ある晴れた日、庭の花壇の手入れをしている時のこと。メメルは怪訝そうな顔をしてセリアに小声で尋ねた。

「ねぇセリア姉ちゃん、あそこの黒髪のひと、なんか雰囲気が怪しくない? いつもあたしのことをジロジロ見ているんだけど」
「黒髪の……怪しいひと?」

 メメルの視線の先にいたのはアージェだった。木陰に腰を下ろしてふたりの作業を眺めている。セリアにとっては家族みたいなものだが、メメルはほとんど口を聞いたことがない。メメルの父が襲撃を受けた時、メメルを救ったのはアージェだったが、気を失ったメメルはそのことを覚えていなかった。

「ああ、アージェのことね。彼、怪しくなんかないよ。ただ口は悪かったり、素っ気なかったり、物覚えが悪かったりするけど。それに変な魔法も使えるのよ」

 ほんとはすごく優しいんだよ、とセリアは思ったけれど、照れくさくて口にしなかった。

「それ、じゅうぶん怪しいって! ――でも変な魔法ってどんなの?」
「魔法を消しちゃう魔法なんだよ。知ってる?」
「へぇー、あたしの父ちゃんは魔法博士だったけど、そんなのは聞いたことないなぁ。……それ、ほんとうに魔法なの?」

 メメルは小首をきゅーっと傾げて不思議そうな顔をする。

「アージェも生粋(ギフテッド)なんだろうけど、アージェの両親って誰だかわからないから、その由来も不明なのよねぇ」
「むうぅ……」

 口を尖らせて腑に落ちない顔をするメメル。

 いつのまにか空気が冷たくなり、風が強くなってきた。厚い雲が空を覆っている。

「あっ、そろそろ家に戻ったほうがよさそうだね」
「そうだねー、じゃあ今日は神様が水やり係だ!」
「うん、おまかせしちゃおう。予定だった種まきは明日にしようか」

 メメルは花の種が入った袋を受け取ると勢いよく立ち上がり、飛び跳ねるように孤児院へと戻ってゆく。

 ところが帰り道の途中、アージェが立ち上がりメメルを呼び止めた。

「メメル、ちょっと待て」
「はうっ!?」

 怪しい黒髪のひとに声をかけられたメメルはびくりと体をこわばらせた。セリアは不思議に思いアージェに尋ねる。

「突然どうしたのよ、アージェ」
「セリアは部屋に戻ってくれ。メメルには今日のうちに種まきをやらせたい」
「はぁ? 雨降りそうなの、見ればわかるでしょ。今日じゃなくたっていいじゃない。メメルちゃん、帰ろうよ」
「いいからセリアは黙って戻ってくれ」

 セリアはアージェの意図がわからず困惑する。命令口調で言われたメメルは少しうつむいていたが、迷いながらもアージェに返事をする。

「……うん、あたしやるよ」
「メメルちゃん! アージェのむちゃ振りなんて聞かなくていいから!」

 アージェがメメルに意地悪なことをするなんて、セリアはつゆほども思っていなかった。

 ――メメルちゃん、アージェに嫌われることでもしちゃったのかな?

 セリアはアージェを睨みつけるが、アージェは気にも留めずメメルを見つめている。一点の曇りもない、信念に満ちたまなざしで。

「セリア姉ちゃん、お願いがあるの。……あたしがそうさせてほしいんだ」

 メメルはそう言うと、思いつめた表情で空を見上げる。ゆらゆらとひとりで花壇のほうへ向かっていった。

 セリアは何も言えず、ただその様子を眺めることしかできないでいる。