは数奇なものだ。まさか長き時を経て赤子がこの場所に戻ってくるとは』
「「え……?」」
悠然とした秘石の語りの意味に驚いて、ピピンとアージェは顔を見合わせる。
「まさか、アージェって……」
「俺が、あの壁画の、魔法使いの、子供……?」
想像だにしなかった展開に驚き、言葉がうまく出てこない。けれど時間軸に矛盾はない。それどころか秘石の言葉が真実ならば、壁画の男の能力がアージェの能力と酷似していたことも、アージェの能力が人間の世界で唯一無二であることも矛盾なく説明されてしまうのだ。
『アーク・シェプターの息子よ、私は汝を歓迎する。この邂逅をたたえ、私は汝の願いに最善を尽くすことを約束しよう』
アージェは目を丸くした。もしも秘石の協力が得られるのなら、メメルの生命再生を叶えることができるかもしれない。ピピンに視線を向けると、ピピンも納得したようで静かにうなずいた。
「この謁見はアージェのためのものだったのかもしれないな。あたしはメルス様の御心に従うよ」
「すまないな、助けるつもりが助けられちまった」
「いいよ、あたしだってアージェに救われたからさ」
「そっか、ありがとな」
アージェは秘石に向き直り、首に掛けたペンダントを外す。目の前に掲げて願いを口にした。
「俺の願いは、このペンダントに込められた魂――」
その瞬間、激しい地響きとともに天井の木々が派手に揺れ、岩盤が崩れ落ちてきた。
「危ないッ!」
アージェはピピンを岩陰に押しやり、覆いかぶさってかばった。折れた木片がアージェに背中に降ってきたが、さいわい岩の直撃は免れた。
しばらくするとあたりは落ち着きを取り戻す。
「今のはいったい……」
頭上を仰ぐと、天井が砕け散ってぽっかりと穴を空けていた。その先には漆黒の夜空が広がっている。その光景は明らかに不自然だった。
――いや、今はまだ日中のはずだ。どうして空が深い闇に覆われているのか。
腕の中でピピンが震えている。
「どうして……どうして『天啓』が……」
「『天啓』!?」
そう言われてはじめて気づいた。頭上を覆っていたのは闇ではなく――そう、『浮遊要塞』そのものだったのだ。
ふたたび地面が揺れ、頭上から光が差し込んでくる。まるで三日月から半月へ、そして満月へ変貌するように。
天蓋を塞いでいた浮遊要塞が移動し始めたのだ。
アージェは供物のひとつである黒箱に目を向けると、やはり同じレベルの魔力を放出し続けていた。危険な匂いは感じなかったが、そう考えた自身の甘さを呪いたくなる。
――あれはやつらに位置を知らせる魔具だったんだ。
「あいつらは秘石を奪いにここに来たはずだ!」
「ええっ!? それならメルス様を守らないと!」
「いくらなんでも俺たちが敵う相手じゃないぞ!」
「あたしたち魔法の寵愛を受けた民族は、メルス様をお守りするのが使命なんだ。たとえ命に代えても!」
「簡単に死ぬなんて言うな。ピピンが死んだらみんなが悲しむんだ!」
アージェはピピンを岩陰に押し込んで身を隠す。息をひそめて浮遊要塞の動向をうかがう。
すると洞穴の中に数多の飛龍が流れ込んできた。咆哮をあげて暴れ狂いながら高度を下げてくる。
その頭には魔法鉱石が埋め込まれている。ポンヌ島が襲われた時と同じように、魔法で飛龍を操っているのだ。
「ひどい……飛龍たちをあんなふうに扱うなんて……」
「あいつらの本性は浮遊島を襲う武装集団だ。誰かを守ろうとするなんてこと、あるはずがないんだ」
「そんな……ずっと騙されていたなんて……」
「そして最大の『嘘』が、供物と称して渡したあの『黒箱』だ。あれは魔法発信器に違いない」
「じゃあ……あたしが奴らにメルス様の居場所を教えちゃったってこと?」
ピピンの表情は今にも崩れそうになる。
「違う! すべてはあいつらのせいだ! ピピンは何も悪くなんてないんだ!」
アージェははっきりと否定する。グスタフを信じたのはピピンだけじゃない。大陸の民は、長い時間をかけて徐々に信頼を植え付けられていったのだ。けれどサシャだけは人間である『天啓』を疑っていた。今となってはサシャが正しかったと言わざるを得ない。
セリアの入学試験で聞いた言葉が脳裏をよぎる。それは『誰かが軍の情報をグスタフに流している』という事実。
グスタフは流された軍の情報を用い、大陸の民と軍が衝突したところで大陸の民に加勢をする。そして信頼を積み上げてゆき、ついに神崇祭の供物を受け取らせるまでにいたった。
その供物に見せかけた『黒箱』が、浮遊要塞を秘石の元に導いたのだ。
けれど今まで誰もその事実に気づかなかったのは、浮遊要塞が加担した証拠が残らないよう、すべての目撃者を抹殺していたからだ。セリアの両親もそうして殺されたのだ。
だが、ふたりに救われたドンペルだけが生き残ることになった。だからその蜜月の関係に気づいたドンペルは、自身が暗殺されると察し、治外法権である魔法学院に身を潜めたのだと言っていた。
ならばヴェルモア島行きの飛行艇が浮遊要塞に撃ち落とされたのはどうしてか。そこに軍が危険と判断する人間が含まれていたからのはず。
そう、それはまさにアージェのことに違いない。だがアージェが狙われたとすれば、黒幕はアージェの能力を知り、それを警戒する人物ということになる。その人物が誰かなど、火を見るよりも明らかだった。そしてその人物は、他人を巻き添えにすることを躊躇しない、残酷な知性の持ち主だ。
――ヴェンダァァァァァル!!
湧き上がる怒りで全身がわなわなと震える。叫びたい声を殺そうと唇を噛み、血が滲んで鉄の味がした。
飛龍が次々と地上に舞い降りる。秘石を囲い込むと、最初に軍服を纏う屈強そうな男が降りてきた。髪がないぶん髭が濃く、まさに軍人を絵に描いたような風貌だった。アージェはその顔に見覚えがあった。ポンヌ島が襲われた時、雲に投影された男の顔。浮遊島の総帥グスタフだ。
グスタフは悠々と飛龍から降りて大剣を構えた。
「ふはははは、長かったが、ようやくここまで来た。これで俺はクイーン・オブ・ギムレットを手に入れた男として歴史の一幕を飾るわけだ」
部下の祝福を受けながら、秘石に向かって悠々と足を進めるグスタフ。秘石に向かって剣を構えた。
アージェはその光景を直視できず、まぶたを閉じた。その瞬間――抱きかかえていたはずのピピンがアージェの腕から抜け出していた。
「おまえら、メルス様に手を出すなァァァ!」
ピピンは無謀にもグスタフに立ち向かう。駆けながら手のひらに炎の玉を浮かび上がらせた。グスタフは野心が滾る瞳でピピンを捉える。
「おやおや、供物を運んだ魔族が一匹、潜んでいたようだ。ご苦労だったな。だがこの場に居合わせた以上、生きて帰れると思うなよ。――殺れ」
魔法使いの構える魔法銃がいっせいにピピンに向けられる。
――ピピンが危ない!
同時にアージェも魔法の詠唱を開始した。
――『魔禁瘴・終焉の宴!』
だが、アージェが魔法の詠唱を終える直前、ピピンに向かって魔法銃の雨が降り注いだ。