「さあ、どうする?」
「ううう~ん、分かったよぅ~。ビンちゃんの命には代えられないぃぃ~」
「それなら早く、ジェラートを連れてこい」
「ちぇ! 上手いコト、アンリーもセオロも出し抜けたと思ってたのにぃ~」

 ルミギリスは拗ねた子供のようにプクッと頬を膨らませ、地団駄を踏みながら廃墟の中に戻っていった。

「ねえ! ボクが一人でそっちに行くと、二対一でズルされるかもしんないじゃん。そっちの戦士(フェディン)が一人でビンちゃん連れてこっちに来てよ。あ、戦士(フェディン)は丸腰が条件だからね!」
「じゃあ、クロスさん。これを…」

 マハトは腰に下げていた大剣と、タクトの本体である豪奢な短剣をクロスに渡してくる。

「マハさん、タクトは持ってたほうが良いんじゃない?」
「いや、剣に見えるものは持って行けない。ジェラートに危害が及ぶリスクは()けたい」
『これ、儂を離すでない。おい、まて、鈍感サウルスめがっ!』
「手放した時点で、マハさんにはもう聞こえてないし…」
『貴様もきちんと説得せいっ! あのヒダリマキ女はイカレておるが、能力は高い! 持たざる者(ノーマル)魔導士(セイドラー)を相手にするならば、特に警戒すべき相手ではないか! 避雷針ぐらい、備えさせねば!』
「避雷針…って、自分のコト?」
『そのような些細なことをツッコミしている場合(ばあい)かっ!』

 要求通りにカービンを連れてくるマハトの姿を確認して、ルミギリスが建物から出てきた。
 ジェラートはさるぐつわを噛まされていて、更に首から下は大きな麻袋に包まれているが、小柄(こがら)なルミギリスはそれをどうにかこうにか持ち上げているようで、歩く姿がフラフラと頼りない。
 何かを伝えようとジェラートがモゴモゴと動くため、余計に重心が危うく、しかも足元が砂のために、一歩進むだけでこちらがハラハラするほどだ。
 とうとう、ルミギリスがバランスを崩して前傾(ぜんけい)し、持っていたジェラートを放り出す。
 思わずマハトは両腕を伸ばし、ジェラートを抱き取ろうとした。

「ビンちゃんっ、今だ!」

 マハトの手がカービンの縄尻を手放したと見た途端に、ルミギリスが叫び、カービンは駈け出した。
 彼女らは事前に打ち合わせをしていたのか、はたまたこのコンビの息がそこまでぴったりと合っているのか?
 とにかくルミギリスは投げ出すフリをしただけで、意外なほどの腕力で左手だけでジェラートを肩に抱え上げ、右手は差し出されたマハトの腕を掴んでいた。

「あっ!」
「きゃーーっ! 何これーーっ!」

 閃光でマハトの目の(まえ)が真っ白になったのと、大きな爆発音が聞こえたのは、ほぼ同時だった。
 卑怯な不意打ち攻撃を掛けられたマハトの声だけでなく、それを仕掛けたはずのルミギリスの叫び声も聞こえてきて、クロスの目の前で廃墟が崩れ、地面が陥没していく。

「マハさん!」

 半ば砂に埋もれていたとはいえ、それが大きな建造物だったと判る程度に建物の一部は目に見えていた。
 それらが、突然の震動で一部は壊れ、一部は更に砂に埋れるように傾いたために、辺り一面に砂が巻き立つ。
 ルミギリスがマハトに(じゅつ)を仕掛けたところまでは見えていたが、その先の状況はクロスにも全く見えなくなった。

「ドロボーーーー!」

 陥没の奥から、悲鳴じみた悪態を()くルミギリスの声が響く。
 砂の動く大きな音が収まると徐々に視界も開けてきたが、目の前の景色は一変していて、まるで巨大なアリジゴクの巣穴のように、大きなすり鉢状に地面が抉れていた。
 ギリギリですり鉢の外側に立っていたクロスが見ると、斜面にルミギリスとカービン、少し離れた場所にマハトが倒れていた。
 穴の底では、サンドウォームの体の一部が蠢いているのが見えたが、すぐにも砂に潜っていってしまう。

『下ではない! 上じゃ!』

 タクトに叱責されて、クロスはハッと空を見る。
 大きな鳥が羽ばたきながら飛び去る姿が見え、その足には、麻袋に押し込められたジェラートが居た。

「でもマハさんが!」
『ジェラートが先であろう! 見失っては取り返しがつかぬぞっ!』

 タクトの主張に、クロスは狼狽えた。