ファルサーが黙って相手を見つめていると、眉根を眉間に寄せて不機嫌な顔になった。

「物を頼みに来たのなら、相応の態度を取ったらどうだね?」

 冷たい声音と突き放すような態度に引っかかりを感じたが、こちらのほうが "お願い" をしている立場である。
 ファルサーは渋々と、相手が示した椅子に座った。

「湖の島に、渡してもらいたい」
「報酬は?」
「そちらの希望を聞こう」

 相手はファルサーの問いにすぐには答えず、テーブルの上に置いてある直径が五センチぐらいの透き通ったまん丸い水晶を手に取った。
 数秒、それを見つめた後に、視線をファルサーの顔に戻してくる。

「支払いをするのは、君か? 王か?」
「それがなにか、関係が?」
「大いに有るな。そもそも、君に何が支払える?」
「金貨を持っている」
「それは君の旅費だろう? 大事(だいじ)とにしておきたまえ。それに私は、(かね)に興味は無いのでな」

 わざわざ水晶球などを手に取った上に、ファルサーと水晶球を交互に見やるような態度から、てっきり相手がその水晶球で、何か占いじみたことでも始めるのかと思った。
 だがヒトをくったような態度でファルサーに応対する様子からは、占いなどするつもりはさらさらなさそうだ。
 旅芸人(ジョングルール)のマジックと同じように、(てのひら)から手の甲にコロコロと水晶球を転がしたり、ファルサーの目の前で手首を返す度に水晶球の数が増えたり減ったりしている様子から、水晶球をもて遊んでいるだけだと気付いた。

「だが、まぁ、いいだろう」

 最後に大きく手首を回し、相手は一つに戻った水晶球をテーブルの上の、元々置かれていた場所に戻した。

「君に要求する対価は、二件の労働奉仕だ」
「労働奉仕…?」
「文字は読めるかね?」
「えっ、ああ、一応読める」
「よろしい。では、あちらの扉の向こうに廊下がある…」

 相手は部屋の北側にある扉を、指で示した。

「一番奥まで行くと "倉庫(ストック)" と書かれた扉があるので、その部屋に入ってくれたまえ。入って直ぐのところにリストが置いてある。その内容通りの物を、集めてきて欲しい。君がどれほどの能力を持っているのか判らんので、期限は切らずにおこう。どうせ暇を持て余しているしな。リストの物を全部集め終わったら、次の用事を頼もう。二つの仕事が完了したら、君を島に渡す。頑張りたまえ」
「それだけ?」
「君は頑健なようだが、それでもリストの物を完全に揃えるには、数日掛かるだろう。用事がある時は、声を掛けてくれたまえ」
「ビショップ、ちょっと、待ってくれ」

 立ち上がった相手を、ファルサーは呼び止めた。
 飼育室(ディフェンス)と書かれたプレートの付いている東側の扉に手を掛けていた相手は、足を止めて振り返った。

「それは、私のことかね?」
「他に人はいないだろう」
「私を呼び止めたのかと訊ねているのでは無い。それを私の名称だと思っているのかと訊ねた」
「ええっ?」

 ファルサーはやや狼狽気味に、自分のこめかみ辺りの髪を撫でた。

「…あ、いや…。麓の町で "隠者のビショップ" と聞いていたから…」
「アークだ」
「そうか、失礼した。僕はファルサーだ」
「了解、ファルサー」

 それだけ言うとそれ以上はファルサーの話を聞かずに、アークは飼育室(ディフェンス)の中に入って行ってしまった。
 聞きたいことがまだあったが、アークの態度の取り付く島のなさに、ファルサーは相手との会話を諦めた。
 まずは相手の要求してきた仕事をこなし、微塵でも話をする気にさせたほうがいいと考えたからだ。
 ファルサーは立ち上がると、アークが言っていた北側の倉庫を見に行った。