「事務所のようなところ?」
遼真が眉をひそめて尋ねると、乃彩は「はい」と答え、かき氷を口に運ぶ。冷たさがこめかみに響いたのか、眉間にしわを寄せた。
「あそこ、企業は撤退したよな?」
「わかりませんが……事務所は空き室だったわけではなさそうでした。空調も効いていましたし、事務作業に必要な備品も最低限揃っていたように思います」
そう言って乃彩は緑色の氷を口に入れ、また顔をしかめる。
「工場が撤退しただけで、建物は使おうと思えば使えますからね」
啓介がサクサクとかき氷を食べながら口を挟んだ。
「なるほど。啓介、今、あそこが誰の所有か調べられるか?」
「調べようと思えば調べられますけど……そこまでやる必要あります?」
「人けがないと思っていた場所に人が集まってる。何かあるだろ?」
「まぁ……何か、ありますね」
不満を口にしつつも、与えられた仕事はきっちりやるのが啓介だ。
「乃彩の補習も終わったし、俺たちは旅行に行くから、その間に調べておいてくれ」
「え? ひどい。僕だけ働かせて、二人で旅行なんて……僕も連れてってくださいよ」
「新婚旅行に他の男を連れてくバカがどこにいる」
「新婚旅行? あれって新婚旅行? 渋くないですか? 若い二人なんだから、もっと華やかなところに行けばいいのに。なんで寂れた旅館みたいな秘湯なんですか?」
旅行の手配を啓介も手伝ったから、行き先は知っていた。
「おまえ、寂れたなんて失礼だな。年季があるとか、風情があるとか言っとけ。それより、乃彩……」
遼真は店内を見回した。イートインスペースに他の客はおらず、店員も裏に引っ込んでいた。
乃彩はかき氷を食べながら顔をしかめつつ、スプーンをせっせと口に運んでいる。この様子なら、廃工場での出来事を聞いても問題なさそうだ。
「おまえをあそこまで連れ出したのは誰だ?」
乃彩の手がピタッと止まる。三秒後、再び動き始めた。
「正確にはわかりませんが……補習を終えて啓介さんとの待ち合わせ場所に向かう途中、茉依と祐二さんが待ち伏せしていて……そこからの記憶がないのです。気づいたら、廃工場の二階の事務所にいました」
「他に誰かいたか?」
「どうでしょう? わたくしが人間だと認識できたのはその二人だけです。他は悪鬼だったかと」
啓介のスプーンが唇の前で止まる。
「どうした?」
「……なんというか、違和感? あの二人、高校生ですよね? しかも術師華族の」
啓介はかき氷をパクリと頬張った。
「はい。茉依は冬賀公爵の一族の血筋です。雪月子爵との結婚も決まっています。先日のパーティーにも二人で出席していました」
「そういえば、あの女、婚約がどうのって言ってたな。何かあったのか?」
「……わかりません」
カランコロンとベルが鳴り、出入り口の扉が開いたため、乃彩は話をやめた。代わりにスプーンを動かし始める。
三人でかき氷を食べ、涼んでいた。
かき氷の量の多さに驚いていた乃彩も、結局完食した。
百合江にお土産を、と言った乃彩だが、「三人でかき氷を食べたことがバレると面倒だ」と遼真に言われ、結局何も買わずに帰宅した。
その夜、いつも通り乃彩が遼真の部屋を訪れた。
「今日は助けに来てくださってありがとうございます。きちんとお礼を言っていなかったので……」
いつもの治癒を終えた後、彼女はそう言った。
「いや、先日のパーティーの件を考えても、おまえが狙われる可能性を考えておくべきだった」
「狙われる? わたくしが?」
「あぁ……おまえだけじゃない。日夏公爵家に関わる者、すべてだ」
敵が鬼か他家かはわからない。
「あまり一人でふらふらするな。ばあさんと南屋に行くときも、誰か連れてけ」
乃彩は目を大きく見開いた。
「それより、茉依とおまえの関係は? ただのクラスメートじゃないだろ?」
茉依の言葉から二人の関係は想像できたが、それが正しいとは限らない。
「はい。以前、雪月子爵を治癒するために彼と結婚しました。その雪月子爵の婚約者が茉依です」
想像通りの答えだった。
「その婚約者が、なぜおまえを恨む?」
「それは……以前話したかもしれませんが……父のこと、だと思います」
遼真が眉をひそめて尋ねると、乃彩は「はい」と答え、かき氷を口に運ぶ。冷たさがこめかみに響いたのか、眉間にしわを寄せた。
「あそこ、企業は撤退したよな?」
「わかりませんが……事務所は空き室だったわけではなさそうでした。空調も効いていましたし、事務作業に必要な備品も最低限揃っていたように思います」
そう言って乃彩は緑色の氷を口に入れ、また顔をしかめる。
「工場が撤退しただけで、建物は使おうと思えば使えますからね」
啓介がサクサクとかき氷を食べながら口を挟んだ。
「なるほど。啓介、今、あそこが誰の所有か調べられるか?」
「調べようと思えば調べられますけど……そこまでやる必要あります?」
「人けがないと思っていた場所に人が集まってる。何かあるだろ?」
「まぁ……何か、ありますね」
不満を口にしつつも、与えられた仕事はきっちりやるのが啓介だ。
「乃彩の補習も終わったし、俺たちは旅行に行くから、その間に調べておいてくれ」
「え? ひどい。僕だけ働かせて、二人で旅行なんて……僕も連れてってくださいよ」
「新婚旅行に他の男を連れてくバカがどこにいる」
「新婚旅行? あれって新婚旅行? 渋くないですか? 若い二人なんだから、もっと華やかなところに行けばいいのに。なんで寂れた旅館みたいな秘湯なんですか?」
旅行の手配を啓介も手伝ったから、行き先は知っていた。
「おまえ、寂れたなんて失礼だな。年季があるとか、風情があるとか言っとけ。それより、乃彩……」
遼真は店内を見回した。イートインスペースに他の客はおらず、店員も裏に引っ込んでいた。
乃彩はかき氷を食べながら顔をしかめつつ、スプーンをせっせと口に運んでいる。この様子なら、廃工場での出来事を聞いても問題なさそうだ。
「おまえをあそこまで連れ出したのは誰だ?」
乃彩の手がピタッと止まる。三秒後、再び動き始めた。
「正確にはわかりませんが……補習を終えて啓介さんとの待ち合わせ場所に向かう途中、茉依と祐二さんが待ち伏せしていて……そこからの記憶がないのです。気づいたら、廃工場の二階の事務所にいました」
「他に誰かいたか?」
「どうでしょう? わたくしが人間だと認識できたのはその二人だけです。他は悪鬼だったかと」
啓介のスプーンが唇の前で止まる。
「どうした?」
「……なんというか、違和感? あの二人、高校生ですよね? しかも術師華族の」
啓介はかき氷をパクリと頬張った。
「はい。茉依は冬賀公爵の一族の血筋です。雪月子爵との結婚も決まっています。先日のパーティーにも二人で出席していました」
「そういえば、あの女、婚約がどうのって言ってたな。何かあったのか?」
「……わかりません」
カランコロンとベルが鳴り、出入り口の扉が開いたため、乃彩は話をやめた。代わりにスプーンを動かし始める。
三人でかき氷を食べ、涼んでいた。
かき氷の量の多さに驚いていた乃彩も、結局完食した。
百合江にお土産を、と言った乃彩だが、「三人でかき氷を食べたことがバレると面倒だ」と遼真に言われ、結局何も買わずに帰宅した。
その夜、いつも通り乃彩が遼真の部屋を訪れた。
「今日は助けに来てくださってありがとうございます。きちんとお礼を言っていなかったので……」
いつもの治癒を終えた後、彼女はそう言った。
「いや、先日のパーティーの件を考えても、おまえが狙われる可能性を考えておくべきだった」
「狙われる? わたくしが?」
「あぁ……おまえだけじゃない。日夏公爵家に関わる者、すべてだ」
敵が鬼か他家かはわからない。
「あまり一人でふらふらするな。ばあさんと南屋に行くときも、誰か連れてけ」
乃彩は目を大きく見開いた。
「それより、茉依とおまえの関係は? ただのクラスメートじゃないだろ?」
茉依の言葉から二人の関係は想像できたが、それが正しいとは限らない。
「はい。以前、雪月子爵を治癒するために彼と結婚しました。その雪月子爵の婚約者が茉依です」
想像通りの答えだった。
「その婚約者が、なぜおまえを恨む?」
「それは……以前話したかもしれませんが……父のこと、だと思います」



