ヒトならざる者(ヴァリアント)は、種族の名称では無いよ」

 感心したようなファルサーに、アークは簡素な訂正をする。

「そうなんですか?」
ヒトならざる者(ヴァリアント)とは、人間(リオン)より優れた "なにか" の能力を持っている(もの)を総じて呼ぶ、呼称なのだそうだ」
「それじゃあまるで、人間(リオン)以外の人間(リオン)みたいな(もの)が、たくさんいるみたいに聞こえます」
「そう、言ったよ」
「そうなんですか?!」

 ファルサーの反応を予想していたらしいアークは、その驚きをさほど気にも止めずに話を続ける。

人間(リオン)の "常識" では、人間(リオン)こそが生物のヒエラルキーの頂点に立つ存在とされている。そこに君の身の上を加えると、国の王とは生き物の王を統べる王、即ち神の如き存在…になるんだろう」
「でも、あなたのような存在を知ってしまうと、人間(リオン)が生き物の王とは、とても思えません」
「うむ。そもそも、先程言った通り、世界にヒトガタをしている種族は、多様に存在しているのだよ。だが、そのことを知らない人間(リオン)は、それらの種族をまとめてヒトならざる者(ヴァリアント)と称しているのだ」
人間(リオン)以外のヒトガタをした種族…なんて、信じがたいなぁ…。あなたの存在を知ったあとでも、やっぱりなんだか…夢みたいです」
「私も獣人族(セリアンスロウ)旅芸人(ジョングルール)に出会わなければ、知ることは無かったから、君がそう感じるのは当然だと思うよ」
「僕からすると、あなたの存在は "神にも等しい" って思えますけど」
「…だとしたら、神とは無力な存在だな…」

 アークの表情にはほとんど変化が無く、ファルサーにはその言葉の真意は解らなかった。

「なぜ、(そば)(だれ)も置かないんですか? あんな場所に独りでいたら、僕なら寂しいと感じます」
「考え(かた)の相違だろう。(そば)(だれ)かを置いて、常にその(だれ)かを見送ってばかりいるほうが、私は気分が滅入る」

 返された答えの意味を理解するまでに、数秒掛かった。
 だが "見送る" と言う言葉が、相手との死別であることに気付いた瞬間、ファルサーは想像を絶する恐怖を感じた。
 同時に、先程の言葉の意味や、無表情に見えるアークの顔は、複雑な感情が入り混じった憂いの現れなのだろうか? と思う。

(もう)(わけ)ない質問をしてしまいました」
「君の常識が、全ての常識では無いと言っただろう」

 相変わらずアークは仏頂面で、声音もまたぶっきらぼうだった。
 しかしその時、不意にファルサーは気付いてしまった。
 そういうアークの無愛想な態度は、人を寄せ付けないための手段なのだと。
 アークがファルサーの無謀な使命に同行してきたのも、ここに至るまでの気遣いも、全部ただの気まぐれと思っていた。
 他に考えようがなかった。
 なぜならアークには、ファルサーのことを気にかけたり、面倒を見たりする義務も理由も何もなかったからだ。
 だがむしろ今までの小さくて細やかな気遣いこそがアークの真実で、傲慢で高飛車な態度のほうが仮面に過ぎないのだと気付いたら、ファルサーは無性にアークのことが知りたいと思った。

「どうして町の酒場では、あなたのことを "隠者のビショップ" と呼んでいたんでしょう?」
「私がちゃんと名乗らないからだろう。通名(とおりな)のようなものでも、名前が世間に知れ渡ると、面倒や厄介事にまきこまれる」
「でも僕には、アークと名乗ってくれたじゃないですか」
「それは仮名(ケニング)だ」
「じゃあ本当は、なんて言うんですか」

 ファルサーの質問に、アークは一瞬、妙な感覚に襲われた。
 頭痛と動悸。
 だがそれらの症状は "気がした" だけで、実際には頭痛も動悸もしていない。
 アークは、ファルサーの顔を見た。
 ずっと正面の炎を眺めながら応対していたアークに対して、ファルサーはこちらを見て話をしていたらしい。
 ほとんど真正面から、ファルサーの顔を見る形になった。