全盲(ぜんもう)の視覚障がいを持つ私にはその障がい特性に合わせた合理的配慮が与えられている。
 あらかじめ申請で受けられる内容は把握していて、事前にそれを念頭に置いて準備をしてきている。

 私に与えられている配慮は大まかに説明すると点字での解答となり試験時間は1、5倍になる。つまり60分間の試験時間であれば90分間試験に使うことが出来るという事だ。
 全盲の私と違い、文字解答が可能な弱視であれば試験時間だけが延長されるケースもある。そこは個々の見え方によりけりだ。

 点字による試験は、健常者障がい者に関わらず共生社会の理念のもと、機会均等の原則の実現のために行われ、受験者の学力や能力を正しく評価して試験の目的を達成するため配慮が提供されている。

 これは視覚障がいに限らず聴覚障がいや内部障がい、車椅子ユーザーなどがある肢体(したい)不自由者などにもそれぞれの特性に合わせた配慮がなされているのと同様である。

 点字盤(てんじばん)に点字用紙をセットして試験問題を両手の指でなぞりながら読み取って回答を導き出していく。
 難度の高い大学入試の問題文を正しく読み取り、点字用紙に導き出した回答を書き入れていくのは頭を使うだけでなく腕も疲れる。試験時間が長く取られているとはいえ余裕はなく、集中力を切らさない根気強さが重要になってくる。

 私はこれまで勉強してきた知識を総動員して初日の三教科をやり終えた。
 今日の英語や国語、社会科目はそこまで苦戦しないが、問題は明日の理科と数学だ。この二教科は難しく、我慢強く乗り切らなければいけなくなるだろう。

 試験が終わり、その日は父の車で家に帰り、次の日の最終日に備えた。

 翌日、試験会場までの車内で私は父と話していた。

「郁恵、本当に帰りは一人でいいのか?」
「うん、大丈夫だよお父さん。ナビの通りに歩いて行くだけだから」
 
 今日の帰りは自分の足で帰る。
 久しぶりの日本の空気。試験勉強に没頭していたからなかなか味わうことが出来ないでいた。
 無事に志望校に合格を果たせば四月からは大学生活が始まる、それなら気は早いが少しでもこの空気を感じながら家に帰りたいと思った。この試験が終われば、私はまたオーストラリアに父と共に一旦帰ることになるのだから。

「そうか、分かった。今日は特に冷える、夕方には家に帰って来るんだぞ。
 明日には国際線に搭乗してオーストラリアに戻るんだからな」
「分かってるって、心配しないで。ここまで送ってくれてありがとう」

 試験会場である大学のそばまで送ってもらい、私はリュックサックを背負って、白杖(はくじょう)片手に車を降りた。
 ネックストラップで繋がったスマートフォンを揺らしながら私は再び受験者の人波に沿って試験会場である教室まで向かっていくのだった。

 昨日と同じサポートスタッフの女性に案内されて私は試験に臨んだ。昨日も感じたことだけど、ナチュラルなローズの花の香りがした。ヘアミストも付けているのかもしれない。自分の香りは嗅いでみても良い匂いかあまり良く分からないから、心地いい香りがしてつい羨ましくなってしまった。
 フェロッソに悪いから刺激的な香りは付けられないけど、ナチュラルな良い香りを私も目指してみたいと思った。

 試験が開始されると一気に静けさが増し、時計の針の音や人の息遣いが異様に大きく感じられる。

 周りも同じように集中しているだとひしひしと感じる。
 そんな中、私も苦手教科に負けないよう精一杯出来ることに集中した。

 通常そろばんや定規などの道具を使う必要がある数学は特に難しく、回答を導く出すのには相当に苦労が必要だった。

 根気よく試験問題に取り組み、時間の経過と共に二日間の試験は終わった。
 手応えの程は分からないが、今できることは精一杯やり遂げられたと思う。

 点字による試験の在り方は年々配慮が進んでいる。視覚的な情報知識や感性が必要な問題の代替えや試験時間の適性化、便利な道具の使用など、より受験者に寄り添った試験へと変わってきているのだ。

 私のような人が試験を受ける際のため、書店にある問題集などを点字テキスト化してくれる点字ボランティアやパソコンなどの電子機器で学べるように音声テキストを作ってくれた方々には感謝でいっぱいだ。

 日々学習してきた学力を測るという目的は変わらないが無事に試験を受けられたことに感謝して、私は試験会場である大学の校舎を出て、一人長い坂道を下って行った。