『見聞きしたことは、絶対に他言無用ぞ!』
「もちろんだ。この一件が終わったあとは、聞いた事情を他の(だれ)かに話したりしないと誓う」

 片手を上げて宣誓するマハトに、クロスも同意を示して同じポーズで頷いた。

「とりあえず訊ねたいんだが、先刻の二人の言い争いに出てきた、神耶族(イルン)というのはなんなんだ?」
「マハさん、ヒトならざる者(ヴァリアント)の寵愛を得ることが出来たら、不老不死の秘術が手に入る…みたいなおとぎ話って、聞いたコトない?」
「俺は修道院で育ったから、おとぎ話のような空想混じりの話は、殆ど聞かされたことが無いんだが。ではこの水晶がタクトで、不老不死の秘術を授けてくれる器物なのか?」
(たれ)が器物かっ、この石頭のサウルスめがっ! そも、神耶族(イルン)とその他のものを、ヒトならざる者(ヴァリアント)などという言葉で十把一絡(じゅっぱひとからげ)にするでないわ!』

 マハトは、全く意味が解らないといった顔で、首を傾げている。

「ええっと…。おとぎ話を引き合いに出したのは、知ってたら解りやすいと思ったから…なんだけど。タクトはヒトならざる者(ヴァリアント)じゃなくて、神耶族(イルン)って種族で、今はそんなまんまるの水晶みたくなってるけど、本来はヒトガタをしているはずなんだ」
「いや、待ってくれ。それじゃあまるで、この世界に人間(リオン)以外のヒトガタの種族が存在しているみたいじゃないか?」
「みたいじゃなくて、してるんだよ」
「いや…、いやいやいや、待ってくれ」

 マハトは(かぶり)を振った。

「俺は今まで生きてきて、そんな話は聞いたことも無いんだが」
「そうだろうね」
「落ち着き払って、肯定してるが…俺を騙そうとしているのか?」
「まさか、違うよ。まぁ、人間(リオン)の常識では、ヒトガタ…つまり二足歩行をするイキモノは、人間(リオン)の他は妖魔化(ガルドナイズ)した妖魔(モンスター)以外に存在しない…みたくなってるけど、実際に人間(リオン)以外のヒトガタをした種族は存在するんだよ」
「おとぎ話ではなく、実在していると…? だが、タクトは先刻一緒くたにするなと言っていたが、他にもいるのか?」
「もちろん」

 修道院育ちであれば、特にこの話は信じがたいだろう。
 さっぱり意味が解らないといった感じで、マハトは首を傾げている。

「なぜ俺は、他種族の存在を知らないんだ? 確かにいまだ若輩だとは思うが、それにしたって…」
「他の種族は人間(リオン)…いや、人間(フォルク)は自分たちを迫害するって知ってるから…」
「なぜ、わざわざ "ふぉるく" と言い換えたんだ?」
「そもそも人間(フォルク)のほうが正しい…と言うか、他種族は人間(リオン)人間(フォルク)って呼んでいるんだよ。人間(リオン)は、簡単に言うと "自称" だから」
「なぜ、わざわざ違う呼び名にしてるんだ?」
人間(フォルク)が傲慢なイキモノだからに決まっておろう』

 タクトが、鼻であしらうような、やや見下したような声音で言った。

「傲慢が、なんの関係があるんだ?」
「リオンは古代語(フォニルオロ)で "頂点に立つ(もの)" って意味なんだよ」
『ちなみにフォルクは "数が多い" だ』
「そんなに多いのか?」
「他のヒトガタ種族全部と、人間(リオン)の人口を比較すると、人間(リオン)のほうが多いんじゃないかな。そこも人間(リオン)の偏見が強くなる理由の一つなんだろうけど」

 マハトは溜息を()いた。
 頂点に立つ(もの)と言う古代語(フォニルオロ)と同じ音の名称が付いているのは、この様子からすると偶然では無いのだろう。
 ならばタクトの皮肉は、当然の言葉だと思った。

「それは(だれ)もが知っておくべき知識…じゃないのか?」
「どーかなぁ? 俺は知らないほうが良いと思う派だから…」
「なぜ?」
「世界のヒエラルキーの基準になるのは、魔力(ガルドル)の大きさだからさ。つまり、人間(リオン)は下の(ほう)の種族なんだよ? 実生活に直接関係がナイなら、そんな話わざわざ知る必要ないじゃん」
「そうか…、人間(リオン)持たざる者(ノーマル)(ほう)が多いし、魔力(ガルドル)で比較をされたらどうしてもそうなるな…」

 なるほどと感心したようにうなずくマハトに、しかしクロスは心のなかで嘆息する。
 (じつ)を言えば、持たざる者(ノーマル)なんて世界に存在していない。
 魔素(ガンド)が存在する以上、全ての生き物は常に魔気(ガルドレート)にさらされているようなものだ。
 それから身を守る程度に、全ての生き物は魔力(ガルドル)を備えている。
 だが、そういった知識は一般的に広まっていない。
 人間(リオン)の歴史の中で、魔力(ガルドル)は忌み嫌われているが故に、そんな "素養" 程度のものですら、持っていることを認めようとしないのが、人間(リオン)の種族的な特徴なのだ。
 マハトのような素直な(もの)ならば、言葉を尽くして説明すれば納得するかもしれないが。
 ここでそれに使える時間は無い…と、クロスは判断したのである。