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アージェはリリコとともに、エントランスの陰から魔法使い同士の苛烈な戦いを目の当たりにしていた。一気に不利となった形勢に冷たい汗が噴き出す。リリコも狼狽していた。
「まずいよ、このままじゃみんなやられちゃう!」
「あの赤唇の男、騙し技ばっかり使いやがって!」
「生徒たちを人質に取られちゃったから、下手に攻められないよ」
「だけど残っている戦力って……」
「私たちだけよ。ガーベラ学院長は『契約』に縛られているから戦いに参加できないの」
魔法学院が軍の支配を受けないでいられたのは、ガーベラ自身が軍に対し『中立を守る』という契約魔法を交わしているからだ。だから相手が直接ガーベラを攻撃しない限り、その能力を戦いに用いることはできない。
「だけど、俺らふたりで何ができるのか……」
するとリリコはアージェを見上げてぽつりとこぼす。まるで覚悟を決めたような、すこぶる真剣な表情で。
「アージェ君、お願いがある。私にきみの魔法をかけてくれないかしら」
「!?」
かつてメメルが浮遊要塞に立ち向かうため、アージェに魔法の解除を願い出たことを思い出す。けれどリリコは似た言葉で、それも「魔法をかけてくれ」と言った。そのひとことは、リリコの正体を想定させるには十分な意味があった。
リリコはさみしそうな笑みを浮かべた。きっと秘密にしておきたかったことなのだろう。
思えば最初に会った時、リリコはアージェのシャツの下にあった秘石の魔力を感知した。魔法感知能力を有するのは生粋の魔法使いだけだ。それなのにリリコは今まで一度も魔法を発動させたことがない。
――リリコは自身の持つ魔力とほんとうの姿を、自分の魔法で封じ込めていたんだ!
「その魔法、自分では解除できないってことなんだな」
「察しがいいわね、術者は私自身よ。完全に隠しきるためにはそうするほかなかったの」
「わかったよ――」
アージェは覚悟を決め魔法を発動させた。
――『魔禁障・静穏な捕縛!』
黒い魔法の糸がリリコの全身を包み込む。するとリリコの体はまばゆく輝き、閉ざされていた魔力がとめどなく溢れ出す。ひとりの人間が有していたとは思えないほどの、圧倒的な魔力の荒波。
リリコの小柄な身体は銀白色に輝く魔法の帯に包まれ宙に浮かぶ。すると子供のような腕と足はすらりと長く伸び、体幹になだらかな曲線が描かれる。髪は長くつややかなブロンズで美しいウエーブがかかっていた。
さらに優雅なバトルドレスが具現化し全身を包み込む。腕にはシルバーのガントレット、頭には豪奢なティアラが装着される。手にしていたタクトは水晶を携えた長い魔法の杖に変化していた。
杖を鮮やかに回転させ、ウィンクをして変身のポーズを決める。
「世界に魔法がある限り、希望の光を消させはしない! 四元魔素の聖女アナスタシア、ここに見参!」
リリコの真の姿を目の当たりにしてアージェは絶句した。その妖艶な美しさに圧倒されただけでなく、正体が誰なのか確信を得たからだ。
アナスタシア――それは行方不明となっていた王女。魔晶板のニュースに、たびたび肖像画が映し出されていた。
アージェに向かってリリコが叫ぶ。
「アージェ君、ここは私に任せて! きみはホールの生徒たちを護って!」
「あっ、ああ!」
リリコの姿を確かめたヴェンダールは裂けるほどに口角を上げて笑みを浮かべた。
「王女様ァァァ! やはりここに隠れていらしたんですねェェェ!」
「ヴェンダール、今すぐ皆を解放しなさい!」
すかさず魔法を詠唱し杖を振り下ろす。
――『絶対☆領域!』
光芒一閃。空を裂くように強烈な稲妻が走る。光は操られた蛇となり縦横無尽に空を駆け巡り、地上に落下して砕け散る。帯電した光の粒子が撒き散らされ辺り一帯を支配した。それはまるで触れると暴発する爆弾のようでもあった。
「この領域は私の支配下にある。全身を焼かれたくなくば今すぐ降参なさい!」
王女としての貫禄でヴェンダールを威圧する。しかし狡猾な相手がそう簡単に折れるはずはなかった。
「王女様、私を殺しても構いませんが、制御が解除された瞬間に竜牙戦士は暴走を始めます。いったいどれだけの生徒が血を流すことになるのか、ご想像がつきますよね」
「くっ……!」
「ではそろそろ、反逆分子の始末から始めるとしますか」
ヴェンダールは不敵な笑みを浮かべ、魔法の詠唱を開始する。凍りつくような緊張の中、リリコは身動きを取れずにいた。たとえ教師が犠牲になっても、未来ある生徒たちを巻き込むわけにはいかなかった。
だから心の中で願うしかなかった。
――「アージェ君、みんなを助けて」、と。
アージェはリリコとともに、エントランスの陰から魔法使い同士の苛烈な戦いを目の当たりにしていた。一気に不利となった形勢に冷たい汗が噴き出す。リリコも狼狽していた。
「まずいよ、このままじゃみんなやられちゃう!」
「あの赤唇の男、騙し技ばっかり使いやがって!」
「生徒たちを人質に取られちゃったから、下手に攻められないよ」
「だけど残っている戦力って……」
「私たちだけよ。ガーベラ学院長は『契約』に縛られているから戦いに参加できないの」
魔法学院が軍の支配を受けないでいられたのは、ガーベラ自身が軍に対し『中立を守る』という契約魔法を交わしているからだ。だから相手が直接ガーベラを攻撃しない限り、その能力を戦いに用いることはできない。
「だけど、俺らふたりで何ができるのか……」
するとリリコはアージェを見上げてぽつりとこぼす。まるで覚悟を決めたような、すこぶる真剣な表情で。
「アージェ君、お願いがある。私にきみの魔法をかけてくれないかしら」
「!?」
かつてメメルが浮遊要塞に立ち向かうため、アージェに魔法の解除を願い出たことを思い出す。けれどリリコは似た言葉で、それも「魔法をかけてくれ」と言った。そのひとことは、リリコの正体を想定させるには十分な意味があった。
リリコはさみしそうな笑みを浮かべた。きっと秘密にしておきたかったことなのだろう。
思えば最初に会った時、リリコはアージェのシャツの下にあった秘石の魔力を感知した。魔法感知能力を有するのは生粋の魔法使いだけだ。それなのにリリコは今まで一度も魔法を発動させたことがない。
――リリコは自身の持つ魔力とほんとうの姿を、自分の魔法で封じ込めていたんだ!
「その魔法、自分では解除できないってことなんだな」
「察しがいいわね、術者は私自身よ。完全に隠しきるためにはそうするほかなかったの」
「わかったよ――」
アージェは覚悟を決め魔法を発動させた。
――『魔禁障・静穏な捕縛!』
黒い魔法の糸がリリコの全身を包み込む。するとリリコの体はまばゆく輝き、閉ざされていた魔力がとめどなく溢れ出す。ひとりの人間が有していたとは思えないほどの、圧倒的な魔力の荒波。
リリコの小柄な身体は銀白色に輝く魔法の帯に包まれ宙に浮かぶ。すると子供のような腕と足はすらりと長く伸び、体幹になだらかな曲線が描かれる。髪は長くつややかなブロンズで美しいウエーブがかかっていた。
さらに優雅なバトルドレスが具現化し全身を包み込む。腕にはシルバーのガントレット、頭には豪奢なティアラが装着される。手にしていたタクトは水晶を携えた長い魔法の杖に変化していた。
杖を鮮やかに回転させ、ウィンクをして変身のポーズを決める。
「世界に魔法がある限り、希望の光を消させはしない! 四元魔素の聖女アナスタシア、ここに見参!」
リリコの真の姿を目の当たりにしてアージェは絶句した。その妖艶な美しさに圧倒されただけでなく、正体が誰なのか確信を得たからだ。
アナスタシア――それは行方不明となっていた王女。魔晶板のニュースに、たびたび肖像画が映し出されていた。
アージェに向かってリリコが叫ぶ。
「アージェ君、ここは私に任せて! きみはホールの生徒たちを護って!」
「あっ、ああ!」
リリコの姿を確かめたヴェンダールは裂けるほどに口角を上げて笑みを浮かべた。
「王女様ァァァ! やはりここに隠れていらしたんですねェェェ!」
「ヴェンダール、今すぐ皆を解放しなさい!」
すかさず魔法を詠唱し杖を振り下ろす。
――『絶対☆領域!』
光芒一閃。空を裂くように強烈な稲妻が走る。光は操られた蛇となり縦横無尽に空を駆け巡り、地上に落下して砕け散る。帯電した光の粒子が撒き散らされ辺り一帯を支配した。それはまるで触れると暴発する爆弾のようでもあった。
「この領域は私の支配下にある。全身を焼かれたくなくば今すぐ降参なさい!」
王女としての貫禄でヴェンダールを威圧する。しかし狡猾な相手がそう簡単に折れるはずはなかった。
「王女様、私を殺しても構いませんが、制御が解除された瞬間に竜牙戦士は暴走を始めます。いったいどれだけの生徒が血を流すことになるのか、ご想像がつきますよね」
「くっ……!」
「ではそろそろ、反逆分子の始末から始めるとしますか」
ヴェンダールは不敵な笑みを浮かべ、魔法の詠唱を開始する。凍りつくような緊張の中、リリコは身動きを取れずにいた。たとえ教師が犠牲になっても、未来ある生徒たちを巻き込むわけにはいかなかった。
だから心の中で願うしかなかった。
――「アージェ君、みんなを助けて」、と。