――数日ほど前に遡る。

 魔法学院のホールには、セリアとクラスメートたちが集まっていた。皆、魔晶板通信に目が釘付けだ。見上げる表情は不安と憔悴で埋めつくされている。

 セリアは無言で身を乗り出していた。安心を手に入れたくて続報を待っていたから、昼食に手をつけられるはずもなかった。続報が魔晶板に流れ始める。

『――ヴェルモア島行きの飛行艇の行方はいまだ明らかになっておりません。ただ、消息を絶った場所は大陸(コンタナ)の上空と判明しました。したがって乗客の生存は絶望的と思われます』

 セリアの表情は冷たく固まっていた。事情を聞かされていた友人のルイーズは、セリアの横顔を見て心配そうな顔をする。けれど現実は無情だった。

『中央都市の派遣員が現地の調査を行い、消息不明となっている者のリストを公開いたしました――』

 流れてくる名前のひとつを見つけ、セリアはついに崩れ落ちた。

『アージェ・ブランク』

 嗚咽をあげるセリアを介抱するルイーズ。生徒たちは皆、気の毒そうにセリアを見ていた。

 悲痛な沈黙が支配する中、セリアに歩み寄る金髪の青年がいた。ブリリアンだ。ルイーズは空気が読めていないと思ったのか、ブリリアンを非難的な目で睨みつける。けれどブリリアンは構わずセリアに語りかけた。

「セリア、大陸(コンタナ)を見に行こう」
「え……?」

 セリアは涙顔のまま驚いてブリリアンを見上げる。

「父さんに頼んでみるよ。父さんの飛行艇なら、魔族の攻撃にだって屈することはないだろうから」
「でっ、でも……」
「行きたいんだろ? あいつがどうなったか見届けてやれよ」

 ルイーズはブリリアンの意図を察して顔を歪めた。

「……なんてことを言うのよブリリアン。まるでアージェの死をたしかめたいみたいな言い方ね!」
「ああ、そうだよ、決まってんだろ!」

 ブリリアンは胸に手を当てて前のめりになり、強気で言い返す。

「あいつは気に入らないやつだけど、僕が仲間の死を願ったりするわけないだろ! ただ、生きているかもっていう妄想に囚われたら、セリアは一生、あいつの存在に縛られちまうと思ったからだよ!」

 ブリリアンがアージェを「仲間」と呼んだことに、セリアの心がとくんと震えた。彼が差し伸べる手を振り払いたくなんてない。セリアは迷わず立ち上がった。

「お願いブリリアン、わたし、自分がどうなってもいいから、大陸(コンタナ)に行ってみたい!」

 そう答えた瞬間、背後から重く厳しい声が響いた。

「それは許さんぞ、セリア・フォスター、それにブリリアン・ビリンゴよ」

 振り向くとそこにはラドラ・ホーラの姿があった。

「ラドラ先生!」

 セリアはすぐさまラドラ・ホーラにすがりつく。

「お願いします、退学になっても構いません。どうか……どうか大陸(コンタナ)に向かうのをお許しください!」
「はっ、この命知らずが。人間が大陸(コンタナ)に足を踏み入れるなど自殺行為に等しいだろうが。魔族に八つ裂きにされ、動物の餌になりたければ別だがな」

 容赦ない言葉にセリアはうなだれて口を閉ざす。ブリリアンも唇をかみしめ身を震わせる。けれど次に続く言葉は、ふたりにとって想像だにしないものだった。

「――ただし、俺がいれば話は別だ。理由はともあれ、俺は大陸の内情に精通しているうえ、魔族に顔が利くからな」

 セリアとブリリアンは驚き目を見開いた。生徒たちの視線がラドラに集中する。同時に生徒たちの間を割って、もうひとりの教師が前へ出る。ドンペルだ。

大陸(コンタナ)の探索ならば、この老体でも役に立つだろう。儂もかつては精鋭部隊(クーケンス)のひとりとして赴いておったからな」
「ドンペル先生!?」
「なに、アージェ殿が危機に瀕しているかもしれないと聞いて、黙っておれなくての。なにせ儂は彼に恩があるからな」

 入学試験の時、ドンペルに対するセリアの暴走に歯止めをかけたのがアージェだった。

「万一の時、セリア・フォスターは必ずそう言い出すと踏んでおった。だからガーベラ学院長にも許可は取っておる。無論、ふたつ返事だったわ」

 聞いたラドラは口を弓型にしならせる。

「ククク……ドンペル先生もひとが悪いですなぁ。俺に内緒でそんな先回りなど」
「どうせ行き着く結論は同じ場所なのだろう?」
「ごもっともです」

 戦う者のまなざしで笑みをこぼすふたりを見たセリアの目からとめどなく涙が溢れだす。

「あっ……ありがとうございますッ!」

 ドンペルは視線をブリリアンに移す。

「それではブリリアン殿、おぬしの父上に飛行艇の貸出をお願いしたい。操縦は儂かラドラがおこなうから操縦士は不要だ。だから四人用で頼む」

 その「四人」とは、ラドラ、ドンペル、セリア、それに――アージェを指しているのは明白だった。生きて帰る可能性を、ドンペルは捨ててはいなかった。

 けれどブリリアンは異議を唱える。
 
「おねがいです、僕も連れて行ってくださいッ!」
「いや、それは遠慮しておこう」

 ラドラはあっさりと首を振った。いくら生粋(ギフテッド)とはいえ、きみは戦力外にも程がある、と言わんばかりに。けれどブリリアンはやすやすと折れない。

「このまま僕を置いていくなんて許せないですッ! いや、ヘタレ扱いのままあいつを見送るなんて、僕が僕自身を許せないんだッ!」

 ブリリアンの瞳には、彼の魔法属性である炎が激しく燃え上がっていた。

 ドンペルとラドラはやれやれという顔をした。こればかりは生徒の命に関わることだ。彼はセリアとは事情が違い、けっして当事者ではない。許可を出すのであれば、それは教師の役目ではないはずだ。

 ふたりは顔を見合わせてうなずく。この判断はブリリアンの父であるアンドレアに託そう、という意味を込めて。