メメルを保護した三年前の記憶がアージェの脳裏に蘇る。

 アージェは孤児院の運営を支えるため、郵便配達のアルバイトにいそしんでいた。

「スカイ・グライダー」の試合が近づくと文書のやり取りは必然的に多くなる。配達が込み合い、夜遅くまでかかった日のことだった。ようやっと仕事の終わりが見えた。最後はスパイク博士あての配達。

 スパイク博士の研究室は郵便がひたすら多い。魔法開発に関わる団体からの文書が主だが、中には送り主が記されていないものもある。秘密の資料なのだろうか、それとも脅迫状なのだろうか。

 そう考えながら訪れたとき――。

 レンガ造りの研究室が突然、目の前で爆発を起こした。爆音とともに建物の壁が庭に向かって吹き飛んだのだ。

 驚いて駆け寄ると肉の焼ける匂いがした。焦げた人間の骸がみっつ、庭に転がっている。魔法の研究で事故を起こしたのではないかと、最初はそう疑った。

 けれど破壊された穴から研究室の中を覗き込むと、そこには想像だにしない風景が広がっていた。部屋の中は焼けた形跡はなく――血まみれで倒れているスパイク博士の姿と、おぼろな目つきで立ち尽くす少女の姿があった。

 心臓の病を患い、死の淵にいたはずの博士の娘。だが、アージェはその姿に目を見張った。

 少女は全身を淡青色に輝かせていたのだ。血液の流れが見てとれるほど、体の深層からまばゆい光を発している。生粋の魔法使いには肌で感じ取れる、尋常ならざる魔力が循環している。その光は、体内の一点――心臓部で最もまばゆい輝きを放っている。

 アージェは一目ですべてを悟った。

 この爆発が彼女の仕業であるということを。

 博士は魔法の力を用いて娘の命を繋ぎとめていたということを。

 そして、命を操ることが可能な媒体といえば――あの秘石に違いない、ということを。

 この子をひとり残してはまずいとアージェは直感した。すぐさま両手を胸の前に掲げ魔法を発動させる。

 ――『魔禁障・静穏な捕縛(カーム・キャプチャ)!』

 張り巡らされた細い魔法の糸が網を形作り、少女の華奢な身体をやわらかく包み込む。すると体内から発せられる光は収束し、人間の外観を取り戻してゆく。

 全身の光が消退した瞬間、少女は音もなく崩れ落ちた。アージェは少女の躰を抱きかかえて支える。大丈夫か、と声をかけるが返事はない。気を失ってしまったようだ。

 アージェがあどけない少女を放っておけるはずがない。なにせ唯一の肉親は、出血多量で躯と化しているのだ。だから少女を背負って孤児院へ連れ帰り、ミレニアに事の顛末を話してお願いした。この少女を孤児院で引き取り、面倒をみてほしい、と。

 ミレニアは最初、目を丸くして驚いた。けれど、ひと息ついてから慈悲深い瞳でアージェに告げた。

「難儀なことだと思うけれど――この子の力を制御して護ってあげられるのは、あなたしかいないと思うの。だからその役目、引き受けてもらえないかしら?」

 俺以外、誰がこの魔法の暴走を止められるだろうか。誰がこの子を助けてあげられるのだろうか。もしかすると――俺の魔法の能力は、この子のために与えられたものなのかもしれない。そうだとすれば、この運命の交錯は神が俺に与えた試練に違いない。

 アージェはまぶたの間に涙を湛えて眠る少女を眺めながら、必ずこの子を守り抜くと決意を固めていた。