セリアは風の神を崇拝するフォスター家の娘としてこの世に生を受けた。アストラルの中央都市(セントラルシティ)に居を構える裕福な一家だった。父と母はともにアストラル空挺軍の一員で、仕事はおもに都市の警護。両親の実直な仕事ぶりと帝に対する忠誠心の高さを、セリアは幼心ながら誇りに思っていた。

 けれどある時を境に、帝は大陸(コンタナ)に埋蔵されているギムレットの大規模な探索に乗り出した。まるで何かにとり憑かれたかのように大陸遠征を繰り返し、大陸に棲む原住民の魔族を力でねじ伏せていった。両親もまた、大陸遠征のチームの一員として帝から直々に遠征の勅令が発せられた。

 魔法使いには男女の差別などなかった。能力さえあれば仕事がもらえ、同時に戦いの要員としても重宝された。だから両親は執事に幼いセリアを託し、必ず帰ってくると約束した。

 けれど、その約束が守られることはなかった。毎日、執事とともに港で報せを待っていたが、十二人の精鋭部隊(クーケンス)の中、戻ってきたのは――ドンペル・シュヴァルツワルトという夢幻の魔法使い、たったひとりだったのだ。

 戦地から帰還し、兵士を吐き出してゆく飛行艇をぼんやりと眺める日々。お父様とお母様は生きているに違いない、約束したんだからと、かすかな希望を捨てずにいた。いや、捨てられずにいた。けれど巷の噂はいやおうなしにセリアの心を絶望の底へと突き落とす。

『ひどいわ、精鋭部隊(クーケンス)は壊滅ですって』
『ひとりだけ逃げ帰ってくるなんて、魔法使いとしての誇りはないのかしら』
『あのひとが、皆を殺したようなものよ』

 そう評された男――裏切り者のドンペル・シュヴァルツワルトは早々に都市から姿を消した。それでも大陸(コンタナ)での戦いは犠牲者が出るほどに過熱してゆく。

『ギムレットはすべてを司る力の源だ。新たな資源を見つけ出さなければアストラルに未来はない。たとえ命を賭しても鉱脈を探し出せ!』

 帝がみずから仕掛けた戦いは都市の人々の心に昏い影を落とす。だが、生活をギムレットに依存しているゆえ、誰もが帝の判断を疑わなかった。セリアもそう信じ切っていた。

 それからまもなくのこと。執事は主を失った家から離れてゆき、天涯孤独となったセリアは辺境の地ポンヌへと身を移された。

 いくばくかの財産はセリアの養育費としてポンヌ孤児院に寄付されたらしい。けれど残された多額の遺産がどこに消えたのか、セリアは知るよしもない。

 すべてを失ったセリアは辺境の地で涙に暮れていた。そして悲しみの深さが、裏切り者への復讐の焔を心に灯す。時を経て成長するにしたがって、風の魔法を鍛え上げていくにつれて、その復讐心は業火のごとく燃え上がっていった。

 ――いつか必ずあの男を見つけ出して、お父様とお母様の墓前にひれ伏させてみせる!

 セリアが魔法学院を目指す動機――それは、セリアの両親を戦場へ捨て置き、死に至らしめた裏切り者の男に復讐を果たすことだった。

 魔法の世界に身を置いてさえいれば、必ずその男の情報が耳に入ると信じて疑わなかったからだ。