こぽぽん、こぽぽん。

 城の地下にある研究室では、魔女が大きな壺で具材を煮立てている。プリマは調合室の隅に立ち、その様子を静かに見ていた。もう何時間経つのか、プリマ自身にもわからなかった。

 夜が訪れ、アージェはひとりで休息をとっている。癒えずに重なる傷と極度の疲労のせいで死んだように眠っているはずだ。挑戦は今日で五日目になるが、いまだ成功の兆しはない。

 不意に魔女が手を止めプリマに尋ねる。

「ところでプリマよ、あの青年の心は折れそうか?」
「……いえ、いまだ瞳の輝きを失ってはおりません」

 プリマはよそよそしい表情で答える。

「まったく往生際が悪いね。早々に諦めれば傷が少なくて済むというのに。だが、それも時間の問題じゃな」
「けれど、彼は課題を成功させるのではないかと思います。今までの者とは心意気が違いますから」
「ほっほ。その時はワタシが腕によりをかけて造り上げよう。お望み通り、あの少女の姿を模した傀儡をな。――なあに、男なんてそれで満足するものさ」

 魔女は視線を部屋の奥へと移す。そこには人の背丈の二倍ほどある『水槽』が設置されている。青い幻想的な光を放つ液体で満たされており、その中にはゆらゆらと浮かぶ『いきもの』の姿があった。能面のように表情を失った顔。手足はまだ細く、指の形すらできていない。『いきもの』は液体の中で喘ぐように口を開閉し、目は虚ろな半開きで生気は感じられなかった。

 魔法の力で作られた傀儡を、魔女は思い通りに操ることができる。魂を吹き込まずとも、生きているように見せかけることができるのだ。

「自律した生命を創り出す研究……うまくいきそうですか」
「黙っておれ! おまえは何の役にも立たんじゃろが」

 プリマがおそるおそる尋ねると、魔女は怒りの表情で一蹴した。

 魔女は何百年も肉体を生成する研究を重ねていたが、いまだ完全体の作製を成功させたことはない。常に魔力を供給しなければ維持できない肉体しか作れていないのだ。

「あの青年が望んでいるのは、肉体を持つ少女の再生なんじゃろ? ならば、あの少女の姿を見せれば、おとなしく『秘石』をワタシに渡すじゃろうて」
「やはり、あの『秘石』は魔女様がいただくおつもりなんですね」
「あの少女が持つ魔力は垂涎ものじゃ。あれが手に入れば、ワタシの寿命をあと200年は延ばせるじゃろう。さすればまだまだ研究を続けられるというものじゃ。無論、青年が失敗したのなら、両方の魔力をいただくがの」

 魔女は自身の肉体を維持するため、来訪者から魔力を奪い取り自身の命に変えていた。魔女が老いを知ることなく生き永らえている裏には、はかり知れない数の犠牲があったのだ。生き延びられたのは、たったひとりの成功者だけだ。その事実を知る者はプリマのほかには誰もいない。

「ところでプリマよ、奴には毎日、虚脱の蒸し風呂(ユヴェーネグラスト)を堪能させているか?」
「はい、肉体と魂の解離は順調に進んでいるものと思われます。秘石の少女とともに」
「そうか、食事は鮮度が重要じゃからな」
 
 肉体を失った後の魂は、まもなく朽ち果ててしまう。蒸し風呂で感じられた不思議な魔法は、死後の魂を迅速に搾取するための狡猾な前処置であった。

「しかし傀儡を与えたところで、あの青年の目を欺けるでしょうか」
「秘石の魂を喰らえば少女の記憶も得られる。だから、それらしい人格を傀儡に与えることもできよう。島を出た後には傀儡が朽ちるだろうが、別れの挨拶くらいの時間はあるじゃろうて」

 課題を達成できようができまいが、魔女は『秘石』の宿す魔力を奪い取る腹づもりであった。

「けれどあの『秘石』は、彼以外の人間を受け入れていないではないですか」
「ほぅ、最初から見ておったのか。しらじらしいのう……」

 魔女は怒りをにじませてプリマを睨みつける。プリマは全身をこわばらせた。

「あの少女はすでに目覚めておるのだ。なにせワタシと目が合った瞬間、拍動を速めたからな。そしてその拒絶の原因は――あの青年との絆じゃろうて」
「少女は宝石の中から世界を覗いている、ということなんですね」
「理解したのなら、おまえがみずから絆を断ち切ればよいじゃろう。――この意味がわかるよな?」
「え……」

 プリマは息を呑み目を泳がせる。魔女の鋭い視線に黙り込んでしまったが、逡巡の末に漂着する場所を選ぶことなどできなかった。ためらいながらも深々と腰を折り、魔女の望む返事で応じるしかない。

「はい、魔女様の仰せの通りに――」