日夏の屋敷は、瓦屋根と漆喰壁が趣深い広大な建物だ。木造の通用門には細やかな模様が彫られ、どっしりとした重厚感と繊細さが共存している。
 現代的な春那の屋敷とは対照的に、歴史ある佇まいが印象的だった。
 広い玄関から応接室に通されると、花柄のソファや陶磁器の人形がガラス戸棚に並ぶ、可愛らしい空間が広がっていた。
 屋敷の外観からは想像できない雰囲気だ。
「祖母の趣味だ」
 遼真がぼそりと呟く。自分の趣味ではないと強調したいらしい。
 その様子が愛らしく、乃彩は小さく笑みを浮かべた。
「まぁ、いい。そこに座れ。啓介、適当に菓子を用意しろ」
「はいはい」
 遼真の投げやりな口調に、啓介は呆れたように応じて部屋を出た。
「あいつがいないうちに、話したい」
 乃彩の向かいにどさっと腰を下ろした遼真が、顔を寄せる。
 啓介に聞かれたくない話と判断したようだ。
 乃彩は彼と遼真の関係もわからないし、知られても気にしないが、遼真の意を汲んだ。
「日夏公爵様が聞きたいのは、わたくしの力が『家族』にしか使えないことですね?」
「ああ、そうだ」
 遼真が乃彩の能力の特殊性に気づき、二人きりの時間を作ってくれたことに、口調とは裏腹の気遣いを感じた。
「先ほどもいいましたが、わたくしの力は家族にしか使えません」
「おまえの力は、妖力に対抗できるものなのか?」
「治癒能力です」
 遼真の目がすっと細められる。
「具体的には?」
「相手の霊力を回復させることができます。それから、妖力を取り除く解呪もできます」
「なるほど。それで、家族とは具体的にはどの範囲だ?」
 限られた時間の中で、乃彩の能力を知ろうとしているのだろう。質問内容が非常に端的だ。乃彩もできるだけ主軸からずれないようにと答える。
「三親等以内の家族です。姻族でも同じです」
「なるほど」
 そこで身を引いた遼真は、ソファによりかかって足と腕を組む。
 そこへ、まるで見計らったように扉が叩かれる。
「申し訳ありません。この屋敷に若い女性が来るのは初めてで、用意していたお茶菓子がこれしかなくて」
 啓介がテーブルに並べたのは、丸い形が愛らしいずんだ餡の大福だ。
「おまえ、それだと俺が大福しか食わないみたいじゃないか」
「え? 遼真様、好きですよね、大福」
 きょとんとする啓介と、ばつが悪そうに顔を背ける遼真。そこに乃彩が割って入る。
「ずんだ餡ですか?」
「そうです。こちらに合う緑茶もどうぞ。大福は苦手ですか? 今時の若い女性はケーキやクッキーがお好きかと思って」
 今時の若い女性と言う啓介自身も、若い男性と言える年齢だ。
「大福は好きです」
 乃彩の言葉に満足したのか、啓介は人懐っこく微笑んで部屋の隅に下がった。
「啓介、今から役場に行って婚姻届を取ってこい」
「遼真様、どうされたのです? 結婚するんですか? またまたぁ。とにかく結婚したいオーラを醸し出して僕の小言から逃げるつもりですね」
 啓介は、遼真が口にした「婚姻届」を冗談だと思っているようだ。
「ああ、結婚する」
 遼真はすかさず真顔で答えた。それによって啓介の口元も引き締まる。
「誰と?」
「こいつと」
 遼真の視線の先に乃彩がいる。
「いやいや、遼真様、その冗談は面白くないですね。彼女は春那公爵家のご令嬢で、まだ高校生でしょう?」
「身分的には問題ない。術師華族なら結婚できる年齢だ。俺に早く結婚しろと言ったのはおまえだろ?」
「そうですけど、相手が春那公爵家となれば話は別です。公爵の許しを得たんですか?」
「これから得る。とにかく、さっさと婚姻届を取ってこい」
 遼真が一喝すれば、啓介は肩をすくめ、渋々と部屋を出ていった。