「メメル、今日は素晴らしい活躍だったわね。特に最後の追い上げはすごかったわ」

 二十人の孤児たちと三人のマザーが集う夕食の席。マザーのひとり、ミレニアはメメルの活躍を褒め称える。

 ミレニアは三十代の凛とした美顔のマザーで、ポンヌ孤児院のマザーの中では一番若い。海の神メネトリウスの敬虔な信徒でもある。マザーは自己犠牲をいとわず他者の幸福を願うことのできる者にしか務まらない職と言えた。

 ミレニアの慈愛の笑顔は、いつだって孤児たちを安心させてくれる。

「途中で風にあおられてバランス崩れたけど、頑張ってついていったら巻き返せたよ。でも危なかったぁ~」

 隣のアージェはメメルの頭に手のひらを乗せてぽんぽんとする。メメルは照れくさそうにはにかんだ。

「今日はほんとうによくやったな。十日後の本選に向けてゆっくり休めよ」
「だいじょーぶ、ぜんぜん元気だって! 明日も練習するよ? へへ~♪」

 辛口のアージェも今日ばかりはメメルの活躍に誉め言葉を惜しまない。けれどその裏にアージェの働きがあったことはけっして口にしない。

「セリア姉ちゃんも応援ありがとねー!」
「メメルちゃん、こんなに勢いがあるならそのまま本戦で勝利して、ギムレット採掘家になれちゃうと思うな」
「あたし、採掘王になるー! それでいろんな島を飛び回るんだー!」

 立ち上がって両手を広げ、すいーっとテーブルの周りを駆け回る。

「おいメメル、まだ食事中だろ。行儀悪いと将来、嫁のもらい手がなくなるぞ」
「なくっていいよ! だってアージェがもらってくれるもんねー」
「んなわけねーだろ。誰がおまえみたいなガキンチョ相手にするかってんだ」
「むぅぅ、いつかぷりっぷりの大人になってやるからなー! その言葉を後悔してもおそいんだぞー!」

 まぁ、今日だけは言い負かされてやろう、それだけの頑張りを見せたんだから、とアージェは寛容な気持ちになった。

 隣のセリアがアージェにそっと耳打ちをする。

「ところでアージェ、進路、決めたの?」
「あー……」

 十八歳になれば一端(いっぱし)の大人として扱われるため、独り立ちをしなければならない。孤児院に対する政府の支援は、その年齢が上限となっているのだ。

 セリアは学業で優秀な成績を収めていたので、魔法学院の受験を決めている。受かれば学費および生活費は政府が負担し、将来、魔法開発に携わる仕事を得ることができるのだ。しかも、セリアはおそらく入学資格を手にできる。なぜなら――先天的な風の魔法の才覚と、歴代にわたり政府に仕えていた由緒ある家系の末裔という箔があるからだ。

 一方、アージェが持っているのは、ただ「魔法を消す」という、生産性のない魔法技術にすぎない。だから生粋(ギフテッド)とはいえ、輝かしい未来を期待できるものではない。

「うーん、グライダー本戦の結果が出たら考えようかな、って思ってる」

 それはアージェがメメルの試合の結果により自身の道を選ぶことを意味していた。

「あと半年もないのよ。メメルちゃんが勝てなければ、ここに残って孤児院の手伝いでもするつもり?」
「そのまさかだったら、何か悪いのか?」

 メメルの挑戦に結果がついてこなければ、アージェはそうする腹づもりだった。なぜならアージェは自分がメメルにとって必要な存在だと信じているのだから。

 けれどメメルにばかり気を取られるアージェに、セリアは釈然としない気持ちになる。子供たちはたくさんいるのに、どうしてメメルちゃんばかりを大切に扱うのか、と。

「わたしたちはだれの手助けもないのよ。自分で自分を成長させなくちゃ、未来なんて見えてこないの。わかってる?」
「でもさ、描いた未来が叶うかなんて何の保証もないだろ。それに――ひとたび戦争が起きればお先真っ暗だ。たとえば浮遊要塞の襲来とか、さ」
「そんな怖いこと言わないでよ!」

 アージェが口にした『浮遊要塞』とは、ギムレットの魔力で空に浮かび、島を襲って金品や食糧を奪ってゆく武装集団の『城』である。彼らの本拠地は浮遊島ではなく、大陸のどこかに存在すると言われている。いくつもの島が彼らによって滅ぼされた。

「噂では、浮遊要塞の総帥は『クイーン・オブ・ギムレット』を捜しているらしいよ」
「ふん、そうなのか。――やっぱり見つかったらやばいよな」

 アージェは意味ありげにつぶやく。

「えっ、その秘石のありか、何か知ってるの?」
「いや、別にそういう意味じゃ……」
「そりゃあそうよね。――でもどこにあるんだろうねぇ、その秘石っていうのは」

 セリアはそう言いながら頬杖をついてアージェを見やる。

 自分ではなく、メメルに優し気な視線を向ける、その端正な横顔を。