魔法学院の入学式は、吹き抜けの中央ホールで行われた。

 薄明かりに照らされたホールは魔法学院のイメージに似つかわしく、厳かで儀式的な雰囲気に支配されている。

 全生徒と教員が集い、新入生はグレイマン聖歌隊の歌で迎え入れられる。在院生の魔法による幻想的な光の帯が浮かんでいた。あまりの華やかさに見上げる新入生たちは感嘆のため息をこぼすばかりだ。

 魔法学院長ガーベラが登壇すると、ぴりっとした緊張感が走り皆は口を噤む。

「アストラルの未来を牽引する魔法使い候補の皆様、ランブルス魔法学院へようこそ」

 ガーベラは学院生活の中では魔法を学びつつ個性的な魔法の開発を目指しなさい、という主旨の挨拶をした。なぜなら魔法学院を卒業するには新たな魔法を開発し、卒業審査で認められる必要があるからだ。生粋(ギフテッド)であるかどうかは、在院中の評価においては何の優位性もないと念を押された。

 学院の歴史や制度、校則などの説明がなされ、各学科の担当教員が授業や実習の概要を巨大な魔晶板に映して説明する。さらに卒業した者がどんな道を歩むのか、いくつかの実例が示された。

 その中には魔族との戦いに挑む冒険者も含まれている。成功した冒険者の話題となると皆は盛り上がるが、直後に戦闘の凄惨たる様子を見せつけられ、生半可な実力では生き延びられないのだと釘を刺された。

 最後にひとりひとりがバオバブの木から削り出した魔法の杖と、小袋に詰められたギムレットの破片を受け取る。杖にはそれぞれの名前が彫られていた。ひとりひとりが一礼して杖を受け取ってゆく。

 アージェはその様子をホールの隅から眺めていた。杖ではなく、掃除用のほうきを手にして。学院にとどまることはできたが、新入生とは立場の違いがありすぎる。空虚な気持ちになるのは否めない。アージェには、いまだ魔法を学ぶ機会は与えられなかった。

 ――俺もみんなと同じように学院で魔法を学びたかった。生半可な努力では生命再生の魔法にたどり着けるはずがない。メメルに命を与えるのは、救ってもらった俺がしなければならないことなのに。

 式の終焉には屋外で花火が打ち上げられた。島中が新入生を歓迎しているという意味が込められた、グレイマン島自治体の粋なはからいである。アージェは窓に映る壮観な光の大輪を目にし、胸の疼きが抑えられなくなる。思わず駆け出していた。

 向かったのは魔法学院の上階にある、管理棟の小さな角部屋。リリコが住み込んでいる部屋である。

「リリコ! 出てきてくれ!」

 扉を叩くとリリコがすぐさま部屋から飛び出してきた。

「どうしたっ! 何が起きたんだ!」

 銀白色のタクトを握りしめている。

「魔法の勉強をさせてくれないか!」
「はぁ!?」

 リリコは空気が抜けた風船のように一気に脱力した。

「何そんなに驚いているんだよ。だいたいそのタクト、魔法でも唱えるつもりだったのか」
「あっ、えっ!? いっ、いや、絶賛悪夢中だったものだから、ちょっとびっくりしちゃって……」

 気まずそうにタクトを背中に隠し愛想笑いを浮かべるリリコ。

「だいたいきみ、レディーを叩き起こすなんて、やることがまるで拷問よ」
「その程度で拷問というなら、俺はすでに跡形もなく散っているだろうな」

 リリコの有無を言わさぬ命令により、アージェは昼夜なく働き続けていた。新入生に関する事務的な仕事だけでなく、寮の食堂の調理手伝い、学院内の清掃、さらには怪鳥の世話まで。

 アージェは怪鳥を魔法で作られたオブジェだと思っていたが、じつは使い魔として人気の魔獣の一種らしかった。しばしば壁から抜け出して学院内を飛び回るので、捕獲する仕事もまたアージェの役目としてあてられた。

「っていうか、なんで入学式やっているのにリリコは寝ているんだよ」
「アージェ君がいるという安心感が、私に睡魔の侵入を許したのよ。己の存在に罪の意識を感じなさい!」

 なんで俺が悪者なんだ、と言い返したくなったが、教えを乞う立場だけにぐっと飲み込む。するとリリコはいたずらっぽい顔をして、ようやっとアージェの望むことを口にする。

「だけど魔法を学ぼうっていう気持ちは立派だよ。では入学式が終わったらきみの指導を始めるとしようか。ドンペルも首を長くして待っていただろうから」
「まじか!?」
「あたりまえでしょう、学院生活の幕開けは今日なんだから」

 リリコがアージェに雑用を押し付けていたのは、アージェの忍耐力を試すとともに、魔法の指導を先延ばしにするためだった。

 入学式と同時に指導を解禁することで、アージェを魔法学院のほかの生徒と同じように扱うという意味を込めていたのだ。