「先刻も言ったとおり、人間(フォルク)ってぐらいに人間(リオン)は数で勝る種族だし、コミュニティを作って発展してる。ただ種族内でのいざこざも多いし、国家間の戦争やら、異種族への嫌悪やら、いろいろあって、他の種族は利用することはあっても、率先して関わり合いたいとは思ってない…みたいな感じなんだよね」
「それって、避けられてるって意味か?」
(だれ)だって、モメゴトに巻き込まれたくはないし、わざわざ詰られたくもないでしょ?」

 マハトが微かに顔をしかめている。
 世界に覆すことが出来ないヒエラルキーが存在し、自分の所属はその三角形の底辺で、しかも他種族から避けられているなどといきなり言われて、良い気持ちはしないだろう。

「でもって、神耶族(イルン)はその真逆。ヒエラルキーのほぼ頂点に立つ、いわば絶対王者なんだよ。神耶族(イルン)は、能力値(ステータス)が高いだけじゃなくて、おとぎ話に語られるような不老不死を、他者に付与出来る特殊技能(スキル)を持っている…と言われていて…」
『おい、ヘタレ! 貴様なにを言っておるっ!』

 それまでクロスの説明をおとなしく聞いていたタクトが、そこで声を上げた。

「なにって、なにが?」
『なにがじゃとっ! 適当な発言で、このサウルスを惑わして、やはり貴様も禁忌に触れる、ペテン師どもの仲間であったかっ!』
「そうじゃなくて…」
『ええいっ! やはり人間(フォルク)なぞを信用したのが馬鹿であったわ!』
「だからっ! 神耶族(イルン)特殊技能(スキル)を肯定しちゃったら、アンタらの身がより危なくなるって、なんでワカンナイんだよっ!」
『高慢ちきでめちゃめちゃと、言っておったくせに』
「たとえ神耶族(イルン)が全部そういうヤツだったとしてもっ! アンタらが人間(フォルク)の私利私欲の犠牲になるのなんてっ! 俺はっ、絶対にっ、どうしてもっ、イヤなんだよっ!」
『莫迦者! 今はこのサウルスに "きちんと" 説明すべき場であろうが! 真実と虚実がないまぜになった伝承ではなく、現在起きている事実を有り体に伝えねば、サウルスが混乱するだけとなぜ解らぬ! 語ると決めたら、腹を(くく)れい!』

 タクトの厳しい口調に、クロスはなにかを言い返そうと口を開き、一瞬の間を置いて、肩の力が抜けたように消沈して、それからおもむろに顔を上げた。

「ごめん。そうだね。確かに今は、タクトの言ってる事の方が正しい…。あやふやな事ばっか言ってごめん。マハさんには、ちゃんと全部話すよ」

 そこで一度、クロスはため息と深呼吸が入り混じったような大きな息を吐いた。

「つまり、不老不死を付与出来る特殊技能(スキル)は、実際にある…と?」
「うん、そう。神耶族(イルン)と契約を交わすと、特殊技能(スキル)でその能力を分け与えて貰えるんだ」
「しかし神耶族(イルン)とは、人間(リオン)よりも遥かにチカラのある存在なのだろう? 契約なんて、単に人間(リオン)を隷属させるだけのものじゃないのか?」
『ふん。(まさ)人間(フォルク)の意見だの』

 マハトが抱いた感想を述べると、タクトが鼻で笑った。

『契約と言うのは、双方の同意があってこそ成り立つもの。そも、神耶族(イルン)が与える破格の恩恵を欲して、わざわざ我らを取り込みにきておるのは、そちらではないか。最も、中途半端な知識で神耶族(イルン)の子供を捕らえたとて、真のチカラは手に入れられぬがな』
「なぜだ」
神耶族(イルン)特殊技能(スキル)の殆どは、子供では使えぬからよ』
特殊技能(スキル)と言えば、生まれながらに持っているものだろう? 技術的には拙くとも、普通は子供でも使えるものでは?」
神耶族(イルン)に限ったことでなく、子供などというものは無法な振る舞いを思慮も浅いままに(おこな)うものであろうが。神耶族(イルン)の強大なチカラを、そんな無思慮に振るっては、他種族にどのような影響が及ぶかなど、計り知れん』
「そんなにか?」
「当然じゃ! 神のごとくと()うたであろうが。相手の人品骨柄を見抜く経験も足りぬゆえ、ジェラートには人間(フォルク)と一切口を聞いてはならぬと言ったのじゃ。そんな無垢なる(もの)が、狡猾な毒まんじゅうのような(もの)に洗脳されてしもうては、(まさ)にそのまま隷属されてしまう』
「一部の封印された歴史書には、ヒトならざる者(ヴァリアント)…つまり神耶族(イルン)の能力を利用した独裁者によって、数世代に渡る悲惨な歴史が積み上がった…なんて記載もあるよ」

 クロスがタクトの言葉に、補足の説明をいれる。

「実際にあった、事件なのか?」
『ここでそれを詳しく語ったところで、埒もないであろ。だが神耶族(イルン)は個体数が極端に少ない種族ゆえ、横の繋がりも薄い。守護者(ケルヴィンガー)を失った子供が洗脳されたことに気付くのが、人間(フォルク)の言う "数世代" に及んだとして、不思議はないわな』

 マハトは、神耶族(イルン)人間(リオン)を隷属させることを嫌悪したのではなく、自我と知性のある(もの)の自由意志を奪われる行為そのものに嫌悪感を(いだ)いていた。
 故に、この語られた内容に「これでは神耶族(イルン)人間(リオン)に対して良い感情を持っていないのは当然だ」と、タクトの態度の一部に納得したのだった。