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魔法学院の大講堂を支える柱にはさまざまな魔獣の彫り物が施され、壁にはステンドグラスが張り巡らされている。長机が階段状に設置されており、そのほとんどが受験生で埋められていた。
試験監督の教員である四人が前方の壇上に佇んでいる。ローブを纏い、フードを深々とかぶっているので顔は見えない。
壇上のひとりが小さなステッキを振るい、魔法を詠唱する。手の中に収めていたギムレットが弾け飛ぶと、それぞれの粒が羽を持つ大きな目玉に変貌し、受験生を眺めながら飛び回る。不正の監視のために用いられたのは、千智眼の魔法。
次に、別の教員が指で宙に文字を描く。すると全員の机の上に試験問題と回答用紙が出現する。同時に壁から半身を突き出している赤いトサカの怪鳥が高らかに鳴き声を上げた。
『クックドゥードゥルドゥー! 試験を開始します!』
緊張している受験生は、揃いも揃ってびくりと反応し声のほうを見る。怪鳥の首がカチカチと音を立てながら回り始めた。広げた片方の羽は細くて長く、もう片方は短い。どうやら鳥を模した時計のようだ。あらゆるところで魔法が機能する光景は、ポンヌ出身のアージェにはひどく奇妙な光景に思えた。だが、同時に期待感も沸き起こる。
魔法が溢れる世界――この環境で研鑽を積んでいけば、ほんとうに願いが叶えられるかもしれない、と。
胸のペンダントを握りしめ、小声で秘石に語りかける。
「メメル、待ってろよ――」
そうしてアージェとセリアの挑戦が始まった――。
――その数時間後。
「メッ、メメルゥゥゥ……ごめんッ! ヘタレな俺を許してくれッ!」
アージェは胸のペンダントを握りしめて打ち震えていた。セリアはいたたまれないような、でも少しだけ呆れたような表情でアージェを慰める。
「そんなに情けない声出さないの。もう終わっちゃったんだから、次のために気持ちを切り替えなよ」
「だけど、だけど……難し過ぎだッ! 『どうして浮遊島が生まれたか』なんて教わったことなかったじゃん!」
「基本問題すぎて知らないなんて思わなかった。試験が終わったら説明してあげるから」
「今そう言われても手遅れだろ!」
「だけどすぐに覚え直しておいた方がいいよ。来年のことを考えたらさ」
「それ、やっぱり落ちたってことだろォォォ!!」
アージェの教師役だったセリアは薄々感づいていたのかもしれないが、アージェにとって筆記試験は相当高いハードルであった。判定は総合得点で決まることになっているが、あまりに低い評価の場合は『足切り』が待っているらしい。早々に挫折を味わった哀れな受験生は、実技試験で逆転を狙う機会すら与えられないのだ。
「とにかくお昼ご飯を食べに行きましょう。腹ごしらえをしなくちゃ、実技試験で力を発揮できないでしょ」
何事にも真剣に取り組む実直な性格のセリアは、栄養補給においてもベストを尽くす主義。
「そうだよな……グレイマン島も今日限りかもしれないし、メメルに観光させてあげなくちゃ悪いから……」
「そんな悲観的なの、アージェらしくないわ。ほら、いくわよ!」
筆記試験での『足切り』が発表されるのは三時間後。それまでは全員が退出を命じられていた。
街中で時間を潰すしかないので、セリアは気落ちしたアージェの袖を引いて繁華街へと向かってゆく。繁華街は受験生とその保護者で賑わいを見せていた。
表通りにはレストランやショッピングモールが立ち並んでいた。日用品だけでなく手作りの宝飾品や雑貨、それに魔法によって飛んだり消えたりするおもちゃが人気なようだ。魔法都市ならではの土産になりそうなものがずらりと並んでいる。
「メメル……お土産、どれがいい? 最後だから、好きなのを選んでいいぞ……」
「ほらそこっ! はやく復活しなさいっ!」
セリアはいよいよアージェにおかんむりだ。落ち込み続けているせいもあるが、実のところ秘石ばかりに気を取られているから、という理由が大部分。
「メメルちゃんはアージェの明るい顔が見たいってさ。――って、あれ何?」
「んあ?」
大通りでざわめきが起きていた。人々の視線の先では、魔法学院の紋章を付したタキシードの集団が悠々と歩いている。教員たちに違いない。
気づいた受験生の親たちが平身低頭で挨拶をしている。我が子を売り込もうと必死なようだ。
だが、教員たちは手のひらを向けて彼らの懇願をあっさりと断る。柔和な笑顔だが、態度は毅然としていた。
「まったく、ああいう親もどうかと思うよな。いくら受からせたいからって――」
そう言ってセリアの顔を見ると、セリアは目が彼らに釘付けとなっていた。正確には、その中のひとりに向けられていた。枯れ木のように線が細く、みるからに人のよさそうな初老の紳士へ。
けれどそのまなざしは羨望ではない。セリアの目は見開かれ、唇は小刻みに震えている。普段とは明らかに異なる、緊張した表情。
ごくり、と唾を飲み込む音がする。振り絞る声はかすれていた。
「ドンペル……ドンペル・シュヴァルツワルト。まさか、魔法学校の教員になっていたなんて……」
セリアから歯ぎしりの音が聞こえた。アージェはただならぬ雰囲気のセリアを不思議に思い尋ねる。
「もしかして知り合いなのか、あの教師」
「ええ……昔、お父様とお母様の同僚だったひとよ」
「まじかよ! だったらセリアのこと、覚えているんじゃないか」
「……覚えておいてほしくなんかないわ」
セリアは射抜くようなまなざしでその男を睨みつけている。付き合いの長いアージェだが、セリアのそんな負の表情は見たことがなかった。
「アージェ、悪いんだけど昼食はひとりで済ませてもらえないかな。わたし、静かなところに行きたいから」
「あっ、ああ、構わないけど……」
セリアはアージェと目を合わせることもなく、まるで逃げるようにその場から去ってゆく。
「どうしたんだ、あいつ……」
不思議そうにセリアの背中姿を見送る。セリアが雑踏に紛れたところで、さきほどの教師に目を向ける。初老の紳士は柔和な笑顔を浮かべたまま、悠々と魔法学院へ引き返して行った。
そして時間通り、筆記試験の結果が魔法学院入口の魔晶板に表示された。最初に『合格者はこの場で待機し、不合格者はお帰りください』との文言。それから受験者の名前が次々と浮き上がってくる。
セリアの様子をうかがうと、セリアは結果を一瞥して小さなため息をついた。次の実技試験の準備のためか、すぐさま魔法の詠唱をリフレインし、目を閉ざして宙にイメージを描いている。合格は当然のことのようだった。
それからしばらくして――。
「あっ……あったぁ! メメルも見てくれ!」
自分の名前を見つけたアージェは飛び上がり、ペンダントを握りしめて喜びをあらわにした。
ところがすべての合格者が発表された時、あたりは悲嘆に暮れた志望者で溢れかえった。驚いたことに、合格者は受験志望者の半数にも満たなかった。
その光景を目にしたアージェは、どうして自分が受かったのだろうと、不思議な気持ちを抱えたまま次の試験会場へ向かっていった。
魔法学院の大講堂を支える柱にはさまざまな魔獣の彫り物が施され、壁にはステンドグラスが張り巡らされている。長机が階段状に設置されており、そのほとんどが受験生で埋められていた。
試験監督の教員である四人が前方の壇上に佇んでいる。ローブを纏い、フードを深々とかぶっているので顔は見えない。
壇上のひとりが小さなステッキを振るい、魔法を詠唱する。手の中に収めていたギムレットが弾け飛ぶと、それぞれの粒が羽を持つ大きな目玉に変貌し、受験生を眺めながら飛び回る。不正の監視のために用いられたのは、千智眼の魔法。
次に、別の教員が指で宙に文字を描く。すると全員の机の上に試験問題と回答用紙が出現する。同時に壁から半身を突き出している赤いトサカの怪鳥が高らかに鳴き声を上げた。
『クックドゥードゥルドゥー! 試験を開始します!』
緊張している受験生は、揃いも揃ってびくりと反応し声のほうを見る。怪鳥の首がカチカチと音を立てながら回り始めた。広げた片方の羽は細くて長く、もう片方は短い。どうやら鳥を模した時計のようだ。あらゆるところで魔法が機能する光景は、ポンヌ出身のアージェにはひどく奇妙な光景に思えた。だが、同時に期待感も沸き起こる。
魔法が溢れる世界――この環境で研鑽を積んでいけば、ほんとうに願いが叶えられるかもしれない、と。
胸のペンダントを握りしめ、小声で秘石に語りかける。
「メメル、待ってろよ――」
そうしてアージェとセリアの挑戦が始まった――。
――その数時間後。
「メッ、メメルゥゥゥ……ごめんッ! ヘタレな俺を許してくれッ!」
アージェは胸のペンダントを握りしめて打ち震えていた。セリアはいたたまれないような、でも少しだけ呆れたような表情でアージェを慰める。
「そんなに情けない声出さないの。もう終わっちゃったんだから、次のために気持ちを切り替えなよ」
「だけど、だけど……難し過ぎだッ! 『どうして浮遊島が生まれたか』なんて教わったことなかったじゃん!」
「基本問題すぎて知らないなんて思わなかった。試験が終わったら説明してあげるから」
「今そう言われても手遅れだろ!」
「だけどすぐに覚え直しておいた方がいいよ。来年のことを考えたらさ」
「それ、やっぱり落ちたってことだろォォォ!!」
アージェの教師役だったセリアは薄々感づいていたのかもしれないが、アージェにとって筆記試験は相当高いハードルであった。判定は総合得点で決まることになっているが、あまりに低い評価の場合は『足切り』が待っているらしい。早々に挫折を味わった哀れな受験生は、実技試験で逆転を狙う機会すら与えられないのだ。
「とにかくお昼ご飯を食べに行きましょう。腹ごしらえをしなくちゃ、実技試験で力を発揮できないでしょ」
何事にも真剣に取り組む実直な性格のセリアは、栄養補給においてもベストを尽くす主義。
「そうだよな……グレイマン島も今日限りかもしれないし、メメルに観光させてあげなくちゃ悪いから……」
「そんな悲観的なの、アージェらしくないわ。ほら、いくわよ!」
筆記試験での『足切り』が発表されるのは三時間後。それまでは全員が退出を命じられていた。
街中で時間を潰すしかないので、セリアは気落ちしたアージェの袖を引いて繁華街へと向かってゆく。繁華街は受験生とその保護者で賑わいを見せていた。
表通りにはレストランやショッピングモールが立ち並んでいた。日用品だけでなく手作りの宝飾品や雑貨、それに魔法によって飛んだり消えたりするおもちゃが人気なようだ。魔法都市ならではの土産になりそうなものがずらりと並んでいる。
「メメル……お土産、どれがいい? 最後だから、好きなのを選んでいいぞ……」
「ほらそこっ! はやく復活しなさいっ!」
セリアはいよいよアージェにおかんむりだ。落ち込み続けているせいもあるが、実のところ秘石ばかりに気を取られているから、という理由が大部分。
「メメルちゃんはアージェの明るい顔が見たいってさ。――って、あれ何?」
「んあ?」
大通りでざわめきが起きていた。人々の視線の先では、魔法学院の紋章を付したタキシードの集団が悠々と歩いている。教員たちに違いない。
気づいた受験生の親たちが平身低頭で挨拶をしている。我が子を売り込もうと必死なようだ。
だが、教員たちは手のひらを向けて彼らの懇願をあっさりと断る。柔和な笑顔だが、態度は毅然としていた。
「まったく、ああいう親もどうかと思うよな。いくら受からせたいからって――」
そう言ってセリアの顔を見ると、セリアは目が彼らに釘付けとなっていた。正確には、その中のひとりに向けられていた。枯れ木のように線が細く、みるからに人のよさそうな初老の紳士へ。
けれどそのまなざしは羨望ではない。セリアの目は見開かれ、唇は小刻みに震えている。普段とは明らかに異なる、緊張した表情。
ごくり、と唾を飲み込む音がする。振り絞る声はかすれていた。
「ドンペル……ドンペル・シュヴァルツワルト。まさか、魔法学校の教員になっていたなんて……」
セリアから歯ぎしりの音が聞こえた。アージェはただならぬ雰囲気のセリアを不思議に思い尋ねる。
「もしかして知り合いなのか、あの教師」
「ええ……昔、お父様とお母様の同僚だったひとよ」
「まじかよ! だったらセリアのこと、覚えているんじゃないか」
「……覚えておいてほしくなんかないわ」
セリアは射抜くようなまなざしでその男を睨みつけている。付き合いの長いアージェだが、セリアのそんな負の表情は見たことがなかった。
「アージェ、悪いんだけど昼食はひとりで済ませてもらえないかな。わたし、静かなところに行きたいから」
「あっ、ああ、構わないけど……」
セリアはアージェと目を合わせることもなく、まるで逃げるようにその場から去ってゆく。
「どうしたんだ、あいつ……」
不思議そうにセリアの背中姿を見送る。セリアが雑踏に紛れたところで、さきほどの教師に目を向ける。初老の紳士は柔和な笑顔を浮かべたまま、悠々と魔法学院へ引き返して行った。
そして時間通り、筆記試験の結果が魔法学院入口の魔晶板に表示された。最初に『合格者はこの場で待機し、不合格者はお帰りください』との文言。それから受験者の名前が次々と浮き上がってくる。
セリアの様子をうかがうと、セリアは結果を一瞥して小さなため息をついた。次の実技試験の準備のためか、すぐさま魔法の詠唱をリフレインし、目を閉ざして宙にイメージを描いている。合格は当然のことのようだった。
それからしばらくして――。
「あっ……あったぁ! メメルも見てくれ!」
自分の名前を見つけたアージェは飛び上がり、ペンダントを握りしめて喜びをあらわにした。
ところがすべての合格者が発表された時、あたりは悲嘆に暮れた志望者で溢れかえった。驚いたことに、合格者は受験志望者の半数にも満たなかった。
その光景を目にしたアージェは、どうして自分が受かったのだろうと、不思議な気持ちを抱えたまま次の試験会場へ向かっていった。