歩き出したところで、戦士(フェディン)が言った。

「そういえば、まだ名乗ってなかったな。俺はマハト。ローメン・ラットに憧れて、剣豪(ダインス)を目指している。今は修行中の剣客(レイフ)だ」

 ローメン・ラットは、剣豪(ダインス)の祖と呼ばれる伝説の人物である。
 圧政で民衆を苦しめた王を討ち取った英雄と伝えられており、剣客(レイフ)はラットが名乗った職と言われている。
 とはいえ、どちらも冒険者組合(アドベンチャーギルド)では認定されていない、いわゆる "自称" の職だ。
 一般的に、戦士(フェディン)は粗暴な性質(たち)(もの)が多いが、剣豪(ダインス)剣客(レイフ)を名乗るものは、冒険者組合(アドベンチャーギルド)から追放されたゴロツキである可能性の(ほう)が高い。
 だが先程のマハトの剣技(けんぎ)やこの折り目正しい態度からすると、珍しく "真っ当な" 剣客(レイフ)なのだろう。

「俺はクロス。魔導士(セイドラー)冒険者(アドベンチャー)で…」

 そう言ってしまってからクロスはハッとした。
 慌てて胸元に下げている身分証を、相手に見えるようにグッと差し出す。

「コ…コレ、魔導組合(セイドラーズギルド)の身分証!」

 この身分証を持っていない魔力持ち(セイズ)は、魔導士(セイドラー)と認めてもらえず、モグリや野良を疑われて、場合によってはとんでもない目に遭わせられる可能性がある。
 魔導士(セイドラー)特有の、相手に言葉を挟ませない早口になりながら、クロスは喋り続けた。

「あ、あのあの、俺、護衛の仕事を済ませた帰りでねっ。それで、あのあの、ち、近道しようと思って森に入ったら、なんか道に迷っちゃってっ!」
「そうか、それは災難だったな」
「そ…その腕前なら、もう剣豪(ダインス)を名乗ってもおかしくなさそうだよね」

 とにかく相手を持ち上げて、この場をやり過ごそうと、クロスはやたらと相手を褒めそやした。

「いや、まだまだ修行中だ。ローメン・ラットは、中級幻獣族(ファンタズマ)のクラーケンを一撃で倒したなんて話もあるからなぁ」
「中級なんて、手練れの魔導士(セイドラー)がいる冒険者(アドベンチャー)パーティーとか、50人規模の小隊とかが、よっぽどちゃんと下準備して、ようやく退けるのが関の山でしょ? 人間(リオン)が一人で立ち向かえるかなぁ?」
「伝説は…、まま誇張されている部分があるだろうから、どこまで本当かわからんが…。せめて下級の幻獣族(ファンタズマ)を、一人で撃退出来るぐらいじゃなければ、剣豪(ダインス)を名乗るのはおこがましいと思ってるんだ」
「下級っつっても幻獣族(ファンタズマ)なんて、魔障(ガルドリング)を防ぐ魔導士(セイドラー)がいなきゃ難しいんじゃない?」
「そうだな。だが高性能な魔道具(ガルドラル)を手に入れられれば、勝機もあるんじゃないか?」

 自分の目標やら、憧れに対する理想を語るマハトは、口調や態度に魔導士(セイドラー)に対する偏見は感じられず、クロスはホッと胸を撫でおろす。

「ところで、どんどん歩いてるけど、方向こっちであってるの?」
「ああ、俺は地図を持ってる。このもうちょっと先まで行けば街道に出るし、街道沿いに行けば、防護壁のある宿場町(しゅくばまち)があるらしい」
「心強いな」
「クロスさんは冒険者(アドベンチャー)と言っていたが、魔導士(セイドラー)冒険者(アドベンチャー)をやっているのに、ソロなのか?」
「どうも、ヒト付き合いが苦手でね…」

 ハハハと笑って、クロスは言葉を濁した。