アナスタシアは元来の自室に幽閉された。ベッドや化粧台、ドレッサーテーブルといった部屋の家具は当時のままだったが、周囲には結界が張られ、厳重な牢獄と化していた。しかも魔力を反発させる高度な耐性結界であり、下手に魔法を放てば自身が害を被る仕掛けが施されている。

ためしに小さな風の塊を打ち込んでみたが、跳弾が部屋の中を飛び回り、みぞおちに刺さって息が止まり悶絶した。この部屋で攻撃魔法はご法度なのだと観念するしかなかった。

 外を眺めると雨がしとしとと降っていた。人間の温度に乏しいこの城はやけに寒々しい。魔法学院で過ごした日々を思い出していると、背後に魔法の気配を感じた。

 いつのまにか部屋の中央に透明な魔晶板が浮かんでいた。魔法学院の襲撃の時、ヴェンダールが用いたものだ。やはり画面に映るのは、余裕の笑みを浮かべたヴェンダール。遠隔魔法操作が得意だと知ってはいたが、こうやってずけずけどレディーの部屋に上がり込むのは許しがたい。

「王女様、ご機嫌はいかがでしょうか」

 丁寧に挨拶をするが、目的はどうせ見張りに決まっている。

「無礼にも程があるわ。せめてノックくらいしてほしいものですわ」
「魔法の気配を感じられるのですから、そんな作法は不要だと思いますが」
「たまには心を休めたい時もあるのよ!」

 ぷいっと横を向くと、ヴェンダールは面白そうに用件を切り出す。

「ところであの魔法学院で出会った、不思議な魔法を使う青年のその後なんですが――」

 聞いたアナスタシアは、はっとなってヴェンダールに向き直る。その反応にヴェンダールは口角を上げて見せた。

「ひとりでヴェルモア島に向かったようです」
「ヴェルモア島!?」
「察するに魔法学院の下働きが嫌になったのでしょう」
「アージェ君はそんな軽率な男じゃないっ! 魔法を学ぶために頑張っているはずよ!」
「わかりませんよ。なにせあそこは一攫千金の『宝の島』ですから。――まぁ、これを見てください」
 
 すると魔晶板からヴェンダールの姿が消え、アージェの後ろ姿が映し出された。壊れそうな飛行艇に乗り込んでゆく場面。それから酒場での乱闘シーンに切り替わる。アージェはその後ろで荷物を掴んで酒場から逃げ出す。さらにはうら若い女性の手を引き、早足で夜の帳へと消えてゆく。

 軍は息のかかった人間を使い、浮遊島のあらゆる情報を吸い上げることができる。アージェの動向も誰かに見張らせていたに違いないのだ。

「ククク、さっそく上玉のお宝を手に入れたようですね。好色な顔つきに思えたのですが、私の勘は的を射ていたようです」

 アナスタシアはぐっとまぶたを閉じて顔を伏せる。するとヴェンダールはアナスタシアの心を波立たせるように意味ありげな言葉を残す。

「さて、彼が無事にこの島を出られるか、のんびりと拝見しますかね」
「待ってヴェンダール、それはどういう――」

 慌てて尋ねるが、魔晶板はふっと目前から消えた。部屋には呆然とするアナスタシアだけが残された。