アージェはセリアに背中を向けたまま黙々と散らばった衣類を片付ける。無理やり詰め込んだバックパックは、魔法島に来る時よりも大きく膨らんで見える。

 たった二日のグレイマン島滞在で得たものなど、なにひとつなかったのに。

 最終の合格発表を確かめて肩を落とすアージェに、セリアは声をかけることすらできないでいた。

 不合格の理由が面接試験への介入だということを、セリアはアージェから直接聞いたわけではなかった。面接の順番待ちだった受験生のひとりが怪鳥の声を聞き、噂を立てたのでセリアの耳にも届いたのだ。聞いたセリアは自身の復讐劇を悔やみ、不合格者さながらの落ち込みようだった。

 責任を感じて心を痛めたドンペルは、みずから学院長のガーベラ・ファフロスキーに直談判した。

「事情はこちらの耳に届いています。ですが決定事項を覆すことはできません。なお、私的な理由で受験生を巻き込んだシュヴァルツワルト先生の処分についても執行委員会で検討させていただきます」

 ガーベラはふくよかな初老の女性で普段は柔和な雰囲気を醸し出している。けれど根底には魔法開発を司る学院のリーダーとしての確固たる信念と厳格さがある。組織としての規律を重んじ、ドンペルの懇願を一蹴したのは当然の対応だった。

 セリアはバックパックのチャックが閉まらず苦労するアージェの姿を黙って見ていたが、ついに自責の念に耐えきれなくなって泣き崩れた。

「アージェ……ごめんなさいッ! わたしのせいであなたの受験が駄目になっちゃって……」

 アージェは手を止めて小さなため息をつく。ゆっくりと振り向いて歩み寄るとセリアの前にしゃがみ込み、真顔で諭すように言う。

「気にするなよ。俺、ほんとは筆記試験で落ちていたと思うんだ。面接試験は何かの間違いだったんだよ」
「そんなことないっ! わたしがアージェとメメルちゃんの未来を奪っちゃったんだ!」

 けれどアージェにとってはセリアを恨む理由などひとつもない。ただ、必死にルームBのドアノブにかじりつくリリコを放っておけなかっただけだ。魔禁瘴を唱えて結界を解除したのは、アージェ自身の選択にほかならなかった。

「でもさ、申しわけないと思うなら――セリアにひとつだけお願いがあるんだ。聞いてくれるか」
「お願い……?」

 涙顔でアージェを見つめると、心の奥をくすぐるような優しい声が鼓膜に届く。

「セリアには俺の分まで魔法を学んでほしい。いつかセリアの力が必要になる時が来るはずだから――」