六月に入れば衣替え。制服も長袖のブレザーを脱ぎ、黒から白の世界に一変する。教室はどこか明るく感じるが、乃彩にとって学校の居心地の悪さは変わらない。
 日に日にそう感じるのは、日夏の家での生活が楽しいからだ。
 だが、あれ以降、莉乃が乃彩を呼び出すことはなかった。力の使えない乃彩など、利用する価値もないのだろう。
 日夏の家に帰ると、元気を取り戻した百合江からパーティーでの立ち居振る舞いを教わりつつ、準備の進捗を確認する。ただし、中間テスト前なので、それはほどほどにしている。
 遼真がいないとき、乃彩と百合江は南屋にこっそり出かけ、生大福を食べる。だが、夕食時に箸の進みが悪いと、遼真は感づく。
「二人で何か食べてきたな?」
 百合江は離れで暮らしていたが、夕食は家族揃って食べるようになった。それは乃彩が望んだことだ。
「詮索はご法度ですよ」
 百合江にそう言われれば、遼真もそれ以上は追及しない。
 乃彩はほっとしつつも、料理を全部食べられないことに心が痛む。だから、百合江とおやつを食べたときは夕飯を減らしてもらうようお願いするが、それでも遼真に気づかれてしまう。
 遼真は乃彩が彼に治癒を施している最中、二人きりのときに声をかけてくる。
「今日、ばあさんとどこに行った?」
「パーティーの準備でホテルの会場に行ったはずですが?」
「そうだったか?」
「はい。遼真様に内緒で出かけたわけではありません。料理の確認をしてきました」
「だが、テスト前はパーティーの準備もほどほどにしろと言ったはずだ」
「テストは問題ありません。ご心配なく」
 そうは言ったものの、実技のテストは問題だらけだ。
「俺の奥さんはテストに自信があるらしいな。夏休みに補習は必要ないか?」
「遼真様は意地悪ですね」
 乃彩の実技の成績が悪いことを知っていて、わざと言っているのだ。
「意地悪? 夏休みの予定を確認しただけだ。補習があるなら日程を教えろ」
「送り迎えの都合ですよね?」
「違う。せっかくの夏休みだ。旅行でもどうだ?」
「旅行、ですか?」
 突然の提案に乃彩は面食らう。
「結婚したんだ。新婚旅行くらい行ってもいいだろ? ばあさんもあの調子だ。加代子さんと啓介に任せておけばいい」
「つまり……二人きりで?」
「新婚旅行に家族を連れていくやつがいるか?」
「新婚旅行……そうですね……」
いきなり言われてもピンとこない。
「まあ、補習を終えて単位を取れる前提の話だ。単位を落として卒業できないなんて困るだろ?」
「はい……努力します……」
 乃彩は霊力を高めるため、努力しなかったわけではない。授業は真面目に受け、小学生の頃は祖父に付き合ってもらい、霊力の訓練もした。それでも力はまったく使えなかった。
 今、ほんの少し力を使えるようになったのは、「家族を助ける」ことを想像するからだ。家族が亡者に襲われ、悪鬼に攻撃されている――そんな場面を想像して力を使う。
 その結果、小学生並みの霊力を発揮できるようになった。
 だが、それでは不十分だ。
 高等部を卒業後、一部の者は術師華族として名を連ね、鬼を一掃する。だが、今の乃彩の実技の成績では、亡者すら祓えない。
 本来なら術師華族として認められない霊力。だが、公爵令嬢という地位と学業の成績、そして一部に知られた治癒能力がそれを特別にしている。
 今、春那公爵令嬢の肩書きは失ったが、それは他の術師華族に広く知られているわけではない。
 日夏公爵夫人という立場も少しずつ知られつつあるが、学校ではまだ「春那」の姓を使っているため、噂を聞いても信じる者は少ない。
 だが、パーティーでは遼真との関係が大々的にお披露目される。
 清和侯爵、茶月男爵、雪月子爵らも参加し、同じクラスの令月茉依も雪月子爵の婚約者として出席する。
 乃彩が遼真と結婚した話がどこまで広がるのか。それが少しだけ不安だった。