「大丈夫か、クロスさん?」
「ごめん、突然怒鳴られて驚いちゃって……」
「怒鳴ってきたのか? なんと言ってる?」
「ああ、えーと…。俺達だけで会話は禁止…みたいな?」

 再び叱られることを恐れて、クロスは更に声を潜ませ、口早に説明をしつつ、マハトにこれ以上の会話を辞めるように目で訴える。

「タクトの言ってるコトのほーが勝手だし。マハトにはタクトの声が聞こえないんだ、話が進まないからしばらく黙ってろよ」
『小僧は黙っておれっ! 儂が成人(マンナズ)の儀を施すまで、守護者(ケルヴィンガー)の言い付けは絶対じゃと、最初に()うたであろうがっ! このなんでも忘れるカボチャ頭め!』
「だからちゃんと従ってるじゃんか! でもタクトが俺に "免許皆伝" をしないのは、俺が子供(ガキ)だからじゃないだろっ!」
『だから成人(マンナズ)の義を免許皆伝などと、適当な言葉に置き換えるでないっ! 貴様の(ほう)こそ黙っておれっ!』

 タクトと少年の会話に出てきた単語が、引っかかる。
 だが、何に引っかかりを覚えたのか、クロスが考える前に、不意に不穏な気配が迫ってくる感覚が一同を包んだ。
 ハッとして身構えた時には、既に窓が破られて、灯してあったランプが壊され、室内の明かりは消えた。

「こんばんわ~! ボクの大事(だいじ)なスイートキャンディーちゃ~ん、お迎えに来てあげたよ~!」

 扉が乱暴に開かれ、奇襲の不穏さからは想像もつかぬ、明るく突き抜けた声が室内に響く。

「うわあっ! タクトォ!」

 ようやくランプの明かりに目が慣れた頃合いだったために、視覚は奪われ、物音だけが頼りだった。
 その中に、少年の悲痛な叫びが響く。
 だがそれも一瞬のことで、その声は直ぐにも遠のいた。
 マハトは咄嗟に、声の去るほうを追って窓の外に飛び出して行く。
 一方で、その急激な状況の変化に戸惑ったクロスは、ランプが消えたあとに起きた一連の事象を、その目で全て見ていた。
 なぜ暗闇の屋内の様子を見ることが出来たのか? を考えるより先に、咄嗟に動いたマハトと、ただ呆然と眺めていることしか出来ない自分との落差に、クロスは気を取られてしまった。

『ヘタレっ! 明かりを灯せい!』
「あ! あああっ、えっと、えとえと…」
『このたわけめ! ランプは壊れて、使い物にならん! 貴様の手元で明かりを灯せと()うておる!』
「ああ! はいぃぃ!」

 タクトにどやしつけられて、慌てて光球(ライト)詠唱(チャント)をする。
 ふわりと空中に浮いた光は、ランプよりも明るく屋内を照らした。

『ふん、ヘタレの(じゅつ)にしては、マシな明かりではないか』
「マハさんは?!」

 クロスは思い出したように慌てて、窓から身を乗り出す。
 光球(ライト)は、術者(じゅつしゃ)から一定の距離までしか飛ばすことが出来ない。
 故にマハトの(そば)に寄せることは出来なかったが、そこそこの明るさを持ったクロスのそれを窓の外へ出すと、何者かを追うマハトの背中を視認出来た。

『賊を追っておるな。ふむ、人間(フォルク)にしてはなかなか良いカラダをしておるではないか』
「なんだよ、そのセクハラ発言…」
『何を言う。暗闇の中で、この反応。この高さから飛び降りて、怪我もなく走っておる運動能力。まあマシであると、褒めておるのだぞ』

 光球(ライト)の光の届く距離から離れたあとは、ところどころの店頭や屋内に灯されている微かな明かりのみが頼りとなる。
 結局、はっきりしたことは何も解らず、クロスとタクトは固唾を呑んで外を見つめるしか他になにも出来なかった。
 しばらくすると、マハトらしき(もの)の姿が見え、それから廊下に足音が聞こえる。
 賊が入ってきたまま開け放たれていた扉の向こうに、黒い大きな何かを(かつ)いだマハトが姿を表し、部屋に入ってきた。