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ガーベラが悠然と構える学院長室。その向かいのソファーには壮年の男性が腰を据えている。オールバックの金髪に角ばった顔の輪郭、綺麗に刈り込まれた貫禄のあるあごひげ。荘厳な雰囲気とは対照的にその面持ちは神妙だ。空気を裂くように潔く謝罪の声を発する。
「このたびは、わが愚息が大変ご迷惑をおかけいたしましたッ!」
勢いよく頭を下げ、ひたいを目前のローテーブルに叩きつける。最大限の平身低頭の姿。その者の名はアンドレア・ビリンゴ。ブリリアンの父親である。
「そんなにかしこまらないでください。責任の一端は当方にもございますので」
ガーベラもまた、アンドレアの心情を汲んでみずから陳謝する。
ランブルス魔法学院の襲撃の情報は、またたく間にグレイマン島中、そしてアストラル全土に広がった。魔晶板通信、島間郵便、それに大陸鳩などあらゆる手段によって。
表向きには、魔法学院に不合格した若者が逆恨みで企てた襲撃だと報じられた。王女の身上については触れられることはなく、いまだに行方不明として扱われていた。その矛盾は、リリコの「母親の魂の器として利用される」という推測が事実だと物語っているようなものだった。
「調査しましたところ、講義を抜け出して街をうろついていたところを襲われ、腹に魔具を仕込まれたようです。街に設置された記憶石のひとつに、その時の状況が記録されていました」
ガーベラがちらと視線を隣に移す。そこにはふたりの若者が緊張した面持ちで座っている。アージェとセリアだ。
「窮地を救ってくれたのはこのふたりです。彼らの合成魔法を見た者は、誰もが驚嘆したとのことですから」
セリアとアージェは慌てて両手を目の前で振って否定するが、アンドレアはふたりを交互に見やり、心から申しわけなさそうな顔をする。
「そうだったのか……。感謝してもしきれるものではない。きみたちが救ってくれなければ、ブリリアンが罪人になってしまうところだった」
「いえ、でも相手はただの脅しのつもりだったみたいですから」
アージェが遠慮したところで、アンドレアの謝意がおさまるはずはない。
「どうしてもきみたちにお礼がしたい。生活資金でも稀有な魔具でも、何かほしいものを言ってくれないか」
「そういうわけには……」
アージェとセリアは互いに顔を見合わせて困惑する。アンドレアは目を閉じて一呼吸置いた。
「なぁに、慌てることはないから、後ほどまたふたりに尋ねよう。よく考えてくれ。では恩人のふたりとも、名前を教えてくれないか」
「アージェ・ブランクです」
「セリア・フォスターと申します」
聞いた瞬間、アンドレアは驚きの表情を浮かべた。
「セリア・フォスター? まさか、バルト・フォスター様の娘様では!?」
「あっ、はい。たしかにバルトはわたしの父です」
「なっ、なんと! まさかこんなところでお会いできるとはッ!」
アンドレアはセリアに身を寄せて手を取り瞳を潤ませる。
「バルト・フォスター様……彼は私が取引をさせていただいていた大切な顧客であり、尊敬すべき友人でもありました。8年前、大陸での戦いで亡くなられたと聞いた時、私はショックのあまり三日三晩寝込んでしまったほどです」
「まあ、父のお知り合いだったのですか」
「精鋭部隊の戦闘用飛行艇に必要な素材の調達は、おもに私がさせていただいていました。部隊の戦闘機はそれぞれの魔法使いの技能に合わせた特注品です。なにせフォスター様は、魔法と飛行艇を融合させて戦う高速飛行艇を開発したチームのリーダーだったのですから」
「父がそんな仕事を!? それはぜんぜん知りませんでした」
「ですから私は全土を飛び回り、フォスター様が求める素材はなんでも探してまいりました。あらゆる金属の原石や特殊な成分の鉱物、それにさまざまな色彩の水晶なども」
父の躍動する姿にセリアは思いを馳せる。同時に、もしも戦争さえなければ父は世界に恩恵をもたらす魔具を開発していたのかもしれないと想像した。
一方でアージェはアンドレアの仕事を知ると同時に、どうしても聞いてみたくなったことがあった。
「アンドレアさん、お尋ねしたいことがあります。世界中を飛び回っているのでしたら知っているかもしれないと思って」
「どんなことでも聞いてくれ。きみの望みとあらばなんでも話そう」
アージェは一拍置いてから言葉を発した。
「生命再生の魔法についての手がかりがあれば、教えていただきたいんです」
「なんと!」
アンドレアは驚いてのけぞった。その反応に、ふたりはアンドレアが生命の再生にかかわる情報を持っているのではないかと察する。
「何かご存知なんですか」
「ああ。生命の再生につながるかは不明だが、魔法で肉体を作り出す魔女がいると聞いたことがある」
「肉体を作り出す魔女!?」
「人間だというのに年齢はゆうに200歳を超えているはずだ。だから永遠の命と美を求めてその魔女を訪れるものは多い」
にわかには信じられないことだ。けれど生命を操ることができる存在であれば、永遠の肉体を手に入れることも不可能ではないはず。
「その魔女は、何という名前なんですか」
「それは誰も知らない」
「え……」
「必要がないのだ。なぜならこのアストラルで『魔女』といえば彼女を指すからだ。唯一無二の存在の証明ともいえよう」
この世界を熟知するアンドレアの言葉だけに、信じるに値する情報だと感じる。
「その魔女はどこにいるんですか!」
アージェは思わず前のめりになる。
「ヴェルモア島の、森の城に棲んでいるらしい」
「ヴェルモア島……ですか」
その島はアストラルの中で最大規模の浮遊島である。
大陸の内陸からくり抜かれるように切り離された浮遊島だが、もとは古代遺跡や地下迷宮などが多く存在した場所である。だから希少な鉱石や宝石類、それに古代の魔具などもしばしば出土する。考古学者やコレクターには垂涎の島ともいえるのだ。
「だが誰でも会えるわけではないらしい。その島に渡るための港町に行ってみればわかるが、魔女に会う資格を有するのは若くて生気みなぎる生粋の魔法使いだけだ。それも、ひとりで訪れなければならない。魔女はそれ以外の存在に興味を示さないそうだ」
アージェはふたたびセリアと顔を見合わせる。
アージェはリリコが中央都市へ戻った後、管理人としてのさまざまな業務をひとりで担っていた。リリコがいない今、誰かが縁の下の力持ちにならなければならないのだ。
するとセリアはアージェの迷いを察し、ガーベラのほうへ振り向き言う。
「わたしがアージェのかわりに管理人として働きます! ですからアージェをヴェルモア島に行かせてあげてください!」
「しかしセリアさんは生徒の立場である以上、私的な理由で学院のカリキュラムをないがしろにすることはできません」
「で……でもっ! アージェには大切な目的があるんです!」
セリアの必死な態度にガーベラは柔和な笑みを浮かべる。
「ふふっ、その目的は見当がついていますよ。リリコさんから聞きましたから」
そう言ってアージェの胸元を指さす。ガーベラはメメルのことを承知しているようだ。
「その子を助けたいんでしょう? 『アージェ君の希望は最優先で聞いてほしい』とお願いされましたから、彼女の願いを無下にすることはできません。なにせ王女様ですしね」
リリコは魔法学院を去る前にガーベラに働きかけてくれていたのだ。その気遣いにアージェの目頭が熱くなる。とはいえ――。
「だけど俺、魔法学院のこともほおっておけないですし……」
ところがガーベラはアージェを送り出すことに何の迷いも抱かなかった。妙案があるらしい。
「アージェ・ブランクが不在の間、管理人の代理はちゃんと準備できますよ。――謹慎処分で退屈する方がひとりおりますので、その生徒にお願いすれば都合がよいでしょう」
意味ありげに視線をアンドレアに移す。察したアンドレアは即座に両手を膝に乗せて勢いよく頭を下げる。
「はっ! わが愚息をランブルス魔法学院のために、遠慮なくこき使ってやってください!」
「ご快諾ありがとうございます」
ガーベラは礼を言ってからアージェに向き直る。
「ということで、ブリリアンをあなたの補佐役に指名したいと思います。不在にするのですから、引き継ぎはしっかりとお願いしますね」
「はっ……はいっ、ありがとうございます!」
快諾したアージェは、ガーベラの粋な采配に頭が上がらなかった。
ガーベラが悠然と構える学院長室。その向かいのソファーには壮年の男性が腰を据えている。オールバックの金髪に角ばった顔の輪郭、綺麗に刈り込まれた貫禄のあるあごひげ。荘厳な雰囲気とは対照的にその面持ちは神妙だ。空気を裂くように潔く謝罪の声を発する。
「このたびは、わが愚息が大変ご迷惑をおかけいたしましたッ!」
勢いよく頭を下げ、ひたいを目前のローテーブルに叩きつける。最大限の平身低頭の姿。その者の名はアンドレア・ビリンゴ。ブリリアンの父親である。
「そんなにかしこまらないでください。責任の一端は当方にもございますので」
ガーベラもまた、アンドレアの心情を汲んでみずから陳謝する。
ランブルス魔法学院の襲撃の情報は、またたく間にグレイマン島中、そしてアストラル全土に広がった。魔晶板通信、島間郵便、それに大陸鳩などあらゆる手段によって。
表向きには、魔法学院に不合格した若者が逆恨みで企てた襲撃だと報じられた。王女の身上については触れられることはなく、いまだに行方不明として扱われていた。その矛盾は、リリコの「母親の魂の器として利用される」という推測が事実だと物語っているようなものだった。
「調査しましたところ、講義を抜け出して街をうろついていたところを襲われ、腹に魔具を仕込まれたようです。街に設置された記憶石のひとつに、その時の状況が記録されていました」
ガーベラがちらと視線を隣に移す。そこにはふたりの若者が緊張した面持ちで座っている。アージェとセリアだ。
「窮地を救ってくれたのはこのふたりです。彼らの合成魔法を見た者は、誰もが驚嘆したとのことですから」
セリアとアージェは慌てて両手を目の前で振って否定するが、アンドレアはふたりを交互に見やり、心から申しわけなさそうな顔をする。
「そうだったのか……。感謝してもしきれるものではない。きみたちが救ってくれなければ、ブリリアンが罪人になってしまうところだった」
「いえ、でも相手はただの脅しのつもりだったみたいですから」
アージェが遠慮したところで、アンドレアの謝意がおさまるはずはない。
「どうしてもきみたちにお礼がしたい。生活資金でも稀有な魔具でも、何かほしいものを言ってくれないか」
「そういうわけには……」
アージェとセリアは互いに顔を見合わせて困惑する。アンドレアは目を閉じて一呼吸置いた。
「なぁに、慌てることはないから、後ほどまたふたりに尋ねよう。よく考えてくれ。では恩人のふたりとも、名前を教えてくれないか」
「アージェ・ブランクです」
「セリア・フォスターと申します」
聞いた瞬間、アンドレアは驚きの表情を浮かべた。
「セリア・フォスター? まさか、バルト・フォスター様の娘様では!?」
「あっ、はい。たしかにバルトはわたしの父です」
「なっ、なんと! まさかこんなところでお会いできるとはッ!」
アンドレアはセリアに身を寄せて手を取り瞳を潤ませる。
「バルト・フォスター様……彼は私が取引をさせていただいていた大切な顧客であり、尊敬すべき友人でもありました。8年前、大陸での戦いで亡くなられたと聞いた時、私はショックのあまり三日三晩寝込んでしまったほどです」
「まあ、父のお知り合いだったのですか」
「精鋭部隊の戦闘用飛行艇に必要な素材の調達は、おもに私がさせていただいていました。部隊の戦闘機はそれぞれの魔法使いの技能に合わせた特注品です。なにせフォスター様は、魔法と飛行艇を融合させて戦う高速飛行艇を開発したチームのリーダーだったのですから」
「父がそんな仕事を!? それはぜんぜん知りませんでした」
「ですから私は全土を飛び回り、フォスター様が求める素材はなんでも探してまいりました。あらゆる金属の原石や特殊な成分の鉱物、それにさまざまな色彩の水晶なども」
父の躍動する姿にセリアは思いを馳せる。同時に、もしも戦争さえなければ父は世界に恩恵をもたらす魔具を開発していたのかもしれないと想像した。
一方でアージェはアンドレアの仕事を知ると同時に、どうしても聞いてみたくなったことがあった。
「アンドレアさん、お尋ねしたいことがあります。世界中を飛び回っているのでしたら知っているかもしれないと思って」
「どんなことでも聞いてくれ。きみの望みとあらばなんでも話そう」
アージェは一拍置いてから言葉を発した。
「生命再生の魔法についての手がかりがあれば、教えていただきたいんです」
「なんと!」
アンドレアは驚いてのけぞった。その反応に、ふたりはアンドレアが生命の再生にかかわる情報を持っているのではないかと察する。
「何かご存知なんですか」
「ああ。生命の再生につながるかは不明だが、魔法で肉体を作り出す魔女がいると聞いたことがある」
「肉体を作り出す魔女!?」
「人間だというのに年齢はゆうに200歳を超えているはずだ。だから永遠の命と美を求めてその魔女を訪れるものは多い」
にわかには信じられないことだ。けれど生命を操ることができる存在であれば、永遠の肉体を手に入れることも不可能ではないはず。
「その魔女は、何という名前なんですか」
「それは誰も知らない」
「え……」
「必要がないのだ。なぜならこのアストラルで『魔女』といえば彼女を指すからだ。唯一無二の存在の証明ともいえよう」
この世界を熟知するアンドレアの言葉だけに、信じるに値する情報だと感じる。
「その魔女はどこにいるんですか!」
アージェは思わず前のめりになる。
「ヴェルモア島の、森の城に棲んでいるらしい」
「ヴェルモア島……ですか」
その島はアストラルの中で最大規模の浮遊島である。
大陸の内陸からくり抜かれるように切り離された浮遊島だが、もとは古代遺跡や地下迷宮などが多く存在した場所である。だから希少な鉱石や宝石類、それに古代の魔具などもしばしば出土する。考古学者やコレクターには垂涎の島ともいえるのだ。
「だが誰でも会えるわけではないらしい。その島に渡るための港町に行ってみればわかるが、魔女に会う資格を有するのは若くて生気みなぎる生粋の魔法使いだけだ。それも、ひとりで訪れなければならない。魔女はそれ以外の存在に興味を示さないそうだ」
アージェはふたたびセリアと顔を見合わせる。
アージェはリリコが中央都市へ戻った後、管理人としてのさまざまな業務をひとりで担っていた。リリコがいない今、誰かが縁の下の力持ちにならなければならないのだ。
するとセリアはアージェの迷いを察し、ガーベラのほうへ振り向き言う。
「わたしがアージェのかわりに管理人として働きます! ですからアージェをヴェルモア島に行かせてあげてください!」
「しかしセリアさんは生徒の立場である以上、私的な理由で学院のカリキュラムをないがしろにすることはできません」
「で……でもっ! アージェには大切な目的があるんです!」
セリアの必死な態度にガーベラは柔和な笑みを浮かべる。
「ふふっ、その目的は見当がついていますよ。リリコさんから聞きましたから」
そう言ってアージェの胸元を指さす。ガーベラはメメルのことを承知しているようだ。
「その子を助けたいんでしょう? 『アージェ君の希望は最優先で聞いてほしい』とお願いされましたから、彼女の願いを無下にすることはできません。なにせ王女様ですしね」
リリコは魔法学院を去る前にガーベラに働きかけてくれていたのだ。その気遣いにアージェの目頭が熱くなる。とはいえ――。
「だけど俺、魔法学院のこともほおっておけないですし……」
ところがガーベラはアージェを送り出すことに何の迷いも抱かなかった。妙案があるらしい。
「アージェ・ブランクが不在の間、管理人の代理はちゃんと準備できますよ。――謹慎処分で退屈する方がひとりおりますので、その生徒にお願いすれば都合がよいでしょう」
意味ありげに視線をアンドレアに移す。察したアンドレアは即座に両手を膝に乗せて勢いよく頭を下げる。
「はっ! わが愚息をランブルス魔法学院のために、遠慮なくこき使ってやってください!」
「ご快諾ありがとうございます」
ガーベラは礼を言ってからアージェに向き直る。
「ということで、ブリリアンをあなたの補佐役に指名したいと思います。不在にするのですから、引き継ぎはしっかりとお願いしますね」
「はっ……はいっ、ありがとうございます!」
快諾したアージェは、ガーベラの粋な采配に頭が上がらなかった。