アージェとセリアは駆け足で外へ出る。するとヴェンダールの魔法に縛られていたはずの教員たちが腑に落ちない顔で立ち並んでいた。

 その側ではニヤニヤと笑みを浮かべるヴェンダールと、悔しそうな顔をするリリコ――いや、王女アナスタシアの姿があった。

「リリコ、これはいったい……」
「……ヴェンダールにしてやられたわ」
「え……?」
「ヴェンダールは最初から教員も生徒も傷つけるつもりはなかったみたいなの」
「じゃあ、なんでこんな襲撃を……?」
「反逆分子の始末というのはあくまで口実。ほんとうは魔法学院に隠れている私を探していたらしい」

 そこまでリリコが説明すると、ヴェンダールは満足げな表情で語りだす。

「ふふふ、浮遊島で王女をかくまうことができる場所があるとすれば、残るはこの魔法学院だけでしたからね。まったく王女の身勝手さには苦労させられましたよ。けれど王女が帝都に戻るのならば、これ以上の争いは不毛なのです」

 アージェははっとなってリリコの顔を見た。憂いた横顔がアージェの目に映る。戦いの終結は、リリコの譲歩によってもたらされたらしい。

「しかし今回の収穫はそれだけではなかったようです。なかなか興味深い魔法が見られましたから」

 ヴェンダールの視線がアージェを捉える。アージェは自身に向けられた好奇の目に寒気を感じた。

「それでは王女、明日には迎えが来ますので、それまでに最後の晩餐をお済ませください」
「……わかったわ。だからもう魔法学院には手を出さないで」
「貴方が逃げなければ約束しますよ」

 リリコは覚悟を決めて唇を噛み締めた。ヴェンダールは成果に満足したようで、口角を上げてきびすを返し、ゆったりと闇の中へ消えてゆく。

 アージェは悔しさに打ち震える王女の姿を、ただ見守ることしかできなかった。