クロスは、奇妙な気配で目を覚ました。
『このような者どもにうかうかと着いて来てしまいおって』
「だってアイツ、かっこよかったぜ?」
『馬鹿者! 見た目に惑わされてはいかんと、常々言い聞かせておるのを忘れたかっ! よいか? そんな甘ちゃんな考えは捨てて、夜明けとともに退散するのじゃ』
「気付いて、すぐ追っかけてくるに決まってんじゃん。特に戦士を振り切るの、めっちゃ大変っぽいもん」
『たかが人間ではないか、振り切れぬものでもあるまい』
「無理。タクトを持って走るの、結構たいへんだしな」
『おヌシはまたそういう、無精なことを言いおって』
気配は、部屋の奥である窓の方からしている。
寝返りを打つふりをして、そちらを観察しやすい姿勢をとり、そっと薄目を開けた。
今夜は月も無く、部屋の明かりは既に消されているが。
窓辺の少年の傍で、剣の柄に嵌め込まれた水晶が、仄かに光っており、更に薄っすらと光の膜をまとった美しい少女がいた。
『貴様! いつから話を聴いておった!』
「うひゃあっ!」
クロスの視線に気付いた透けた美少女が、ビシッとどやしつけてくる。
「は…っ、話なんて、聴いてません! なんにも聞こえてないし、それになんにも視えてません! 茶髪のちっこい美少女のお化けなんて、絶ッ対に視えてないですぅぅぅぅ!」
「クロスさん、どうした?」
少女にどやしつけられて慌てふためいたクロスは、ビョンと飛び上がってそのままベッドから落ちた。
その物音にマハトも目覚めて、クロスを覗き込んでくる。
「マ…マ…マ…マハさん!」
「具合でも悪いのか? なんだ、あの子も寝てないのか」
クロスを助け起こしたマハトは、そのまま窓辺の少年の元へ歩み寄った。
「寝られなかったのか? でも子供はしっかり寝なきゃだめだぞ」
『なんじゃこやつ、儂の気配すら感じておらぬのか? 見目麗しいのに、恐竜並みの無神経とは…、残念な奴だの』
「あっ、あのあの、マハさんっ!」
「なんだ、クロスさん。まさかまだ酔っているのか?」
「マハさんには視えてないのっ!?」
クロスは透けてる人物に向かって叫んだのだが、マハトはそれを自分への問いかけと受け止めたようだ。
「見える? なにが?」
「え…、いや…、だから…、そこに立ってる、髪をこう、なんかムズカシイ形に結ってる、ちっこい美少女…」
「え? 髪が何? 女の子がいるのか?」
戸惑い顔のマハトは、おもむろにランプに火を灯した。
『あちらは恐竜じゃが、こちらは莫迦じゃな! この儂のどこがちんちくりんの美少女じゃ! 愚か者めがっ!」
「うわあっ、ちんちくりんなんて言ってないけど、ごめんなさいいいっ!!」
「クロスさん、誰に謝ってるんだ?」
『この偉大なる存在を前に、矮小な人間のものさしで測るでないわっ! たわけたヘタレめっ!』
バシッと頭を叩かれた…と思ったが、何も感じなかった。
透けている人物は、見た目同様に透けていて、クロスの頭を叩く仕草をしたものの、その手はクロスの頭をすり抜けただけだった。