魔気が染み込み、雑草の一本も生えない砂漠の真ん中に、一軒の建物がある。
クロスは、その前に立っていた。
広い敷地は、門扉の切れ目以外はガッチリと囲まれており、設置された壁にはちょっと大きめの街で使われるような魔道具が使われて、敷地全体が防御で包まれているようだ。
それは周囲の魔気から敷地を守っているように見えて、その実、内側にあるものを隠そうとしているようにも見える。
壁の内側は、砂漠の不毛さと真逆に、ジャングルのように鬱蒼と樹木が茂っている。
門扉の手前にいた小さなシルエットが、クロスが近付いたことで飛び立つ。
合切袋から瓶を取り出しフタを開けると、カマキリはおとなしく中へと収まった。
「鳥を追いかけるのに虫を使うと、鳥に食われる危険があるから勧めないって、あなたが言ったんじゃないですか?」
後ろから片足を引きずりながら歩く音が近づいて来て、クロスに声を掛けてきた。
近付いてきたのは、アルバーラの三番弟子であるセオロだった。
魔導士にしては人並みの体格をしているが、持たざる者の男として見れば少々小柄で、顔つきも童顔な、地味で目立たない人物だ。
ルミギリスとカービンがあまりにもべったりな関係なために、周囲からはアンリーと一緒にされがちだが、セオロはそれほどアンリーとつるんでいる訳ではない。
ただ三番弟子だったセオロが、弟子の筆頭であるアンリーに従っていたという感じだ。
「喰うに困る切羽詰まった冒険者…って前提じゃなかったからね」
冒険者稼業を始める前、クロスは一門を立ち上げ、弟子をとり、己の研究に没頭している一人の魔導士であった。
当時のクロスは、魔導組合の議会員に名を連ね、大きな街の高級住宅街に広大な邸宅を構え、討伐を頼まれた妖魔を易々と使い魔とし、手足のごとく使っていた。
だが今は食うや食わずの流れ者の身となっている。
自分だけならパンと水だけの生活も仕方ないと思えばいいが、連れ歩いている動物が衰弱するところなど見たくない。
結局、その生き物が死んだ時に、自分の柔らかすぎるメンタルが耐えられる生き物は、虫に限定されることを自覚して、これだけを連れているのである。