「何を言ってるの? 魂は魂でしょ? もう人じゃない。亡者になって生きてる人間が被害を受けるほうが問題でしょ?」
 確かに、四十九日以内の魂でも鬼に目をつけられれば、亡者になる場合がある。だが、そうなる魂は通常、四十九日以降も未練を抱えてこの世に留まるものだ。恨みや心配事を持つ魂は、鬼に狙われやすく、亡者にされやすい。
 それでも、魂が四十九日を超えているかどうかを判断するのは難しい。だからこそ、むやみに魂を浄化することは禁じられている。総会で四十九日を超えたと認められた場合に限り、浄化が許されるのだ。
「お父様はこのことを知ってるの?」
「どうしてお父様に報告する必要があるの? 私がやってるのは人助け。亡者を作らないためよ」
 莉乃の理屈も理解できる。だが、規則は規則。魂も元は人間であり、その想いを強制的に断ち切るのは、術師といえども許されない行為だ。
 まして、莉乃はまだ正式な術師ではなく、学生の身。勝手に魂を浄化するなど言語道断。
「この件は、わたくしからお父様に報告します」
 そう言ったものの、乃彩は琳から勘当されている。話を聞いてもらえるかどうかもわからない。
「はいはい、わかったから。とにかく私の霊力を回復させて。私の試験結果が悪くてもいいの?」
「それはわたくしの知ったことではありません」
「お姉ちゃん、そう言わないで、ね?」
 突然、呼吸が苦しくなった。首が締め付けられ、息ができない。
「あ、ごめんごめん。お姉ちゃんが生意気だから、ちょっと怒りで力が暴走しちゃった」
 これは霊玉の応用技だ。小さな玉を連ねて輪にし、人の首にかけ、力を調整して締め付ける。直接手を触れずとも、霊力だけで人を締め上げられるのだ。
「ケホッ、ケホッ……」
 霊力の輪が緩み、乃彩は大きく咳き込んだ。この技は本来、鬼を拘束するために使うもの。
「まったく、お姉ちゃんのせいで余計な力を使っちゃった。」
 乃彩は呼吸を整えながら、目を吊り上げた。
「何? その反抗的な目。お姉ちゃんの力を私がうまく使ってあげてるのよ。私がいるから、お姉ちゃんに術師としての希望があるんでしょ?」
 乃彩は術師華族の地位にこだわっていない。むしろ、そこに固執しているのは莉乃だろう。
「私が術師としてあの家を継いだら、お姉ちゃんは私の専属治癒師として雇ってあげる。無能なお姉ちゃんだって、役に立てるでしょ?」
「わたくしはもう春那の人間ではないので、お断りします」
「まぁ、いいわ。急ぐ話じゃないし。今はさっさと私の霊力を回復させなさい」
 莉乃が乃彩を軽んじるのは今に始まったことではない。乃彩も慣れたもので、いちいち反論しない。
 ただ、腹の底で怒りを抑えているだけ。その感情は顔に出さない。
「わかったわ。莉乃、手を出して」
「ふん、最初から素直に従えばいいのよ。そうすれば苦しい思いをしなくてすむのに」
 莉乃は文句を言わずにはいられないらしい。それでも、右手はしっかりと差し出してきた。
 乃彩は莉乃の手に自分の手を重ね、癒しの霊に語りかけた。
(恐れ多くも申し上げます。癒しの霊よ……)
 だが、なんの反応もない。いつもなら、ぽわっと光が生まれ、莉乃に吸収されるはずなのに。
「お姉ちゃん、まだ? ぐずぐずしてたら昼休みが終わっちゃうよ」
「今、やってる」
 珍しく大きな声を上げた乃彩に、莉乃も肩を震わせた。
(恐れ多くも申し上げます。癒しの霊よ……)
 もう一度語りかけたが、やはり何も感じない。
「うそ……」
 乃彩は無意識に呟いた。
「何? 何が嘘なの?」
 高飛車な態度だった莉乃が、不安そうに声を上げた。
「力が使えない……莉乃の霊力を回復できない……」
「は? どういうこと? お姉ちゃん、とうとう本物の無能になったの?」
 莉乃は乱暴に手を振りほどき、「使えないわね」と冷たく言い放つと、乃彩の肩を押して倉庫を出ていった。
「いたっ!」
 乃彩は倒れそうになり、近くのボールカゴの縁に右手の甲をぶつけ、切り傷を負った。じんわりと血が滲む。
 だが、それよりも力が使えなかった事実に、胸が締め付けられるようだった。