中間テストも終わり、パーティーも終わり、あとは夏休みを迎えるだけとなった。
夏休みは他の学校と時期が異なり、七月の中旬から八月のお盆明けまで。しかし七月中の休みは補習で消えてしまうため、乃彩が夏休みらしい夏休みを遅れるのは、八月に入ってからだ。
だからその日に、遼真が旅行の予定を立てていた。どこに行くのかはわからない。遼真におまかせコースだ。国内になるのか国外になるのか、それすらもわからない。
長期休暇を目前にし、教室内も浮き足だっているように見える。
それでも乃彩は、いつもとかわらない。できるだけ目立たないようにと、息をひそめる。
特にあのパーティーでは、乃彩が結婚したことを多くの者に周知させた。
無能と言われようが、日夏公爵夫人に直接何か企む愚か者はいないようだ。ただし、一部を除いて。
その筆頭が莉乃だ。
今日も昼休みに教室に乗り込んできた。猫なで声で、まるで仲の良い姉妹のように振る舞う。
無視しようかと思ったが、クラスメートの好奇心を刺激するだけだ。だから人けのない体育館裏に連れてこられた。
ここは日陰でそれほど暑くない。体育館倉庫の中は蒸し風呂状態だろう。
「何か用?」
莉乃相手に治癒能力は使えない。それが乃彩を強気にする一因だ。
「何か用って、用しかないわよ。ほんとお姉ちゃんのせいで迷惑よ。さっさと日夏公爵と別れて戻ってきなさい」
「以前は戻る場所なんてないと言っていたわよね?」
「状況が変わったの。お姉ちゃんが戻ってきてくれないと困るの」
「あなたが困っても、わたくしは困らないわ。今の生活に満足してるもの」
莉乃は唇を噛む。口の端がひくひくと震えている。
「私に縁談がきたの」
「そう、よかったわね」
「よくないわよ。私、結婚したくない。相手は雨水侯爵子息の修一さん。お姉ちゃん、仲良かったよね?」
雨水修一。乃彩たちから見れば再従兄弟にあたる。
遼真が「あの男」と気にしていた人物でもある。
乃彩より三つ年上で、親戚ゆえ昔から顔を合わせていた。
琳は修一を気に入っていたから、莉乃との縁談も不思議ではない。
「よい縁談じゃない? お父様が決めたんでしょう? きっと修一さんを次期当主にしたいのね。あなたは公爵夫人。よかったじゃない」
「よくないわよ。なんで私が修一さんと結婚しなきゃいけないの? あんなおっさん……」
おっさんと言っても、莉乃と四歳しか離れていない。修一がおっさんなら、遼真はジジイ呼ばわりされるかもしれない。
「術師華族として生まれた以上、結婚なんてそんなものよ」
「私は修一さんと結婚したくない。お姉ちゃんが結婚すればいいでしょ?」
「無理な話ね。わたくしはもう結婚しているわ」
「だから! 別れて戻ればいいじゃない。今までだって、用が済めば別れて戻ってきた。日夏公爵でしょ? いくら払ってくれるか楽しみよね」
今までの三回の結婚と遼真との結婚は違う。治癒という点では同じだが、遼真だけは乃彩の意志で選んだ。
「だから、遼真様と別れるつもりはないわ」
「もう、お姉ちゃんのくせに生意気。修一さん、お姉ちゃんのこと好きなの。好きな人同士で結婚したほうがいいでしょ?」
「え?」
「やだ、お姉ちゃん、気づいてなかったの? 修一さん、昔からお姉ちゃんしか見てなかった。お父さんだって、修一さんとお姉ちゃんを結婚させるつもりだったのよ」
莉乃の言葉が信じられない。だが事実なら、パーティーで修一が言った言葉も納得できる。
――こんなことなら、無理やりでも僕のものにしておけばよかった。
遼真の前で堂々と言い放ったのだ。
そのときの乃彩は、彼の意図がわからず、愛想笑いでごまかした。
「お父さんも言ってた。本当はお姉ちゃんと修一さんを結婚させて家を継がせる予定だったって。だからお姉ちゃんがいなくなったから、私に回ってきただけ。お姉ちゃんはさっさと離婚して戻ってきて」
乃彩のいないところで、乃彩の意思など無視して話が進んでいる。
夏休みは他の学校と時期が異なり、七月の中旬から八月のお盆明けまで。しかし七月中の休みは補習で消えてしまうため、乃彩が夏休みらしい夏休みを遅れるのは、八月に入ってからだ。
だからその日に、遼真が旅行の予定を立てていた。どこに行くのかはわからない。遼真におまかせコースだ。国内になるのか国外になるのか、それすらもわからない。
長期休暇を目前にし、教室内も浮き足だっているように見える。
それでも乃彩は、いつもとかわらない。できるだけ目立たないようにと、息をひそめる。
特にあのパーティーでは、乃彩が結婚したことを多くの者に周知させた。
無能と言われようが、日夏公爵夫人に直接何か企む愚か者はいないようだ。ただし、一部を除いて。
その筆頭が莉乃だ。
今日も昼休みに教室に乗り込んできた。猫なで声で、まるで仲の良い姉妹のように振る舞う。
無視しようかと思ったが、クラスメートの好奇心を刺激するだけだ。だから人けのない体育館裏に連れてこられた。
ここは日陰でそれほど暑くない。体育館倉庫の中は蒸し風呂状態だろう。
「何か用?」
莉乃相手に治癒能力は使えない。それが乃彩を強気にする一因だ。
「何か用って、用しかないわよ。ほんとお姉ちゃんのせいで迷惑よ。さっさと日夏公爵と別れて戻ってきなさい」
「以前は戻る場所なんてないと言っていたわよね?」
「状況が変わったの。お姉ちゃんが戻ってきてくれないと困るの」
「あなたが困っても、わたくしは困らないわ。今の生活に満足してるもの」
莉乃は唇を噛む。口の端がひくひくと震えている。
「私に縁談がきたの」
「そう、よかったわね」
「よくないわよ。私、結婚したくない。相手は雨水侯爵子息の修一さん。お姉ちゃん、仲良かったよね?」
雨水修一。乃彩たちから見れば再従兄弟にあたる。
遼真が「あの男」と気にしていた人物でもある。
乃彩より三つ年上で、親戚ゆえ昔から顔を合わせていた。
琳は修一を気に入っていたから、莉乃との縁談も不思議ではない。
「よい縁談じゃない? お父様が決めたんでしょう? きっと修一さんを次期当主にしたいのね。あなたは公爵夫人。よかったじゃない」
「よくないわよ。なんで私が修一さんと結婚しなきゃいけないの? あんなおっさん……」
おっさんと言っても、莉乃と四歳しか離れていない。修一がおっさんなら、遼真はジジイ呼ばわりされるかもしれない。
「術師華族として生まれた以上、結婚なんてそんなものよ」
「私は修一さんと結婚したくない。お姉ちゃんが結婚すればいいでしょ?」
「無理な話ね。わたくしはもう結婚しているわ」
「だから! 別れて戻ればいいじゃない。今までだって、用が済めば別れて戻ってきた。日夏公爵でしょ? いくら払ってくれるか楽しみよね」
今までの三回の結婚と遼真との結婚は違う。治癒という点では同じだが、遼真だけは乃彩の意志で選んだ。
「だから、遼真様と別れるつもりはないわ」
「もう、お姉ちゃんのくせに生意気。修一さん、お姉ちゃんのこと好きなの。好きな人同士で結婚したほうがいいでしょ?」
「え?」
「やだ、お姉ちゃん、気づいてなかったの? 修一さん、昔からお姉ちゃんしか見てなかった。お父さんだって、修一さんとお姉ちゃんを結婚させるつもりだったのよ」
莉乃の言葉が信じられない。だが事実なら、パーティーで修一が言った言葉も納得できる。
――こんなことなら、無理やりでも僕のものにしておけばよかった。
遼真の前で堂々と言い放ったのだ。
そのときの乃彩は、彼の意図がわからず、愛想笑いでごまかした。
「お父さんも言ってた。本当はお姉ちゃんと修一さんを結婚させて家を継がせる予定だったって。だからお姉ちゃんがいなくなったから、私に回ってきただけ。お姉ちゃんはさっさと離婚して戻ってきて」
乃彩のいないところで、乃彩の意思など無視して話が進んでいる。



