「アージェ、遅いじゃないの、最後の一周よ!」
「ごめんごめん、混雑していてさ。でもちゃんと見ていたよ」

 十六機のグライダーのうち、四機の姿はなくなっていた。崖の下を覗くと救護隊が海上に着水している。やはり数機、風に巻き込まれ衝突したものが出たか。だが人為的な墜落(・・・・・・)は未然に防げたに違いない。

 突然、大きな歓声が上がる。島の底面から姿を現す二機のグライダー。ひとつはメメルだ。

 メメルはパルメザソの選手とデッドヒートを繰り広げている。翼同士が触れ合いバランスが崩れると観客から悲鳴が上がる。相手は強引にメメルの進路を塞ぎにかかる。避けたメメルは後塵を拝してしまった。

「くっ、挽回できるか!?」
「きっと大丈夫、メメルちゃんの風の捉え方はわたしよりずっとすごいんだから!」

 セリアは由緒ある貴族の家柄で、風魔法使いの家系の末裔でもある。生まれつき風の魔法の才覚を有する生粋(ギフテッド)のひとり。メメルにスカイ・グライダーを教え込んだ師匠でもある。

 戦争さえ起きなければ、セリアはポンヌ孤児院ではなく、裕福な一家のお嬢様として今を生きていたはずだった。

 最高地点にあるトップ・エアゲートをくぐり抜けて島上にあるゴールポイントを目指す。メメルは翼を折りたたんだ。抵抗を最小限にし、きりもみ回転で風の隙間を抜けて速度を上げてゆく。ぐんぐんと島に近づいてくる。半身、相手の先に出た。アージェもセリアも立ち上がって声援を送る。

「「いっけえェェェ!!!」」

 島上にたどり着く直前、メメルは小柄な身体を力の限り翻す。空中で数回転し、急激に速度を落とした。命懸けの急降下と減速で突風が起こり砂埃が舞う。アージェもセリアもたまらず目を閉じた。

 ほんの数秒、静寂があたりを支配していた。それからゆっくりと目を開くと、ゴールポイントには両腕を高々と空に掲げるメメルの姿があった。

「メメル、いっちば~んゲット!!」

 あどけない笑顔を浮かべた少女に、観客からの惜しみない拍手喝采が送られていた。