確かにこんな場所なら、不審者が隠れていても判らないだろう。
乾いた粘土を積み重ねて作られた建物の合間を歩いていると、聞き覚えのある声がした。
「ビンちゃ~ん!」
一段と高い位置から、声がしている。
「ルミ~、ゴメン~、捕まっちゃったぁ~!」
『誰が勝手に喋って良いと言ったか!』
後ろ手に縛られているカービンが情けない声を出すと、タクトが苛立ったように叱りつけた。
だが彼女は、特に反論もしない。
というか、カービンの様子を見るに、彼女はタクトの存在を認識出来ていないらしい。
持たざる者のマハトならばいざ知らず、大所帯のアルバーラ一門の四天王の一人であるカービンが "視えない" のはどうなんだろう?
と、思いつつも。
反面、カービンがその大所帯の中で四天王の一人になれたことにも疑問はあったので、クロスは疑問に思いつつも心のなかでスルーしていた。
「悪いヤツらめ! ビンちゃんを追っかけまわして、捕まえたりして!」
叫びながらルミギリスが、カービンの縄を掴んでいるマハトに向かって小石を投げつけてくる。
長躯なカービンに対し、こちらは非常に短躯なルミギリスは、幼い顔立ちも相まって、子供に見えかねない。
しかしそれ以上に態度が幼稚で、投げつけられた小石を軽く弾きながら、マハトは少し呆れたように呟いた。
「自分のことを棚に上げてよく言えるな…」
「おいルミギリス、攫った子供を返せ!」
「あれ~? あれれれれ! クロスさんじゃん、ひっさしぶり~!」
ルミギリスはピョンと飛ぶと、齧歯目の小動物が高い木を降りてくるような仕草で、建物の上から器用にスルスルと一行の前にまで降りてきた。
「ジェラートはどこだ!」
「それはナイショだよー。それにあのスイートキャンディーは、ボク達の師匠が見つけたんだから! 横取りなんかさせないからね!」
「横取りに来たんじゃない、俺はジェラートを助けに来たんだ」
「どーだか。キミ、いっつも綺麗事ばっか言ってたケド、そんなにご立派でもなかったんじゃないの〜? 孤高の聖人君子を目指してるとか言いながら、古代魔法の資料集めにあっちこっちに手を回すので、ウチの師匠としのぎを削りまくってたし、穏健派の旗頭になってたよね〜え?」
ルミギリスの言葉に、マハトは少し驚いた顔でクロスを振り返る。
だがクロスは、先程のタクトの時と同様に、こちらも無視した。
「貴様ら一派のゴリ押しが酷いから、仕方なく引き受けただけだ!」
「周りに勧められて~断れませんでした~って? ウッソくさ! でももうそんなコトはどっちでもいいよ、どっちにしたってあのスイートキャンディーはボクのものだよ~だ!」
「そうかい! じゃあカービンはこのままでいいんだな!」
クロスは、後ろでマハトが捕まえているカービンを指差した。
「ビンちゃん!」
「ルミ~~~~」
「言っとくが俺はカービンに微塵も同情してないから、ジェラートの守護者がカービンを絞めたって、一切助けないぞ!」
「非力なビンちゃんを人質に取るなんて、鬼! 悪魔! ひとでなし!」
『子供を攫うほうが卑劣であろうが、このヒダリマキ女め!』
ルミギリスに向かってタクトが怒鳴り返したが、どうやらルミギリスにもタクトの声は聞こえないらしい。
常にアンリーと一番弟子の座を競っていたルミギリスは、カービンと違ってその実力は本物だ。
そのルミギリスまでもがタクトを認識出来ないことに、クロスは一種の怒りに似た苛立ちを覚えた。