九月中旬、長い夏休みが終わり、慶誠大学一回生後期を迎えた。
 まだ蒸し暑い日は続くが、危険を伴う暑さのピークは終わり、十月に入ると紅葉色の落ち葉が街に舞い始めた。
 
 紅葉狩りの季節になると、フェロッソとの散歩も捗り、少し遠出をしてみようかという気概も湧いて来る。
 
 私は早く涼しくなってもっとたくさんフェロッソと一緒に外を歩けるようになりたいと思いながら大学に通った。

 慶誠大学における学祭に当たるフレーバー祭の時期が近付いてきた。
 学祭の名称は大学によって異なるが大学名や地域から取ったものから個性的なものも多い。
 フレーバー祭は華やかさや爽やかさを意識して付けられたそうで、生徒達は疑問を挟むことなく、昔から変わらずすっかり定着しているようだ。

 私は部活やサークルには入っていないので、当日まで特に準備もなく大学生活を送っているが、非公式に開催されているミスコンテストの六名のファイナリストが決定され、その中に私も含まれていると発表された。

 まさか何かの間違いだと思いたかったが、坂倉さんからも間違いはなく名誉なことだと言葉を贈られた。

 信じられないくらい恥ずかしい気持ちだが、キャンパスから逃げることは出来ないので、受け止めるしかないのが現実だ。

 投票できるのは慶誠大学学生一人一票と決められているそうだが、これがどれだけの価値かどうかは私程度では分からない。
 しかし、将来アナウンサーやモデルなどの人前に出る職業になりたいわけではない私は他の女子大生ほど本気で取り組んではいなかった。
 
 非公式開催になっているミスコンに関して詳しいことは静江さんから聞いた。
 そもそも非公式での開催に変わったのは八年も前のことらしい。
 ミスコンに関してはLGBTやジェンダーレスの運動が盛んになる中で賛否両論となり、時代錯誤と言われることが多くなり、廃止する大学が増加している。
 人を見た目や身体的特徴で評価したり、差別したりする「ルッキズム(外見至上主義)」の助長に繋がるという意見も多く、新しい形のコンテストを模索する運動もある。
 
 だが、そうした運動自体がさらなる賛否両論を生み、逆に騒ぎが大きくなり、対立構造を加速させ差別意識が一層根深くなる可能性もある。
 これはマイノリティーとマジョリティーの対立に似て、これまでの歴史的な文化活動を残したい側と時代にそぐわないものは変えていきたいという側の対立に変わってきている。

 ”人の楽しみを勝手に奪わないでくれ”という意見がマジョリティー側になればそれはルッキズムを失くしていくための善意の運動でも理解を得られないまま、軋轢を残してしまうきっかけになる。

 正義と悪があるわけではないが、人の心は変わりやすい。
 簡単に時代の変化を受け入れることが出来ないことは、学生であればなおのこと多いだろう。
 私は静江さんからの説明を聞きながらそんなことを考えていた。

 ミスコン開催委員会が取り仕切る形で大学側が関与せず小規模化して非公式開催となったミスコンだが、公平性や透明性が完全に守られているわけではない。
 
 部活やサークルなど、団体による投票自体は禁止されているが、友達の多さや学内知名度の高さがランキングに直結するところに変わりはないということだそうだ。

 エントリーは自薦他薦含め、本人の意思で写真撮影に参加すれば誰にでも可能でその辺りの公平性はあるが、一定の人数は集まらないと盛り上がりに欠ける背景があることから、実行委員会側はスカウト活動をしている。
 ミスコン参加自体は強制でもなく元々参加したい意思のある女子大生は限られる。だからレベルの高いコンテストにするためにも委員会によるスカウト活動は自然と根強く続けられているのだという。

 よくありそうな壇上に上がって一人一人自己アピールをするような機会もなく、水着になるようなこともないまま、時は過ぎて行った。
 ご時世的なものと小規模と聞いていたからこれに関して疑問はなかった。

 投票用にも使われているwebサイト上には自己紹介動画が上げられている。

 それにはフェロッソと一緒に芝生広場で撮ったものを使ってもらっている。
 ファイナリストになってからしたことといえば、私のような全盲の視覚障がい者がどのように勉強をしているのかを動画化してもらい紹介してもらっているくらいだ。

 他のファイナリストはSNSなどを使って歌やダンス、料理動画まで公開している方もいるみたいだけど、私は学外でまで有名になりたい願望はないので遠慮している。

 キャンパス内で私の動画を見てくれた人から声を掛けられることもあり照れてしまうが、それもこのお祭りが終わるまでと思って我慢我慢と言い聞かせていた。

 そんなこともあり、話題になっていることは感じつつもグランプリが決まる発表会場へと私はついに上がった。

 司会の人のテンションは高く、見学者も大勢いてドレスコードをした私は身体を小さくして早くフェロッソのところに帰りたいと思いながら結果を待つ。

 グランプリに選ばれたのは鏡沢涼子(かがみさわりょうこ)さんで四年連続という快挙だった。
 投票行動には学内での知名度がもっとも重要視されるので、院生である鏡沢さんは私のような一回生より明らかに有利なのは間違いないが、それでも四年連続は栄誉あることに変わりなかった。

 私は一回生にも関わらず最終的に四位に選ばれた。
 これも大きな歓声が巻き起こり、驚きのあまり私は放心状態になってしまった。

 ―――今年も栄誉ある賞をいただきましてありがとうございます。
 これからも、慶誠の誇りを守り、精進していきたいと思います。
 皆さま応援ありがとうございました!!

 涼子さんが堂々とグランプリを受賞した感謝を壇上で口にした後、他の参加者と一緒に拍手を鳴らす。
 それから受賞インタビューが行われ、涼子さんはインタビュアーの質問にも立派に回答を行い、受賞した喜びを口にして、充実した様子をしていた。

 次々と喜びの声が会場に響き、盛り上がりを迎える中、私も緊張ガチガチになりながらコメントを残した。

「一回生の前田郁恵です。皆さん応援してくださり本当にありがとうございました。
 色々と声も掛けていただいて、自分を見つめ直す機会になりました。
 学業に専念したいので、来年は参加できるか分かりませんが、これからも温かい目で接していただけると嬉しいです。
 それでは、私は私らしく盲導犬のフェロッソと一緒にキャンパスライフを楽しく過ごしていきます。ありがとうございました」

 マイクを手に慣れない壇上での発表だっただけに、しっかり観客に感謝を込めて想いを伝えられたかどうかは分からないが、私は大きくお辞儀をして、大きな歓声を浴びた。

 こんな形で着飾って舞台上に上がる日が来るなんて信じられないことだ。

 だけど、私のような視覚障がい者に興味を持ってくれたこと。

 サポートスタッフについて知ってもらえたこと。

 応援してくれて、少しでも理解が得られたこと。

 それが何よりも、私が参加して価値ある嬉しかったことだった。